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【ショートショート】エス

毎月第二月曜日は庇髪に青いリボン、毎月第三月曜日はおさげ髪。
閉鎖的な女学校での私と二つ上のお姉様だけの密かな約束。私はその特別な月曜たち以外の日はガバレット。お姉様は少し栗色の髪を下ろし、まるで美しい魚のようにゆらめく行燈袴を見に纏い優雅に学園内を漂っている。まるで可愛いという言葉がお姉様のためにあるかのようなその姿に学園中が嫉妬した。

「私と妹のあなただけの内緒の約束」

その言葉だけにずっと救われていた。お母様もお父様もいない私は学園内の寮に独り。お夕食もまともに味を感じないような孤独。反対にお姉様は通学生で、上まで見上げようなら腰を痛めてしまうような大きな大きな屋敷に住んでいる。お稽古事はなんでもさせて貰えているし、琴や裁縫なんだってできてしまう。玄関先にはキジの剥製や粒状の綺麗なガラスが天井から幾つも吊られたそれはそれは立派なシャンデリアがあり、私寮室の何倍もの応接間でお姉様はお祖父様の書道具を使っていつも書道に励んでいた。

『こっちにいらっしゃい』

丁寧に造られ、椿油の塗られたつげ櫛で私の髪を梳かして綺麗ね、綺麗ねと褒めてくださる。放課後、講堂のステンドグラスに照らされた私たちの二人だけの時間。私はこのためにこの世に生を受けたのかもしれない。あなたの為ならばひと時の孤独でさえもなんてことはない。
そんな寮生の私は裕福なお姉様との超えられない壁を感じながら、一日の終わり、今日作られた思い出を噛み締めて消灯のベルと一緒に眠りに落ちる。私の横たわる寝台の少し先、手を伸ばすと差し込んでいた月明かりが青白いのに温かい気がした。


センチメンタルな時期はそう長くは続かないことを、大好きだった先生が教えてくれたのをふと思い出す。私の中での終わりは花が枯れること、命が終わることだと思っていた。毎日いただけるお手紙も死ぬまで続けられると思っていたし、ずっと側にいて微笑み合えると思っていた。星に愛を唄えば、次の日にその愛は返ってくるとも信じていた。生き字引のお姉様、私の絶対的なお姉様。私達は後世に語り継がれる抒情画のように美しい。私はお姉様のように立派な家には住めていないけれど、心だけは令嬢のように含まっています。いつまでもこの夢が覚めませんように。

『お姉様、』
「大丈夫よ、また会えるわ」
「お下がりだけれども、どうか私のことを忘れないでね」
「お手紙、待ってるわ」

お姉様は同級生に囲まれながら、桜吹雪に包まれて外の世界へ消えていった。あっさりとした卒業式だった。
それはまるで、私の人生が終わってしまったかのように学園生活がセピア色に染まっていった瞬間、これから毎日その光景を思い出しながら長すぎる校門への一本道を眺めることを約束される。
ポツリ残された私。お姉様から頂いた箱の中には綺麗な赤い靴が入っていた。

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銀座四丁目午後五時。
交差点に鳴り響く時を知らせる鐘が鼓膜を揺らす。これから私は親の決めた男とのデートが待ち構えている。ショウウィンドウに映る透ける自分を見ながら身なりを整える。クロッシェは三日前に新調したばかりの落ち着いた葡萄色。Iラインの綺麗なドレスに母からもらったパールが上品に揺れる。肌が輝いて見える口紅は口の形に沿って狂い咲く。そして特別な時にしか履かない赤い靴を確かめる。艶消しな印象を持つ赤い靴はまるで生き血を吸ったかのように私の足元でツンとしている。身長百六十三センチ、もうじゃじゃ馬なんて言わせない。
先週は香水がキツすぎるロイド眼鏡男が相手だったからずっと鼻声で喋っていたら、君はカナリアのように可愛らしく喋るんだねなんて言われたけれど、今日の人がそんなブリキ製のおもちゃみたいな人ならフルーツパーラーへ行きたいとせがんでアレルギー起こしたふりして帰ってやろう。
 待ち合わせ時間十分前。私はこれからくる勝手に想像したジャズさんを待ちながら行き交う人を眺めていると私の反対側の道を、忘れもしない美しい栗色の髪の女の人が流れるように歩いていた。喉から手が出るぐらいに私の心が欲しがっていたけれど、その女の人は今銀座で一番のカフェー・クロネコへ引き寄せられるように入って行った。心にちくりちくりと針が刺さるのが止まらなかった。

姉は女給に、
妹はそれを機に本物の愛を見つけに鹿鳴館に。

姉の話はまた今度。
おやすみ、お姫様。

焼け椿、古い噂、ああ夢の跡
似合もしない、赤い靴
小夜の足音
ここで二人朝まで
踊り明かしたわ
ね、覚えてる?
いつか、いつか戻れるのなら
願いの星月夜


今回の用語
S=女学校で上級生、か急性が特別に仲良くなることをsisterの頭をとってSと呼びました。お手紙の交換、お揃いの髪型、他愛のない交際をしてお姉様と妹の関係を結びつけたものです。
ガバレット=下級生の髪型、三つ編みを巻き付けるようにして後ろで結ぶもの。
センチメンタル=ここでいうのは思春期です。
クロッシェ=釣鐘型の帽子
ブリキ製のおもちゃ=安っぽい人、すぐボロの出る実力のない人
女給=カフェーというところでで酒と料理を運んで客のそばに腰掛けて相手をするお仕事です。(これをしないのが純喫茶です。)
庇髪=ひさしがみ。額髪を前に突き出すように結った束髪。
ジャズさん=うるさい人(当時の流行ったジャズバンドから)

2023年5月(日にちはまだ未定)にアルバムを一枚リリースします。その日まで毎週水曜日21時にショートショートか小話を更新します。
雑学なんかも取り入れたちょっと奇妙で切なく不思議な話を書いていきます!
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