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ショートショート 32 結婚式にやってきた怪盗

 白い服と温かみのある光。これからの未来の不安なんて微塵も感じさせない笑顔の二人。唯一場違いにも見えるレッドカーペットすら、二人を祝福することに専念している。二人のうちの一人、男女のうちの女性がこちらを見ていっそう微笑む。

 私も薄く返した。ここでくしゃっと笑おうものなら、二人に失礼だ。

 女性は私の友人だった。小中を一緒に過ごし、高校は別だったが、まさかの大学が一緒だった。それまで互いの家に遊びにいくほど仲がいいというわけではなかったが、偶然が重なり、いまでは互いに親友と呼び合う仲。

 彼女の指にはまるリングが光った。会場の全ての光を通して、自分のもののようにしているそれは、小さい割によく目立つ。

 彼女はいの一番に私の手元の蝋燭に火を灯した。

「新郎新婦のキャンドルサービスです。席数が多く、お時間がかかりますのでその間二人のこれまでをまとめたスライドショーをご覧ください」

 お互いの結婚式の司会をやろうねなんて話し合っていたが、冗談だと思っていた。

 だから結婚式をすることにしたから例のあれよろしくね♪ とラインが送られてきて、何が? と返してしまい、少し喧嘩になった。マリッジブルーってやつだったの許してね! というスタンプが送られてきたときは、こんなスタンプの販売許可が降りるなんて世も末だと返した。

 スライドショーが進んでいく。結婚式の定番ソングのメドレーはよく耳に馴染む。何を隠そうこのスライドショーは私が作ったので、何度も聞いたものなのだ。

 急にぱりん、と音が響いた。

 見ると天窓に穴が空いていた。なんてことのない石だったが、それはなんてことのなさが故にこの場に不釣り合いで、まるで爆弾かのように、誰もが距離を取る。おかげで式場の人の片付けがスムーズに終わった。

「隕石が降ってくる確率って知ってますか? 0.01パーセントよりも低いんですよ! そんなことが起こるなんて逆に運がいい。神も二人を祝福していると言っていいのではないでしょうか!」私の起点を効かせたトークの甲斐あってざわざわとした空気はゆっくりと戻っていく。

 しかし私はその逆で、私の心臓は強く激しく脈打っていた。

 窓が割れた。しかし奴はやってきていない。つまり、すでにこの中にいる。誰かになりすましているのだろうか?

 私はクセで思わず顎に手をやり、考えすぎてしまっており、しばらくご歓談くださいの言葉が遅れた。

 危ない。このままでは私が探偵だってことがバレてしまう。

 バレてしまってはあの方に会えなくなってしまう。

 私の愛しのあのお方。

 怪盗Kind様! 

 私が探偵を始めたのもあのお方に会いたいから。月が綺麗なあの夜、私から家族を奪った。いえ、あのにっくき家族を消し去ってくれたKind様! 

 あの夜以降、あなたを思わなかった日はありません!

 歓談タイムになり、司会の任を一度解かれたことで私は自由の身になった。司会席を降りて、会場にいる人々を見渡す。ときたま彼女の指輪を確認するが、平気だ。

 あの全ての光を吸い込んで放つダイヤの指輪が偽物なわけがない。

 私は今一度見渡す。しかしわからない。

 さすが私の未来の婿さん。簡単に見破られるようじゃあ困るわ!

 重要そうなターゲットを絞り、一人一人の席に向かって挨拶をしにいく。誰もが私が新婦の友人だと言うと気さくに話てくれた。一人一人の話を聞きながら情報を整理していく。

 事前に集めていた情報と相違なければ次へ、あれば追求していく。ときたまにある独身のおじさまからの質問はそれとなく愛想良くかわし、触れてくるヤンチャどもの手はこれでもかとつねってやった。

 しかし見つからない。私がダイヤを持っていれば良かった。そうすれば私に手を伸ばす人のどれかがKind様に違いないからだ。話を聞きながら、時にうまくいなしながら、新婦の指元を確認するのはなかなかに大変だった。

 だから一瞬ないことに気づかずに思わず二度見してしまった。

「きゃあ!」新婦の叫び声はこれまた不釣り合いに響く。

「ない! 指輪がないの!」

 慌てふためく新婦。焦って手を口元にやる。急いで言った言葉は全く会場に響かない。見ると、手元に持っていたはずのマイクがない。

 卒倒する新婦の元に駆け寄り、新郎と二人で声をかけながらも、私の視線は常に指、そこにあったはずの指輪を探してしまう。

「お目当てのものはいただいた!」音がした方を見ると天窓。そうかこれは脱出用ルートだったのか!
 
 Kind様のお顔を見れたのは一瞬だけで、すぐに「はーっはっはー!」という高笑いは、天窓の奥の結婚日和と言わんばかりの青空に消えていった。

 また取り逃した! いや、置いて行かれた……。

 私はいつになったらあなたに盗まれる宝石になれるの?

 新婦の邪魔にならない程度にだけど、おめかしもした。普段のケアも欠かしてない。顔だってかわいい方だと思う。

 なのになんであなたは、私になんて見向きもせずに、そうやって去っていくの?

 Kind様ーーー!

 私の咆哮は彼の高笑いより長く、青空に残った。
 だからきっと届いてるはず。

 次はきっと会える! 次はきっと私を迎えにくるはず!

 私は今一度司会席に戻りマイクを手に取る

「縁もたけなわですが、これにて私は司会を降りさせていただきます」

 ちょっと! と阻止しようとする新婦を押し除けて私は式場の外をでた。

 当たり前だけど、私の結婚式でなくて良かった。あんなウェディングドレスじゃKind様についていけないわ。

 彼が向かった方向に、青すぎるほど青い空に向かって私は走った。

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