イタリアンスタイルPastel−そして、この街にもいたカルチャーリーダー。(3)

チーフは、自分がもう着なくなった裏原宿や中目黒系のアパレル限定品のTシャツ500円セールを50枚、お店のテーブル全てを使って開催したりするようなこともできる人だった。そのTシャツの並べ方もたたみ方も工夫されていて、Pastelが、まるでアパレルのセール会場のようになった時もあったのが懐かしい。チーフはその手のブランドのフォロワーを増やす役割も担っていて、例えば、彼がGeneral ResearchのTシャツを着ると、ファション好きの常連客が真似して着始め、Over The StripesのTシャツを着始めると、やはりお客がそのブランドを着始めるというPastelの中でのブームが生まれたりした。地元北綾瀬周辺のブームではなくて、あくまでも感度の高いチーフのお店のコミュニティだけが知っている世界で、それは、Pastelのお店の扉を開けないと分からない世界だったと思えてならない。
Pastelで度々起こった出来事で思い出されるのは、チーフがDJとなり、BOSEの CDプレーヤーだけで、トーンコントロール、ボリューム調整だけで回し始めて、天井に取り付けられたBOSEのスピーカーもいい音響で、またお店の壁がコンクリート打ちっ放しの内装になっていて、それも音響効果があったのだろうか、Pastelがクラブのような空間になってしまうこと。例えばチーフが店内にサイン入りのポスターを貼ってサポートしているm-floの「Come Again」を、自分のオリジナルリミックスに仕上げてしまったりして、まるでミキサーを使っているような技術と音楽的感性を持ち合わせた人だった。このPastelクラブ化には、自分もDJとして少しだけ参加した体験がある。当時Pastelでは、Paris Matchの「typeⅢ」がブームになっていて、都心のクラブ通いをしていたチーフが、親交のあったm-floのDJ、Takuさんに教えてもらったアルバムだった。自分もチーフから教えてもらったParis Matchがフェイバリットになり、今ではアルバムをコンプリートする程なのだけれど、その「typeⅢ」のCDを使い、自分が簡単に「つなぎ」を入れたことがあった。1曲目の「Saturday」のイントロのドラム、これがとてもインパクトがあり、そこをギターが入る寸前にスイッチさせ2曲目の「Deep Inside」のイントロの短い小刻みのドラムにドラムtoドラムで繋いでみたら、チーフが飛びつくように反応して、yo-yo!と言いながら楽しそうに右手の拳を掲げて回し始めたことがあった。チーフがお客側になることが、通常営業のお店でも、あまりないことだったので、とても驚いたし、やってみてよかったという初DJ体験というお話。その後は、そういうことが一度もなかったので、Pastelでは、とてもレアな盛り上がり方をした夜だった。
Pastelでの音楽の話でいえば、おそらく都心のクラブでm-floのTakuさんや、そのつながりのDJの方からもらってきた、曲名も書いていない CD-Rがケースにごっそり入っていたことも忘れられない。そのどれもが正式に販売されていないレアトラックで、その中の1枚で、コーネリアスのインストのリミックスをチーフがかけてくれて、最高にグルーヴ感があって格好よかった。あの時CDをコピーさせてもらえばよかったと、とても後悔しているくらいで、そのコーネリアスも、確かチーフが、例のBOSEのCDプレーヤーで、トーンコントロールとボリューム調整だけで、DJを始め、オリジナルのリミックスにしてしまったりするのだから、その音楽的センスには本当に感服してしまう。西麻布界隈の最先端のクラブシーンから、その音源を自分のお店に持ち帰ってきてくれるチーフは、その「好き」という半端ない好奇心から手に入れることができる良質な音楽を紹介してくれる、やはり北綾瀬のカルチャーリーダーだと称したくなる人だ。
別の話も。彼は昔Gibsonの335というギターを所有していたようで、ある程度楽器も弾ける人だった。ある夜、カウンター越しに飲みながら話していると、そのGibson335を持っていた話をし始め、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」のギターソロのリフを弾いていたと楽しそうに話していた。この人は、とにかく「好き」だと、何にでも挑戦する人だった。その「好き」のなり方が、普通の人と違い、やはり半端なくて、例えば、ゴルフが好きになった時には、石川遼がトーナメントツアーを回っているゴルフコースにクルマで出かけ、「石川遼くんのお父さんと話してきたよ!」と楽しそうに話してくるのだから、びっくりしてしまう。その「好き」の熱意が、相手にも伝わる人なのではないだろうか。先のm-floのTakuさんとのツーショットの写真がお店の入り口に飾ってあるし、「好き」という熱意で、本当にすごいところまで体験できてしまう人だったのだな、と改めて驚いてしまう。
