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地域のつむぎ手の家づくり|‟建てて後悔される家“はつくりたくない 家族3人経営でお客様のための家づくりを追求<vol.51/獅子倉工務店:埼玉県朝霞市>

【連載について】“地域のつむぎ手の家づくり”って、なに?
家づくりをおこなう住宅会社には、全国一律で同じ住宅を建てる大規模な会社や、各地方でその土地の気候に合った住宅を建てる小規模な会社など、さまざまな種類のつくり手がいます。その中でも、その地域ならではの特色や、そこで暮らすおもしろい人々のことを知り尽くし、家をつくるだけでなく「人々をつなぎ、暮らしごと地域を豊かにする」取り組みもおこなう住宅会社がたくさん存在します。
この連載では、住宅業界のプロ向けメディアである新建ハウジングだからこそ知る「地域のつむぎ手」を担う住宅会社をピックアップ。地域での暮らしづくりの様子をそっと覗かせてもらい、風景写真とともにお届けします。

今回の<地域のつむぎ手>は・・・


獅子倉工務店(埼玉県朝霞市)社長の獅子倉欣治さんは、家づくり歴20年以上のベテランですが、今でも資格を取ったり研修を受けたりと、学びを欠かさずレベルアップを目指し続けています。なぜなら、それは「お客様には、家を建てたことに後悔してほしくはない」から。健康で快適に暮らすことができ、長持ちする家を提供することを自身の使命と決め、妻と息子の3人で日々家づくりに励んでいます。こうした地域のつくり手の地道な取り組みが、地域の人たちの豊かな住環境と暮らしを支えているのです。

左から:息子の獅子倉拓巳さん、社長の獅子倉欣治さん、妻の獅子倉智子さん

同社は1964年、獅子倉さんのお父さんが創業しました。獅子倉家は、おじいさんも大工で、獅子倉さんは三代目にあたるそうです。幼いころから、漠然と「自分も将来はこの仕事をするんだと思っていた」と振り返ります。

時は流れ、獅子倉さんは大学を卒業。一度は就職しましたが、1989年1月、家業へと転身しました。獅子倉さんいわく、当時の獅子倉工務店は「ごく普通の、まじめな工務店」だったそうです。3年間、大工として修業したのち、設計から現場監督、営業まであらゆる業務を担当しました。

入社から15年たった2003年、突如、「父から会社を継ぐようにとのお達しが」。獅子倉さんは言われるがまま、お父さんの後を継いで社長に就任しました。「ただ何となく継いだ、という感じだった」と苦笑しながら当時を思い出します。

健康でいてほしいから
高性能住宅をつくる

2012年、一大転機が獅子倉さんに訪れました。東京大学大学院准教授・前真之さんの講演会に、たまたま足を運んだ(「なぜ行ったのか、理由は覚えていない」そう)ことで、断熱性能の高さが省エネ、かつ住まい手の健康にも貢献するものだと痛感させられました。

前さんの話を聞いた獅子倉さんの頭には、「自分がつくった家のせいで、お客様が健康を害するのは嫌だ」という考えがよぎったそうです。

それまでは「安く家を建てることがお客様のためになる」という価値観でした。すでに高断熱工法のネットワークにも加盟してはいましたが「高断熱の利点をうまく説明できず、価格だけが目立って受注に至らなかったことも多かった」と言います。

しかし、「顧客に健康でいてほしい」という気持ちだけは曲げたくない。そんな想いを胸に、外皮マイスター資格試験に挑んで100点中98点の高得点で合格したり、土地探しから顧客をサポートできるよう宅建業の免許を取ったりと、日々研鑽を続けているのです。

高断熱高気密・高耐震・高耐久・自然素材を4つの「幹」とし、温度・動作・家計・気持ちの4つの「楽」を実現するのが家づくりのコンセプト。これを一言で表すのが「4×4=暮(シシクラ)」だ


