古典100選(35)源氏物語

唱歌の架け橋シリーズで、昨日は『源氏物語』に触れる機会があった。

せっかくなので、今日はその『源氏物語』の第24帖の「胡蝶」の巻の一部を紹介しよう。

『源氏物語』は、紫式部が1008年頃に発表した一大長編物語である。全部で54帖がある中で、「胡蝶」の巻は、源氏の君が36才になったときの春の出来事から始まっている。

当時の人々のみならず、現代においても平安時代の貴族社会を知る上で貴重な文学作品である。

では、原文を読んでみよう。

①弥生の二十日あまりのころほひ、春の御前(おまえ)のありさま、常よりことに尽くして匂ふ花の色、鳥の声、ほかの里には、まだ古(ふ)りぬにやと、めづらしう見え聞こゆ。
②山の木立(こだち)、中島のわたり、色まさる苔のけしきなど、若き人々のはつかに心もとなく思ふべかんめるに、唐(から)めいたる舟造らせ給ひける、急ぎ装束かせ給ひて、下ろし始めさせ給ふ日は、雅楽寮(うたづかさ)の人召して、舟の楽(がく)せらる。
③親王(みこ)たち上達部(かんだちめ)など、あまた参り給へり。
④中宮、このころ里におはします。
⑤かの「春待つ園は」と励まし聞こえ給へりし御返りもこの頃やと思し、大臣(おとど)の君も、いかでこの花の折、御覧ぜさせむと思しのたまへど、ついでなくて軽らかにはひわたり、花をももてあそび給ふべきならねば、若き女房たちの、ものめでしぬべきを舟に乗せ給うて、南の池の、こなたに通しかよはしなさせ給へるを、小さき山を隔ての関に見せたれど、その山のさきより漕ぎまひて、東の釣殿(つりどの)に、こなたの若き人々集めさせ給ふ。

以上である。

昨日の記事で滝廉太郎の『花』の歌詞のもとになった和歌は、上記のお話の続きで出てくる。

源氏物語は、どの巻でも現代の私たちには読むのが難しいと言われているが、この「胡蝶」の巻では、情景を思い浮かべながら、だいたいの意味はつかめるだろう。

3月の20日すぎに、よその里ではまだそれほどでもないのに、(藤や山吹などの)花の色や鳥の声などが、(御殿の前の)庭ではとりわけ美しい時期であった。

そのときに、源氏の君は、若い女御たちがその景色を間近で楽しめるように、唐様の舟(=中国の船に似せたもの)を急いで造らせて、池まで運ばせたのである。

そして、舟で池を遊覧させるだけでなく、池の周りではBGM的な音楽を流して場を盛り上げようと、雅楽寮の人も招いたわけである。

親王や上達部など多くの貴族も集まってきたのだが、源氏の君は、中宮のことも気になっていて、彼女のことを思いながら、いろいろと趣向を凝らした場づくりをした。

釣殿というのは、寝殿造の突き当たりがちょうど池のほうに突き出たところであり、そこから池での催しの様子が間近で楽しめるのである。

マイホームがある人なら、庭に池があったならば、そこに色とりどりの花を咲かせて、春を楽しもうという気持ちが分かるだろう。

文中にも書いてあるように、「南の池」だからこそ、暖かい日差しをたっぷりと受けながら、のどかな気分でくつろげるのである。

それと同時に、源氏の君は、女の子が喜ぶ姿も見たかったのであろう。

なかなか心憎いばかりの演出である。

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