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【16ビートで命を刻む君と、空虚めな僕のこと。】#3






>>僕 #3


「そんな、バナナ。」

そうやって笑い飛ばしてしまえればいいことで、人は随分とよく悩む。家に着き、ちょうど玄関先で鍵を開けていたところで、同期の山仲から電話がかかってきた。

「よう、相変わらず?」

「まずまずかな」

何がどうまずまずなのかは全くわからないけれど、少なくとも今日という一日はイマイチよりのまずまずだったな、と苦虫を噛み潰しながら、履いていたクロックスを脱ぎ捨てる。

「彼女が誕生日なんだけどさ、プレゼントとかって何がいいと思う?」

買ってきたお好み焼きを電子レンジに突っ込み、ボタンを押しながら「んー」と考えるような声を出す。彼女という立ち位置だった人が元カノと化して3年になる僕には、まるで縁のない悩みだった。

山仲は、僕が何か答えるより先に、いつものごとく一人でペラペラ話し始める。

「ていうか俺さー、誕生日だからとか、クリスマスだからとかでプレゼントあげあう風習そのものが嫌なんだよなぁ。強制的にあげなきゃってプレゼントじゃなくて、これあげたいなって思ったタイミングであげたいものをあげればよくね?てかその方が嬉しくね?まぁ、言っても彼女には誕生日にプレゼントあげないわけにはいかないから、結局あげるんだけどさー。」

そしてある程度のところで「まぁさー、女の子なんて、結局キラキラしたものあげたら大抵喜ぶんだよな。わかってんだよ。」そう言って、勝手に電話を切った。


温まったお好み焼きを電子レンジから取り出す。
彼は時々そんな電話をしてくるやつだ。この前は「彼女と出生前診断の話になってさ、俺はした方がいいと思ってるんだけど、彼女は絶対にしたくないって言うんだよ。した方がいいメリットを並べても、納得してくれなくて。どう思う?あ、別に子供ができたとか、そういうわけじゃないんだけどさ。」という電話をしてきたし、そのさらに前は「俺は親がある程度人生のレールを敷いてあげることが子どもにとって有利に働くと思うんだけど、彼女は伸び伸び放任主義で育ったから、子どもにもそういう教育をしたいって言うんだよ。だけどさ、レールを敷いてあげるのって悪いと思うか?この道を進んだら絶対後々の選択肢が広がるよっていうレールだけ敷いてあげて、その先で、新しいレールを自分で敷いていったらよくない?そもそもなんのレールもない道を闇雲に歩くなんてコスパが悪すぎるし、間違ったと思った時引き返せなくね?」という電話をしてきた。

つまり、彼女と何かのディベート状態になって、納得のいかないまま自分の中にモヤモヤが残ると、それを第三者はどう考えるのかという確かめ算がしたくなって、電話をかけてくるんだろうなと思う。

僕が思うに、言ってしまえば、好きな人から貰うプレゼントなんてなんだって嬉しいのだ。
だけど、電話してくる彼の「ちょっと聞いてよ」という感情も理解できるし、どうせあげるなら気にいる物をあげたいという彼女への愛情も感じられる。

そこに僕が聞き役という立派な役割を担ってやることで調律が保たれているのだとしたら、今度焼肉でも奢ってもらわなければならない。

ピコン♪「誕生日プレゼント、ネックレスにしたわ」

新着LINEに文字が表示されている。

ネックレスってなんだっけ、そう思ってしまった僕は、冷静にちょっと自分に引いた。多分もう随分、恋とかしていないんだった。

別れてからもう3年。

その間僕は、恋という恋をしてこなかったんだと思う。ネックレスなんて普段自分では付けないし、あげる相手もいないから、その言葉を完全に聞き慣れなくなってしまっていた。

玄関に脱いだままの形になっているクロックスを見つめる。クロックス、ネックレス。似ているようで、まるで似つかない。オシャレにも疎い僕は、最近は靴だってクロックスしか履いていなかったのだということに気が付いた。

ピコン♪「んじゃ!来週よろしく~」

もう一度新着LINEに同じ名前が表示される。

そういえば来週の土曜、引っ越しの手伝いがあるんだった。さすがにクロックスよりスニーカーの方が作業しやすいだろうな。

社内の異動とはいえ、いち早く出世コースに乗った山仲は、港区の本社へ異動になった。

「この街ともお別れだな!引っ越す日、言えよ?手伝うから。」と肩を叩いたら、「おう!お前のポジション作って待っとくからな。早くこいよ?」と言われたんだったっけ。

なんだか晴れやかな顔をした山仲が見ている未来は、僕のいる世界線とは随分と遠くかけ離れているかのような、そんな気がした。

ビールを飲んでいるのか、お好み焼きを食べているのか、なんだかだんだんよくわからなくなってくる。

やっぱり、腹に入ればみんな一緒だ。

あれ、良い感じのスニーカーってあったっけ?
割り箸を咥えたまま下駄箱をゴソゴソやってみる。出てきたのは、もう随分と履き潰されたナイキの黒いやつだった。

最後にいつ洗ったのかも、そもそも洗ったことがあったのかさえも覚えていない。明らかにホコリの目立つその靴で新居に行くのはさすがに気が引ける。

明日、新しい靴でも買いに行こう。
本当は靴なんて履ければなんだっていいんだけど。

そんな思いと一緒に、最後のビールひとくちを飲み込んだ。



>>私 #3

キラキラしたものがすき。そう思う。ずっと見ていたくなる。この東京の夜景も、星空も、隅田川の水面も、ラメいっぱいものアイシャドウも、そして、東京タワーの光も。

「それどこで買ったの?」

昔、デートの日に瑠璃色のワンピースを着ていったら、当時付き合っていた彼が聞いてきたことがあった。基本的に、いいものを長く使うたちだ。自分の中の“いいもの”の定義は決してブランドものや高価なものというわけではなく、自分が愛せるかそうでないか、だと思っている。

