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ヒトは医療に飼われることによって、不自然なかたちで生かされている

昨日書いた記事に、実は疑問がありました。小林武彦さんの著書『なぜヒトだけが老いるのかというタイトルです。

いやいや、人間だけじゃなくて、犬や猫だって老いた姿を見るじゃないですか〜! そう思いませんか?

私と同じ疑問を持った記者がいらっしゃいまして、著者にインタビューをされている記事を見つけました。

ご指摘の通り、動物園で飼育されている動物を含め、人に飼われている動物は老います。しかし、その「老い」は人間のそれとは全く異なる性質のものです。

野生の動物は基本的に老いません。ピンピンコロリです。しかし、人と生活していく中で、あっさりと死ぬことができなくなる。動物の「老い」は「消極的な老い」なのです。少し極端な言葉を使うと「不自然なかたちで、生かされている」とも表現できます。それほどまでに、動物の「老い」とは稀有なことなのです。

一方、ヒトの「老い」は「積極的な老い」です。進化的に、老いることが必要だったから老いるようになった。この点が、今回の本の大きなポイントです。

小林先生はこのように言われています。この文章の前に、「死とは」「進化とは」について書かれているのですが、私にはどうもこの「積極的な老い」との違いに疑問を持ちます。


医学が進歩する前は、自然な死だったことでしょう


江戸時代くらいまでは確かに先生の言われるような進化するための老いであり、死だったかもしれません。しかし医学や科学の進歩により、自然な形で死を迎えることができなくなってきたのではないでしょうか。これこそ「不自然な死」だと私は思います。

寿命が50年程度の時代であれば、「老い」の期間はかなり短かったことと思います。先生が説明で老眼や閉経の例を出されていますが、昔の人が20代や30代で始まっていたとは考えられないです。現代より多少早かったとしても、40代でしょう。その段階を「老いの始まり」だとすれば、死までほんの数年ということになります。


科学の進歩で成長が早くなり、老いの期間は長くなった


子供の成長が早くなったと言われますが、それこそ食と科学が進歩した証です。小学6年生で、170cmくらいの男子がいますし、小学3年生で初潮を迎える女子もいるそうです。

一方、80歳でも元気な人がとても多い時代です。これこそ、科学と医学の進歩です。ピンピンコロリといかず、薬や治療などで命を長く持たせることができたからこそです。「老いの期間」が長くなったことが、現代における一番の進化なのかもしれません。

自然界から見ると、現代人は「不自然なかたちで生かされている状態」です。


「猫や犬が人間に飼われることによって、不自然なかたちで生かされている」と認められています。


犬猫は、人と生活していく中で、あっさりと死ぬことができなくなっている。


先生自身がそう言われています。

それならばヒトも同じです。


「ヒトは医療に飼われることによって、不自然なかたちで生かされている」と言えるはずです。


あっさりと死ねなくなっていることはヒトも同じです。


今回の聞き手、コピーライターの関瑶子さんには、そこを一歩突っ込んで聞いてほしかったです。

ピンピンコロリでいけないのは、現代医療と科学の進歩がそうさせていると私は考えています。


人類がもし・・・
車椅子を作ることができていなければ・・・
義足を作ることができていなければ・・・
外科手術ができていなければ・・・
薬を作ることができていなければ・・・
細胞を調べることができていなければ・・・

寿命が50年そこそこなら、老後で苦しむことはなかったことでしょう。


サポートしたいと思われるくらいまで頑張って書きますので、今はシェアかコメントをいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。