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日韓の教科書って何が違うの?~近代史記述から捉える歴史認識~Ⅰ

はじめに

早稲田から日韓の未来をつくる連載企画「ワセミレ」。第1回は、日韓両国の高校で使用されていた「韓国史(한국사)」と「日本史」の教科書を、主に近代史の内容を中心に比較していきます。韓流ブーム真っ只中の今、日本・韓国における自国および周辺国に対する歴史認識の違いについて、少しだけ覗いてみましょう。

①教科書の目次について

日本:4つの「部」で構成されており、その下に13の「章」が存在します。
- 第Ⅰ部 原始・古代
    - 第1章 日本文化のあけぼの
    - 第2章 律令国家の形成
    - 第3章 貴族政治と国風文化
- 第Ⅱ部 中世
    - 第4章 中世社会の成立
    - 第5章 武家社会の成長
- 第Ⅲ部 近世
    - 第6章 幕藩体制の確立
    - 第7章 幕藩体制の展開
    - 第8章 幕藩体制の動揺
- 第Ⅳ部 近代・現代
    - 第9章 近代国家の成立
    - 第10章 二つの世界対戦とアジア
    - 第11章 占領下の日本
    - 第12章 高度成長の時代
    - 第13章 激動する世界と日本

目次(p.2-3)

韓国:全体が4つの大きなテーマに分かれています。
- Ⅰ전근대 한국사의 이해[前近代韓国史の理解]
- Ⅱ근대 국민 국가 수립 운동[近代国民国家樹立運動]
- Ⅲ일제 식민지 지배와 민족 운동의 전개[日帝植民地支配と民族運動の展開]
- Ⅳ대한민국의 발전[大韓民国の発展]

目次(p.6-7)

比較検討
 このように目次を比較してみると、韓国の教科書における近現代史の割合の多さが目立ちますね。2025年から新しく施行される2022年の教育課程の教科書では、この割合が更に上がるとされています。前近代史(古朝鮮〜朝鮮後期)が占める割合が、全体の6分の1にまで縮小されるのだとか。これに反対する意見を持つ人も韓国国内には多くいます。
 このように韓国では歴史の教科書をとりまく、特に政治的な対立が長年続いています。ここでは2015年に起きた国定教科書をとりまく問題についてご紹介しましょう(1)。現在韓国では「検定教科書」が使用されている、つまり複数の研究者が個別に執筆した複数の教科書が刊行されています。しかし中等右派の朴槿恵政権(2015年当時)はこれらの内容が左寄りに偏向しており、近代政府による功績を軽視していると主張し、国定教科書に一本化しようとしました。これに対し、民主主義が損なわれる恐れがあると歴史教科書の国定化に反対する声があがったのです。その結果、国定教科書と検定教科書が混用される形に変更され、2017年5月12日にはムンジェイン大統領(当時)が国定教科書を廃棄することを決定したことで、最終的には検定教科書のみが用いられることになりました。
 このように歴史の教科書の内容、なかでも近現代史については韓国国内でも国外でも様々な意見が出されており、とても複雑な問題であると言えます。

②国交樹立の要求

日本:新政府は発足とともに朝鮮に国交樹立を求めたが,当時,鎖国政策をとっていた朝鮮は,日本の交渉態度を不満として正式の交渉には応じなかった。1873(明治6)年,留守政府首脳の西郷隆盛・板垣退助らは征韓論をとなえたが,帰国した大久保利通らの強い反対にあって挫折した。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 2.明治維新と富国強兵 明治初期の対外関係(p.273)

韓国:明治維新以降、日本は国王を皇上と表現した文書を朝鮮に送り、新しい外交関係の樹立を要求した。朝鮮がこれを拒否すると、日本国内で朝鮮を武力で侵攻しようとする征韓論が激しく展開された。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 2.東アジアの変化と近代的改革の推進 ①中国と日本が近代化を推進する 日本の明治維新(p.97)

比較検討
 国交樹立に関して、日本の教科書ではそもそも正式の交渉に応じなかった、韓国の教科書では拒否したと書かれている点が異なります。また、韓国の教科書では、日本の教科書にはない「国王を皇上と表現した」という文章が書かれているのが目立ちます。そして、征韓論が日本全体の共通認識であったと解釈し得る書き方がされているのも、韓国の教科書に特徴的です。