私は自分自身が好きだと思ったものの尊さに、確かな確信を持って「いいもの」であると評価している。彼が褒めてくれたこのワンピースも確か、値段はそう高くはなかった。

「どこのブランド?」と、彼がまた問う。

「高校生の時に買ったの。」

「は、まだ着れんの?」

今年でもう27歳になる。
高校生だった当時が10年前になるなんて想像もつかなかったけれど、あれから確実に時は過ぎたということだ。

この10年で、パーソナルカラーだとか、パーソナルデザインだという言葉をよく耳にするようになった。友人がこぞって診断を受けに行っていたのを横目に、私はずっと、自分がお店に入った瞬間に自分の目にだけ色鮮やかに映る服を信じて選んできた。

だけどそういう服は決まって、試着室で袖を通した瞬間、顔色までもをパッと明るく変えてくれた。
自分のパーソナルカラーなるものが何色なのか、私は知らない。だけど、それで良かったし、それが良かった。

「へぇ、あんな田舎にも、服売ってるんだ。
てっきり上京してから買ったんだと思った。」

彼は例の如く茶化してきたけれど、悪い気はしなかった。

「ブランドものと間違うくらい、かわいくみえた?」

「いや、急に安物に見えてきた。」

そんなことを言って、笑い合ったことを思い出す。

東京に来てから、新しい服は、一着も買っていない。

ディスプレイにはいつもキラキラ輝くように飾られているのに、それらがまるで「私のもの」というかんじがしない。

ここは、雑誌やオンラインサイトの中でしかみたことのなかったブランドの服が、実際に手にとってみることができる街だ。

アニエスベーやマーガレットハウエルの路面店があること自体が新鮮だった。雑誌でしか見ることのなかった服を、気軽に試着ができる。だけどそれは「いつでも買える」という安心感も同時に与える。先延ばしにして結局購入に至らないのは、本当に欲しくないからなのだろうか。

思い返せば、私は服が大好きだった。

実家の一階角部屋にある洗濯部屋は、私が自由に使っていい秘密基地だった。ベランダに抜けることができるドアがひとつと、洗濯物が早く乾くようにと石油ストーブが一つだけ置かれていた。

かつて父が子供の頃に使っていたという本棚を自分でリメイクして、好きなファッション誌を並べた。
4つ上のお姉ちゃんと、親戚のお姉ちゃんが、たまにいらなくなった服をくれた。私はその服を一通り並べて、組み合わせを考えるのが好きだった。

お姉ちゃんたちからのおさがりの中には、同級生の子達が着ていたキャラクターものなんかは一切なくて、それがなんだか、背伸びしたらギリギリ届く場所にあるものを取れた時のそれと似ていて、嬉しかった。

そんなありったけの服をかき集めながら、この部屋で一人ファッションショーも開催したし、モデルのポージングを見て真似をしたりもした。
こっそりメイクの練習をしたのもこの部屋だった。

あの日のワクワク感は、もうどこかにいってしまったなぁと思う。今着ているこの服も、昔お姉ちゃんがくれた黄色のTシャツ、上京前に買ったジーンズ生地のスカート、黒のナイキのスニーカー。

ビビッと来るものに、出会えなくなってしまった。

この街には物が溢れすぎていて、色がこぼれすぎていて、目に映るすべてのものが常に新鮮で、慣れてきた頃にはもう捨てられて、どんどんどんどん新しいものに変わっていってしまう。

自分で“いいもの”を見つけ出す手間が省かれていくように、“いいもの”ですよーと向こうから近寄ってくるような感覚さえする。それらは時折「いいもの」の仮面を被った「良くないもの」だったりもする。東京は、そんなことが日常に溢れかえる街。

スマホのメモ機能を開いた。

浮かんできたこんな感情を、書き留めておくためだ。歌詞を書いた。


『 東京という文字が オレンジ色に見えるの

 だけどこの街はそんな単色じゃなかった
 東京は色が多いね
 何色にでも染まっていいみたい

 それなのに納得いく色にならないと色を重ね
 全部の色がマザルと濃い色がマサルのなんて 
 そんなのいつだって分かってはいるのに

 あぁ 今日もこの街の蒼を踏みしめて

 この街のものじゃない黄色を身にまとって

 オレンジはまだ遠い 遠い むこう 』


溢れてきた言葉を、このままメロディーを乗せられるかもしれない。鼻歌を歌いながら歩いた。

その時、「えー!どこから歩いてきたのー?」という、どこか懐かしい親友の声がした。

つつじヶ丘駅の前で大きく手を振る彼女は、今日私をこの街に呼んだ幼馴染みだ。見慣れた笑顔に安心する。

「仙川でおりた!一駅分だけ歩いたの」

溢れた言葉をメモしたスマホをそっと閉じて、ポケットに滑り込ませる。

新しい歌が、できそうだ。




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