Pastelはクルマ好きのコミュニティサロンの側面もあった。夜のオープン後、仕事上がりの常連客のこだわりの愛車がお店の前にずらりと並ぶ夜もあった。FIAT500、Audi TTクーペ、BMW3シリーズ(Mスポーツ仕様)、同じくBMWではチーフのZ3、SAAB900Turbo16S、ロータス・エスプリなど、自分のSAAB以外は、皆マニュアル車というカーマニアの集う場所だったこともPastelならでは。皆、好きなお酒を飲みながら、クルマ談義で盛り上がった夜も何度かあった。ファッション、音楽、料理好きもそうだけれど、クルマ好きということだけでも、みんなの仲間に加われるPastelの存在は、それぞれの話題に対応できるチーフの趣味の広さがあってのことであり、Pastelのチーフがいかに地域のカルチャーリーダー的存在だったかという、ひとつのエピソードを自分は外せなかったらしい。クルマ好きの自分らしい思い出。
Pastelの楽しみの一つには、月1のジャズライブも忘れてはならない。毎月、日曜日に行われ、常連客ももちろん、そのライブの時だけ楽しみにしているご家族連れのお客さんもいらっしゃった。トライセラ・ジェット・グラフィティというグループ名で、ギターの北川さん、ベースの落合さんは固定メンバーで、毎月のようにボーカルが入れ替わったり、サックス奏者が加わったり、毎回観ても飽きない3人編成になっていた。プロのミュージシャンの方が加わることもあったけれど、基本彼らは音楽活動とは別に本業を持っていて、ギャラを稼ぐということよりも、演奏する場が与えられることに喜んで参加するという感じの人たちだった。実際、ライブ終了後の賄いのような夕食を頂いて、楽しそうにメンバーで談笑している感じなので、やはり職業的なミュージシャンという感じはしなかった。このジャズトリオは、北川さん、落合さんはサポートで、毎回入れ替わるボーカルの方やサックス奏者の方のプロモーションも目的としているライブをPastelで開催してくれていたように思う。だからCDを出されていたり、別の有名なジャズクラブで演奏するようなミュージシャンも、そういう場所に行かないお客さんのためにもなるし、自分の活動を広める目的にもなるので、少し協力しようという気になってくださったのだろう。今でこそ、ジャズに少し関心があって、CDを何枚か聴き比べたりするようになったのだけれど、当時、自分は、ライブはおろか、CDも1枚も持っていないまったくのジャズ素人の人だったので、人生初のジャズライブの体験をPastelでさせてもらったことは、本当にありがたかった。
彼らの演奏を何回か聴いているうちに、スタンダード曲の中にも即興だったり、ジャズの演奏の手法のようなものがあることも、少し教わった。事前の音合わせをされている時に、各プレイヤーのアイデア出しもあったのだろうし、当日のPastelのお客さんの入りや雰囲気を感じて、インプロビゼーションを展開することもあって、これがライブ、という臨場感を楽しむことができた。また、その熱演の様子を、当時の趣味だったフィルムカメラなどで撮影することに夢中になっている自分がいて、それは専属カメラマンが、頼まれて撮っているという感じではなく、あくまで演奏に熱狂している、引き込まれている自分がいたということだったのだろう。自分はこの体験を、どうしても記憶に残したかった。プリントした写真の枚数はかなりの数になっているし、よく撮れているものは、あの時のシーンを極めて再現できているかのような仕上がり。技術的な問題ではなく、魅了された人だけが撮れる世界、Pastelのチーフの「好き」を、あの時の自分はやっていたのだろうと思うと、そんな自分も嫌いじゃないな、と微笑ましく思ったりもする。
このジャズライブ、Pastelとしては、客数の期待、あるいは客層の広がりを期待できる大切な施策でもあったのではないだろうか。ライブ前のチラシの告知もそうだけれど、当日のライブは、真冬でなければお店の扉を開けて、演奏の音が通りを行く人たちに聞こえて、なんだろう、楽しそうと思わせることも出来ていたと思う。実際その扉の中に入った人は、ジャズライブとともにPastelの美味しい料理を味わうことができる。ドリンクだけでなく、Pastelの料理の美味しさまで知ってもらえたら、またライブをやっていない時にも来てみようというお客さんも間違えなく増えそう。お店なら客層の広がり、お客ならライブ体験、演奏するプレイヤーは、お客さんの前で演奏する喜びと自身のプロモーション、誰も無理することなく、みんなが楽しめて、それぞれの糧になる素敵な関係が、あのイベントには確かにあったという気がしてならない。

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