ひとりよりふたりで#8

考える。今すぐにこれはどうにもならない。
どうしたら、思い描くようにそれが成立するのか?
考えていると人生についても考えだす。
個人のチカラだけでどんな困難も何もかもどうにかできるなら?
人はきっと集まることを辞める。
1+1+1という風に数を重ねていき、回を増して人が増えていく毎に
前よりすこし強くなったり、脆くなったり。
これは確実な答えに向かっているわけではない。
だいたいの目安に向かって、昨日よりはマシな明日に向かっているだけ。
誰かが生きる上で誰かは外せない。
誰かの未来に僕はいたい。生きてなくていい。ただ存在したい。
結局僕の答えはそれで決まることの方が多い。
圧倒的多数より限定されたひとりでいい。その人の中にいたい。
浮かぶ歌、君を想う時、聴かせる宛てもなく、曲だけがストックされる
この時間帯、夢季は僕を呼ぶ。本当の理由がコルツきらした
なんてそれじゃないことくらいはわかる。
じゃあ本当は?でもその真意はみつかっていない。
色んな人の唄を唄えども、そこから解る、解った、ではなくそれよりはまだ自分にも似通った何かが音に歌詞に乗っかったのを幾周か、して限りなく近づいてるときにきっと僕は歌いだす。歌いだすときに雨のように拾いきれない洪水よりもある音楽の中から選びぬいて歌う。
それは初めて聴いたときよりももっと、それをリアルに感じているとき。
今の心温を解りやすく反映したもの、が聴く歌、歌う歌、となる。
そんな気がする。
だから今しか歌える時はないんだ、と解っているものほど
歌声に強く顕れる。ここに僕はいますよ、と。いたいんです、と。
未来に想いを馳せた歌も過去を想った歌やはりリアルに
そこに確かな心音がある。

想いが歌となり伝わるなら、もう考えることにも意味がなさそうだ。
言えない胸の丈を歌として遺してるのかも先人も僕も。 
言いたいことが無くなった時、歌うこともなくなるのかもしれない。
今、ぼんやり考えている、このぐるぐる蔓延するウイルスみたいなものも
考え抜いたところできっと対してなんの役にも立たない。
自分から離れるように、そう仕組んだようなものなのに、バスケ引退
してから時折チームメイトが夢に出てくる。
そんな噂を耳にしたわけでもないのに、首を切られるくらいならと
チーム上層や監督に辞表をだしたのは僕だった。
ユキの元からもいつか去る日がくるのだろうか?
考えたくない。ケータイも紙もペンもなくても脳内では
考えることは無限に出来る。
考えることは好きな方だ。だけどこれについては、ユキといつかそんな日が
なんてことについては考えたくない。
好きとはいったものの考えすぎる節がある。弟によく言われた。
「兄貴、考えすぎだよ。」  
自分でも解るときは解っている。いささか考えすぎている。
もっとラフに考えることが出来たなら。もう少し呑気に構えることが出来たなら。来なくていい別れがあったのでは?何も自分から好きなことを
剥奪する必要性はなかったのでは?
人間は時に愚かで自分に不利な選択もする。こと僕においては多い。
答えを勝手に決め付けて、難しく物事を捉えて、全部壊してしまう。
せっかくビルドしたモノも波に攫われた砂の城のようになった。
自らの手で何度も何度も壊した。数えきれない。
その都度、虚しくなって何もかも全て辞める。
そしてだいたい、12カ月程経つと
また似ては異なる何かを創っては暫くしてまた終わせてしまう。
正直馬鹿だと思う。カタチにしていくまでそれなりに苦労したはず。
一種の破壊衝動は昏睡から目覚めてからより顕著になった。
ある種、僕は人生にも一度別れを告げた。
あのユニークでいつも僕らをいつも笑わせてくれていた父は仕事も何も手に
つかない状態になってらしい。まるで映画のように医者に息子を助けてくれ、会わせてくれと大泣きしながら懇願していたらしい。
家族はそんな父の姿を初めて見たらしかった。

僕は昏睡中、白い魂のようなものをずっと見ていた。
ずっと揺らめいていた。
そして父の泣いている声が聴こえた気がした。何度も何度も。
蝉が鳴く頃に目を醒ました。
僕はまた壊してしまうのだろうか?ユキとの日々も全部なかったことの様にしてしまうのだろうか?じゃあもう何かを始めることも辞めるべきでは?
最後の最期は自らの手で自分を殺めてしまうのでは?
もし、そうしてしまうのなら。
見えない僕が螺旋階段をひたすらループする。独りで。
もっと肩の力抜いて考えられないものか。母さんはこういうのは得意だった気がする。何年ぶりだろう。でてくれるかな?
そう思いつつも何度も鳴らした番号をコールする。
留守番一歩手前といったところで
電話の主が応じてくれた。
11秒ほどノイズが走り、切ろうかと思ったが「もしもし?」と声がした。
母さんだった。当然なんだけど。いつ以来かわからないので
番号が使われている確証すらなかった。

「ごめん、電波悪いみたいだね。判る?ライムだけど。」

「判るけど、どうしたの?」

「んー、何ってわけでもあるんだけど。母さん毎日違う献立考えてくれてたでしょ?僕らが飽きないように、最低でも同じメニューは二週間は出なかったはず。だよね?」

「突然電話してきたと思えばご飯の話?泣きながら出ていったライムだけかもなぁ。ママのご飯おいしいっていつも言ってたの。いつか食べられなくなる日が必ず来るからって言ってたのに一番に離籍したのもライムだったね。」

