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『百円の恋』:あなたにはまだ戦う覚悟はあるか?

「自分に闘志がなくなったかもしれない」と疑問に思ったときは、決まって『百円の恋』の見返すようにしている。たぶんもう5回以上は観たはずだ。本作を観るたびに、もう1度頑張るぞと勇気が出る。音楽で言えば、阿部真央の『這い上がれMY WAY』や、UVERworldの『PLAYING RUN』を聴くんだけれど、この話は本筋と逸れるので一旦置いておく。

いま振り返ると、昔から殴り合いが大の苦手だった。ボクシングやプロレスなどの格闘技を見るのも辛かった。友人たちが格闘技の話で盛り上がっていたとしても、その会話のどこが楽しいのかもわからない。格闘技を見るたびに、「なんでこの人たちは相手を痛めつけて喜んでるんだろう」と子どもながらにずっとそんなことばかりを考えていた。喧嘩は痛いから嫌いだし、できることなら話し合いで解決したい。それでも友人と殴り合いをするときはやって来る。殴り合いの喧嘩をするたびに、自分の拳を痛めると同時に自分の心も痛めていた。

なんてのは嘘だ。綺麗にまとめようとしていた自分が情けない。本音は自分がただ喧嘩が弱かっただけの話。弱いから戦いたくない。「戦う」からずっと逃げてきた。そして、自分が喧嘩に弱かったため、喧嘩が強い人に憧れたこともあった。強くなりたい。でも、なんのために強くなるんだろう。それすらもわからない。そんな時に出会ったのが『百円の恋』だった。

引きこもりで、働くこともしないただのニートだった一子。そんな自堕落な一子は家族から家を追い出され、ボクサーになった。数々の困難を乗り越え、たくましく戦う一子を演じる安藤サクラの変貌っぷり。そして、『百円の恋』は彼女の演技に賭ける熱い思いを、この世に知らしめた作品でもある。


家で自堕落な生活を送っていた一子。ある日、ボクシングジムの前を通りかかった一子は、サンドバックに向かって懸命にパンチを打ち込む狩野を見つけた。まさかこの男が自分の人生を変えるきっかけになるなんて彼女は知る由もなかった。練習の合間に外へ出てきた彼は、外からボクシングジムを眺める一子と目が合うが、気まずくなったのか一子はその場から立ち去る。

毎日自堕落な生活を送り続ける一子を見兼ねて、妹である二三子が「親の年金狙ってるんじゃないの、親が死んでも平気で隠す豚になるんだ」と言い放ち、その発言に切れた一子が二三子に殴りかかる。でも、自堕落な彼女は妹にすら勝てない。2人の喧嘩に慌てて、仲裁に入る母。母の「殺し合いする前にどちらか出て行きなさい」という言葉に一子は家を出ることを決めた。

家を追い出され、途方に暮れた一子は生活を成り立たせるために、働かざるを得なくなった。そこで選んだのが百円ショップである。百円ショップによく買い物に来る狩野に恋に落ちたが、別の女性に呆気なく取られてしまう。そんなクズの彼を見返すかのように始めたボクシングが、彼女の闘志に火を点けた。

毎日のように練習に打ち込み、見る見るうちに顔つきが戦う女性へと変貌していく。本作を観れば、安藤サクラのストイックさがよくわかる。彼女がボクサーの体に仕上げるまでに掛けた時間は、なんとたったの10日間だったそう。それだけ本作に賭けていたということの表れなんだろうけれど、それにしてもストイックすぎる。

日々の練習の成果が出ているのか、一子の顔には「戦う」と書かれているみたいだった。必死の練習の末、彼女はとうとうプロボクサーになった。32歳からボクシングを始めて、プロボクサーになるなんてどれだけの覚悟と努力を重ねてきたんだろうか。考えただけでも凄まじいものがそこにはある。

生まれてから1度も戦う姿勢を見せなかった一子。失恋というきっかけではあったけれど、人は本気になればいつだって変わることができる。そこに年齢なんて関係ない。大切なのは戦う覚悟を持つこと。そして。それをやり抜く姿勢だけである。と彼女からそう教わったような気がする。

物語の終盤で、彼女はプロのリングに立つ。対戦相手ははるかに格上。最初から勝てないとジムの会長は、戦う前から戦意すらない様子だった。それでも自分を変えたいと思った一子の思いは止まらない。止まってたまるか。相手に何度殴られようと果敢に立ち向かう一子の姿には思わず涙を流してしまった。それと同時に、自分の中にある闘争本能をまた見つけ直すきっかけにもなった。

でも、ボクシングに毛が生えた一子に勝てるわけがなかった。結果は惨敗だ。1度だけ相手にパンチをお見舞いできたけれど、その結果も虚しく、彼女はKO負けをしてしまう。元恋人や家族に見守られながら、白目を剥いてしまったその姿に心を動かされないものなんていないだろう。それだけ勇敢に戦い続けた一子はかっこよかった。

本音を言えば、一子にはハッピーエンドが訪れて欲しかった。戦いに勝ち、連戦連勝のボクサーになる。そして、自分を弄んだ狩野を見返して、「あなたには戦う姿勢を教えてもらった」と笑顔で締めくくるそんな終わりであって欲しかった。ニートからプロボクサー。誰が考えても無茶なストーリーを必死で駆け抜けた一子。それでも現実ってやつは残酷で、彼女にハッピーエンドを用意してくれなかったのだ。

物語のクライマックスで、戦いを終えた一子は、元彼である狩野に「勝ちたかった」と本音を漏らした。格上を相手に戦う姿勢を見せた彼女の無様な顔は、戦う姿勢を失っていなかったのだ。そして、ボロボロな姿で、狩野と手をつなぎなら階段を降りるシーンで、クライマックスを迎える。


エンディングで流れるクリープハイプの『百八円の恋』の「いたい」には、「痛い」と「居たい」の2つの意味が込められている。百円の恋と八円の愛。百円ショップでの元恋人との出会い。そこから始まった物語。百円の恋に八円の消費税がかかり、何者にも代え難い愛へと変貌する。ボクサーとしての「痛い」。そして、元恋人と一緒に「居たい」。2つの意味が込められた「いたい」で終わるエンディングは、何度見ても涙を流さずにはいられない。

一子からは戦う姿勢を教わった。彼女ほどストイックにならなくてもいいのかもしれないけれど、いついかなるときも戦う姿勢だけは忘れたくない。そして、何度転んだとしても、一子のように立ち上がる人生にしていきたいと拳を握りながら強く思った。

強くなるには目的が必要だ。ボクシングには「Stand and Fight」という言葉がある。立って戦え。彼女は自分の矜持を守るために、立って戦い続ける強さを手に入れた。強さは見せびらかすものではなく、自分や誰かを守るためにある。「なんのために強くなるのかがわからない人は、一旦足を止めて強さの定義を考え直してみてほしい。そして、最後には自分の足で立って戦え」。本作にはそんな願いが込められているのではないだろうか。

「さて、あなたはまだ戦う姿勢を忘れてはいないだろうか?」と何度も問いかけてくれる本作。もし戦う姿勢を忘れたかもと1mmでも思うのであれば、『百円の恋』を観て、運命に必死に抗う一子の逞しい姿を目に焼き付けて欲しい。

(C)2014東映ビデオ

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