キミしか知らない物語#05

思えば恋心なんていつ以来だろう?
まともに記憶がない。でも記憶なんて曖昧な
ものだと思う。都合のいいようにいくらでも改変される。
脳なんて簡単に騙すことができる。 
色が違うだけで味はすべて同じとされている
かき氷のシロップみたいに。

ユキはすごく好奇心が強い。

「好奇心旺盛だね。」

なんて笑うと
ムスッとする。でも、すぐに顔色を変えて

「ねえ!こっちのイルカもかわいいよー!」

と僕を呼ぶ。
ユキの方が可愛いんだけどなぁ、なんて
言葉がすぐ宙にうかぶ。二酸化炭素になって。
気恥ずかしくて言えない。何言ってんの?
熱でもある?どしたの急に。とか
そんな言葉が返ってくることだろう。

でも初めてそれを口に出してしまった時のユキの
リアクションは想像と違った。

僕らは一ヶ月に一回は必ず行く
お決まりの場所があった。湖辺か海などがすぐに眺望できる水族館。
電車とバスやタクシーを使っていく日もあれば
車で行く日もバイクでツーリングがてら
気がつくと水族館に着いている日もある。
水族館はユキのお気に入りのスポットのひとつだった。
僕は最初に誘われたときは断ってしまった。
ユキと行くのが嫌とかそういうことではなく、
水族館アレルギーみたいなもので、あの魚たちが閉じ込められてるガラスの中には水があって
あのガラスが万が一割れたら?何トンって水圧で
死んでしまうだろう、と考えると、怖くて怖くて
入場ゲートを越えたくない。その背中を
見送りたい。お土産は欲しい。できるなら。
まあ何回か行ったことあるけど、なんて言いながら
実は家族としか行ったことがない。そして
記憶にあるのは一度くらいだと思う。あとは生まれてから記憶がない頃の話だろうに、連れてったことあります。と母が言っていた。確かに
弟とペンギンとかイルカとかの前でベビーカーに
乗せられたふたりの写真も見た記憶がある。

女の子とデートなんて、もう人生史の番外編にすら載せるような想い出すら無い。三次元より二次元のほうが好きだった、漫画やアニメやゲーム。
家にも女の子を入れたこともなく
僕は恋愛対象が男なのだろうか?と自分に対して
よく思った。よく考えてわかったのはカッコイイ人へのこの気持ちは憧れという名前がついていて
恋や愛とはまたどこか違う、ということ。

「ライム、ありがとう。嬉しい。」

とユキの口から出る今まで聴いたなかで
一番優しい音。そして、僕の手をぎゅっと強く握って走り出した。
危ないよって何度言っても
止まってくれない。
走った先にユキが乗り込んだのは
アクリルか何かで出来た透明のエレベーター。
そして、僕の手を離した。ドアが閉まる。
上昇していくユキの口が何かを呟いている。
でも、声は聞こえない。
エレベーターは降りてこない。
理由がわからず、パニックになった。
可愛いと口にしたら、ありがとうがきて、 驚いてたら、手を引かれて、今まで見たことない
透明のエレベーターに一人で乗って、
僕はここにひとり、となっている。
僕らは二人でいるとき、別行動をしたことがない。
ひとりになりたいのかな?
理由が皆目見当がつかない。立ちつくしていると
数分後エレベーターが降りてきた。
すぐさま乗り込み、なんとはなしに一番上を目指す。
空色のコートが見えた、ユキだ。

「どうして?って顔してるね。」

「ご名答どころか、それしかないよ。」

「実は私も聞きたい。かも?」

「どういうこと?」

「なんて説明したらいいのか。身体が勝手に。ふたりでいることが
嫌だとか、そういうことじゃないことは解るんだけど。うまく説明できないような、できるような、、。」

広がる海を眺めるために弧を描いた丸いフロアに二人きり。
さざめく波音だけが微かに聴こえる。

「わかんない?」 「うん。」
「本当に全く伝わってない?」 
「教えてくれないの?」 「いつか言うね。」

でも日に日に感じていた。バラバラのパズルがはまっていく感じ。
僕らは違う。でもどこか同じ匂いがする。

何か、制約や誓約に縛られている。そんな感じ。


この感覚がどこから?なにから?
くるものだったのか、答えはすぐそこにあった。



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