発信してわかってもらうことで
人が集まるように

同社の事務所は獅子倉さんの自宅も兼ねており、以前は事務所の入口も住居の玄関も同じようなつくりでした。しかし、それではお客様や地元の人たちが気軽に入れるような雰囲気でもないと、4年前に思い切って事務所部のファサードとインテリアを一新しました。

‟気軽に入ってきてほしい“との想いでリニューアルした事務所。随所に置かれたおしゃれな小物やディスプレイは妻・智子さんのアイデア

入り口の周辺や、室内の飾り棚や窓際に置かれた小物は、妻の智子さんが選んだものだそうです。敷地内の作業場にも掲示板を設置し、イベントの告知やニュースレターを張り出しています。昨年は、ウェブサイトをリニューアルしたことも手伝って、問い合わせや来訪者は徐々に増えているそうです。

最近では、お客様から「朝霞にこんな工務店があったなんて知らなかった」といった声をよく聞くようになったといいます。「声をあげれば、必ず見てくれる人がいるんだとわかりました。ただ、お客様が来るのを待っているのではなく『ここに獅子倉工務店がありますよ』と発信して(地域の人たちに)私たちのことを理解してもらうように努めた成果が表れていてうれしいです」と獅子倉さんは笑顔で話します。


OB顧客との縁をつなぎ
地域の困りごとにも応える

一方で、先代の時代のOB顧客は農業を営んでいる人が多く、農協との縁から、建て替え等の際に大手ハウスメーカーに流れてしまうケースもしばしばあったそうです。

そこで獅子倉さんは「ぜひ弊社にご連絡を」と“御用聞き”のように、近隣のOB顧客に声をかけて回りました。そして、3年前からニュースレターを送り始めたこともあり、疎遠になっていたOB顧客からの連絡も増え始めたそうです。サザエさんに出てくる三河屋さんのような存在感も、地元工務店ならではです。

また、リフォームも地域との関係を考えるうえでは大切な仕事です。獅子倉工務店には、近隣のマンション住民や、販売事業者の倒産・廃業等でアフターが十分受けられず、困っている建売住宅の住まい手が相談にやってきます。リフォームの顧客は新築以上に近隣の人が多く、獅子倉さんの力が、地域の住まいを支えているといっても決して大げさではないのです。

DIYやガーデン関連のワークショップを定期的に開催


「父と働きたい」から
息子も工務店の道へ

6年前、同社のメンバーに息子の拓巳さんが加わりました。高校卒業後、建築の専門学校に通い、他社での修業を経て同社に入社。今は現場監督とリフォームが主な担当です。

拓巳さんも、やはり子どものころから家業を意識していたのでしょうか。尋ねてみると「初めは(工務店の仕事に)関心はなかったが、次第に父と一緒に働きたいと思うようになった」と拓巳さん。父の仕事ぶりやお客様に向き合う姿勢が、息子の心を動かしたのです。

現在、獅子倉さんは57歳、拓巳さんは30歳。獅子倉さんは「私が60歳になったら息子に継承させようとも考えている」と話します。これに対し拓巳さんは「普段から何かと意見も合うし、父にはまだまだ現役でいてもらって、一緒に仕事がしたい」ときっぱり。果たして獅子倉工務店は3年後、どのようになっているのでしょうか。今から楽しみです。


お客様と直に触れ合える
小さな工務店でい続けたい

家づくりの基盤は固まりました。地域での認知度も向上し、ファンも増えています。さらには、後継者の拓巳さんも実力をつけてきています。それでも獅子倉さんは「会社を大きくするなどとは考えたこともない」と言い切ります。なぜなら「自ら全てのお客様に会い、話すことが、工務店として最も大事なこと」と信じているからです。

社長が全ての顧客と顔を合わせて話ができるのは、小さな工務店ならでは。新築は年間3~4棟のペースで安定経営を続け、お客様に後悔させない住まいをつくり続けていくことは、今後も獅子倉さんの大事な仕事であり続けるし、拓巳さんもその姿勢を守り続けてくれるはずです。


獅子倉家の一員で看板犬のココ(ラブラドールレトリバー)


文:新建ハウジング編集部


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