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つたなさと共に


わたしには悪い癖がある。
それは人と比べてしまうとこ。


今日は末っ子の中学校への入学式で、
また周りのお母さんたちの雑談を耳にして(すでに高校入試に向けて偏差値だとか内申点の話題)比べて何となく焦ってしまう。
でもわたしと夫が、我が家の末っ子に願うのは、とにかく安心して毎日学校に通えること、なるべく早く学校生活に慣れてくれること。
(部活も塾も嫌だそう…)


昨日読んだ、『つたなさの方へ』にこんなことが書いてあった。

どんな社会で暮らすにせよ、人は「できる/できない」の評価や競争を避けられない。ただ、何が本当に必要な能力で、どうすればそれを伸ばせるのかは、いつもはっきりしているわけではない。

『「能力」は本人のものか? 』より


わたしたちの能力の優劣や有無は、あくまでも個人のもので
一人ひとりの能力を伸ばすことが大切だという考え方もあるし、
人の能力は周りの条件次第で変わるのだから、環境や人間関係の充実を図った方がいいという考え方もあるって・・・
わたしとしては、彼女に努力もして欲しいけれど、無理をして心身のバランスを壊すなんてことになってはいけないし。



今、学校は、そういえば能力を伸ばすばかりでなく環境や人間関係にも配慮してくれてるようになっている。
いい方向へ向かっているんだと思った。



それから「こける技術」についてのエッセイもとても共感できた。
48歳で自転車の稽古を始めたマーク・トウェインは、「自分はどんどん上達している。昨日も新しい転び方を学んだ。」といばったそうだけれど、これはただの負け惜しみではなくて、自転車に乗れるようになりたければ、私たちは上手な転び方もわきまえておく必要があるってことなのだそう。
どんどん失敗したっていいんだ。恥ずかしがったり、自分を情けなく思う必要はない・・・
そして同じことが、感情や知性の運転にも言えるのではないか、とのこと。


そういえば、わたしはたぶん、感情に関して「こける技術」の習得に苦しんだ人間だ。

哲学者のアランによると、たやすく怒りに我を忘れる人とは、些細なことにも動転する人ではなく、自分が動揺したことに動揺してしまう人、動揺させられることへの構えがたりない人なのだそうだ。

『こける技術』より


この「動揺させられることへの構えが足りない」っていうの、とてもよくわかる。
というか子どもたちのこととなると、動揺しっぱなしで、そんな事態に追い込まれることに怒っちゃってるし、
不安になって、感情に振り回されているなと反省。
(おかげさまで、ずいぶん鍛えられてもいるんだろうけれど。)



この本は那須耕介さんという京都大学の教授が新聞に連載していた「現代のことば」を一冊にまとめたもので、この方は2021年 9月7日に病気で亡くなっている。
享年53歳。


こんなにも優しい、つたなさに寄り添ってくれる視点とことばを、もっともっと読んでいたかったな、と思う雨の夜。

満開の桜。雨で散ってしまうかも…






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