③日朝修好条規の締結

日本:1875(明治8)年の江華島事件※1を機に日本は朝鮮にせまって,翌1876(明治6)年,日朝修好条規(江華条約)を結び,朝鮮を開国させた※2。
【※1】日本の軍艦雲揚が首都漢城近くの江華島で朝鮮側を挑発して戦闘に発展した事件。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 2.明治維新と富国強兵 明治初期の対外関係(p.273-274)

韓国:日本は朝鮮侵略の足場を築くために雲揚号を江華島に送った。 雲揚号の突然の接近に江華島の守備隊が砲撃を加えると、雲揚号は永宗島(ヨンジョンド)に上陸して殺傷を犯した(雲揚号事件、1875)。 その後、日本は兵力を送り、朝鮮に開港を強要した。朝鮮政府は議論を経て開港を決定し、日本と江華島条約(朝日修好条規)を締結した(1876)。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 2.東アジアの変化と近代的改革の推進 ②江華島条約で朝鮮が開港する 雲揚号事件と江華島条約(p.99)

比較検討
 同じ事件に対して、日本の教科書では江華島事件、韓国の教科書では雲揚号事件という異なる単語が用いられています。そして、日本の教科書では日本が朝鮮側を挑発したといった事件の流れが注釈部分で簡潔に述べられている一方、韓国の教科書ではより具体的に描かれている点も異なります。
 また、韓国の教科書には「朝鮮侵略の足場を築くために」「殺傷を犯した」 などの批判的な表現が登場する点が特徴と言えますね。条約に関しても、日本の教科書では開国させた、韓国の教科書では兵士を動員して開港を強要したという風に異なる表現がされています。

④日朝修好条規の内容

日本:【※2】日朝修好条規は,釜山ほか2港(仁川・元山)を開かせ,日本の領事裁判権や関税免除を認めさせるなどの不平等条約であった。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 2.明治維新と富国強兵 明治初期の対外関係(p.274)

韓国:江華島条約は朝鮮が外国と結んだ最初の近代的条約であり、日本に有利な不平等条約だった。江華島条約で朝鮮は釜山を含む3つの港を開港し、日本に朝鮮の沿岸に対する測量権と領事裁判権(治外法権)を認めた。つづいて、朝鮮と日本は江華島条約の附属条約を締結した。(中略)これにより朝鮮は日本の経済侵奪に直面することになった。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 2.東アジアの変化と近代的改革の推進 ②江華島条約で朝鮮が開港する 雲揚号事件と江華島条約(p.99)

比較検討
 日本の教科書では、日朝修好条規が不平等条約であったとする内容が本文ではなく注釈部分に書かれており、メインの内容として扱われていない点が目立ちます。
 条約の内容については、両国の教科書ともに目立った違いは見られませんでした。一方、韓国の教科書には附属条約について言及されている点が日本の教科書と異なり、その締めの一文に「日本の経済侵奪に直面することになった」という批判的な表現が用いられている点も特徴的です。

⑤壬午軍乱

日本:朝鮮国内では親日派勢力が台頭してきた。しかし1882(明治15)年,朝鮮の漢城で日本への接近を進める国王高宗の外戚閔氏一族に反対する大院君を支持する軍隊が反乱をおこし,これに呼応して民衆が日本公使館を包囲した(壬午軍乱,または壬午事変)。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 3.立憲国家の成立と日清戦争 朝鮮問題(p.288)

韓国:開化政策が推進されると、両班*の儒生だけでなく旧式軍隊の軍人と都市下層民もこれに対し不満を表わした。(中略)旧式軍隊は軍制改革後に設立された新式軍隊に比べて待遇が低かった。 そんな中、13ヵ月ぶりに給料として支給された米に糠と砂が混ざっており、これに憤慨した旧式軍隊の軍人たちが壬午軍乱を起こした(1882)。旧式軍隊の軍人たちは興宣大院君に助けを求め、政府高官の家を攻撃した。 また、別技軍**の日本人教官を殺し、日本公使館を攻撃した。 さらに漢城周辺の都市下層民まで加わり、軍乱の規模はさらに大きくなった。
*高麗~朝鮮時代の支配身分層(이성무,1995)
**1881年に設立された新式軍隊(차문섭,1996)

Ⅱ近代国民国家樹立運動 2.東アジアの変化と近代的改革の推進 ③開化政策をめぐって葛藤が起きる 壬午軍乱(p.103)