「そうだったね。あれさ、毎回どうやって考えてたの?」

「んー前にも同じように訊かれて話したことあると思うけど。何も考えてないよ?ぼーっとしてるとライム以外は集まって来るから、なにか作らないとでしょ?で、悩みながらライム達のこと考えてると、あれ作ったら、これ作ったら喜ぶかな?ってメニューが増えていくの。直近に出したものは皆の胃袋にとうに収納されてるから冷蔵庫にはないから作れないし。だから考えてた、というより消去法かな?冷蔵庫開けて目についたものとって調理開始って感じかな。」

「母さんは流石だなぁ。僕には真似できない。大変すぎる。僕はね、いつか食べられなくなる日が来るかも?なんて自分で考え着いた訳じゃないよ。
母さんが教えてくれたんだ。」

「ママが?そんな話したことあったっけ?」

「うん。一度少し強めに叱られたことがあった。來知と僕で母さん今日の
ご飯なに?ってしつこく聞いた休日があったんだ。そしたら母さんなんて言ったと思う?」

「え?なんて?」

「ママが作らなくちゃいけない法律でもあるんですか?って冷たく
言い放って隣室に籠ってしまったとさ。」
すこしおどけてみせた。

「あー良く覚えてたね。言った。そんな日もあったね。」
柔らかく綻ぶイメージが共有される感じがする。

「うん、それで僕はようやく
その時気がついた。確かにって思った。母さんが
その気さえ失くしたら、この毎日は終わっちゃうんだなって。」

「それでいつも言ってたのね。いつか食べられなくなる日が来るって。」

「うん。どんな物語も始まったら必ず終わるように、食べたら無くなっちゃうように、この毎日にはどう足掻いても必ず終わりが来る。なら始まらなければいいのにって思ったって、それを待つ人が居るなら、なぜか始まる何かがこれもまた必ずあって。でもそれは用意してくれる誰かがいて初めて
やっと成り立つ。母さんが居てくれなかったら、僕が今こうして話すこともできない。待ち望んでくれた誰かがいても、どんなに頑張ったって思うように進まないことも往々にしてあって。」

「ライムは本当によく考える人。パパに良く似てる。」

「父さんも?こんな人だったっけ?」

「うん。考えすぎることしか出来ない自分に時に感謝して時に悩まされてて。この電話の意味はそれじゃないの?考えすぎる自分に疲れた?」

「母さんには死んでも勝てそうにない。言わなくても全部見透かされる。
そう、余計なこと考えてるってわかっていても考えるのを
辞めてくれない。むしろ考え出すと何日も何日も考えて辞め方を知らない。」

「ママも考える時は考えます。ただ不必要にママまで考えるとパパが
考え込んだ時、代案を組み立てる人がいなくなっちゃう。休む為のご飯も
お風呂もベットも用意する気力すら残さないで瀕死で帰ってくるから。
あの人も來夢も。たまにだけど來知も。
だからその分ママは余計に頭を回さない。皆が考えすぎなくらい考えてくれるから、考えなくても良かったのかもしれないね。」

「なるほど。そういうことか。でも考えてくれる人ありきかもね。
その戦法。」

「そんなことないよ?こう考えてるんじゃないかってことは聞かずとも
考えておかなくちゃいけないし。普段の話もそれとなく聞いてないとついていけないからね。」

「流石、母さん。ありがとうなんだかすこし雪が融けた気がするよ。
また。」

「うん、考えるのもほどほどに。身体は大切にね。」

「話しすぎたね。ごめんね。うん。」

「ごめんねじゃなくて、ありがとう、でしょ。」


母はすごい。やっぱり偉大だなと。よく思う。
母は普段これと言って難しいことや何かを話すこともない。
だけど僕にとって肝心な場面、未知に迷った時、要所に至ると
母の積年の想いを物や言葉に形を変えて、伝えてくれたりもした。
がんばって、だいじょうぶ、あぶないよ、やすんでね。
そんな風に言わずともそういうイメージのメッセージ。
優しく朗らかな人で誕生日プレゼントなんか渡すと、子供みたいに
喜んでくれた。

「ママこれ欲しかったの!なんで知ってるの!?」

深夜に大騒ぎ。
まるで、クリスマスの朝の幼少の僕らを見てるようで。

弟と折半して買ったホールケーキと天然石が詰め込まれた福袋。
0時が来るのを待った。既に父は寝てしまっていた。
僕は原付のメットインにケーキを入れて慎重に運搬する係でもあった。
弟、曰くそれなりに有名な洋菓子店らしかった。
アイスシューがとても美味しそうだった。
バイク事故したことない僕でも難儀なミッションだった。
でも0時に開封したケーキはショーケースに並んでいたままで。

弟は少し離れた場所で誇らしげにしていて
僕もなんだか嬉しくて。母の嬉々とした表情や声あってこそだけど。


弟といつかそうしたように、今しがた母とそうしたように。
一人より二人で。難しいならもっと多勢で物事を見つめなおすのも大切
なのかもしれない。
そういえばユキと僕は家族の話はどこか禁忌めいていて
話した事がまずない。
どんな、ご家族なんだろう。どんな風に育ったのかな。

気にならないと言えばそれは嘘でもある。でも無理矢理問いただしてまで
知りたいわけでもない。

いま、ユキの笑顔、泣顔、それが傍で見られる。
幾らでも、いつだって、難しく考えることはいつでも出来る。


今はこの時間もなにもかも愛したい。

たとえ明日全ての色が真逆になっても悔いのないように。

明日、この世界の一部が色を変え始める。まだ何にも知らずにいた。
というより、既に全てが変っていた。

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