比較検討
 日本の教科書には「親日派勢力が台頭してきた」という背景の説明が行われた後に、日本への接近に反対する動きとして壬午軍乱が起きたと書かれています。一方、韓国の教科書では都市下層民の経済的困窮および旧式軍隊に対する待遇の低さが主な背景として比較的詳細に述べられている点が異なります。
 壬午軍乱の内容に関しては、日本や閔氏政権に対する反発が強かったと捉えられる旨の記述がされている点は、日韓で共通していると言えるのではないでしょうか。しかし、日本の教科書では日本公使館が攻撃された事件が壬午軍乱のメインの内容として書かれている一方、韓国の教科書では日本人教官の殺害についても言及されており、その教官が新式軍隊の者であったという点が明記されています。

⑥壬午軍乱後の朝鮮と清国の関係

日本:これ以後,閔氏一族の政権は日本から離れて清国に依存し始めた。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 3.立憲国家の成立と日清戦争 朝鮮問題(p.288)

韓国:清は軍乱を鎮圧した後、朝鮮政府に朝清商民水陸貿易章程の締結を強要し、楊花津と漢城を開放させるなど経済的浸透を強化した。また、朝鮮に軍隊を駐留させ、馬健常とメレンドルフを顧問として派遣し、朝鮮の内政と外交に干渉した。
 一方、日本は大規模な軍隊を派遣し、壬午軍乱当時、日本公使館が襲撃を受けたことを口実に朝鮮に済物浦条約の締結を強要した。 このため、日本は朝鮮に賠償金を払わせ、公使館を護衛するという口実で、日本軍を漢城に駐屯させた。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 2.東アジアの変化と近代的改革の推進 ③開化政策をめぐって葛藤が起きる 清の内政干渉(p.103)

比較検討
 日本の教科書では、朝鮮が清国に依存を始めたと述べられています。一方、韓国の教科書では条約を強制的に締結させられ、経済・外交など多方面で清に干渉され始めたと書かれており、表現の違いが目立ちます。
 また、壬午軍乱後に日本・朝鮮間に締結された済物浦条約について、韓国の教科書では強制的に締結させられたとする点や、条約の具体的な内容について触れられています。しかし、日本の教科書では記述自体が見当たりませんでした。

さいごに

 お読みいただきありがとうございました!今回は日朝国交樹立の流れから壬午軍乱前後までの出来事について、日韓両国の教科書がどのように記述しているかを見てきました。
 次回は甲申事変前後の出来事から見ていきます。お楽しみに。改めて最後までお読みいただきありがとうございました!

注釈

(1)以下、スティーブン・エバンズ,2015,「韓国が歴史教科書を書き換える理由」,BBCニュース,2015年12月4日(https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-35003371](https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-35003371)を参照(最終アクセス2023年1月1日)。

備考

  • 【※】は教科書本文ではなく注釈部分に内容が書かれていることを指します。

  • *は、補足説明のために追加した注釈です。教科書の原文には記載がありません。

  • 半角のカッコ()は原文に記載のもの、全角のカッコ()は原文にはなく、こちらで追加したものを指します。

  • 各サブタイトル等の引用文以外の文章では、便宜上日本の教科書に登場する名称を基準として用いています。

引用・参考文献

笹山晴生ほか10名,2014,『詳説日本史B』山川出版社(2012年検定済).
スティーブン・エバンズ,2015,「韓国が歴史教科書を書き換える理由」,BBCニュース,2015年12月4日,(2023年1月1日,https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-35003371).
김기철[キム・ギチョル],2022,「“한국사 시안대로면… 4·3과 여순사건을통일운동으로 미화할수도”」[”韓国史試案通りなら… 4・3と麗順事件を統一運動に美化する恐れも”],조선일보[朝鮮日報],2022年9月1日,(2022年12月30日,https://www.chosun.com/culture-life/culture_general/2022/09/01/36KQBXI7V5AJVM3CNWUAJ7LXCE/).
도면회 외 8인[ド・ミョンフェほか8名],2020,『고등학교 한국사』[高等学校 韓国史],ソウル特別市: 비상교육[ビサン教育](2015年の教育課程).(本記事には拙訳し引用)
이성무[イ・ソンム],1995,『한국민족문화대백과사전』[韓国民族文化大百科事典],「양반(兩班)」,한국학중앙연구원[韓国学中央研究院],(2023年2月1日,http://encykorea.aks.ac.kr/Contents/Item/E0035521).
차문섭[チャ・ムンソプ],1996,『한국민족문화대백과사전』[韓国民族文化大百科事典],「별기군(別技軍)」,한국학중앙연구원[韓国学中央研究院],(2023年1月2日,http://encykorea.aks.ac.kr/Contents/Item/E0023007).

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