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物語のタネ その六 『BEST天国 #43』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「好きな人と美味しいものが食べられる天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのオフィス―――
いつもの如くミヒャエルの淹れたコーヒーを楽しんでいる宅見氏。
心なしかその味が今までよりも美味しく感じている。
ふと見ると、ミヒャエルがテキストらしきものを開いてイヤホンで何かを聞いている。

「お取り込み中、スミマセン。ミヒャエルさん、何かお勉強中ですか?」

ミヒャエル、イヤホンを耳から外して、

「ええ、ちょっと、チャミクロ語の勉強を」
「チャミクロ語?」
「ペルーの言語で、昔は公用語として辞書まであったそうなんですが、スペインに占領された後は皆スペイン語を話すようになって。でも、まだ少しだけ話す方がいるんですよ。天国には世界中から色々な国の方がいらっしゃいますから、我々コンシェルジュとしてはそれに対応しないといけないわけです」
「確かに。あまりに日本語が自然なので忘れていましたが、お名前、ミヒャエルですものね。日本語、勉強されたんですね」
「はい。世界には6,900の言語があると言われていますけど、私はまだ4,355しか話せませんので、まだまだ勉強しないと、です」
「4,355!恥ずかしながら、私なんて日本語だけです・・・。ああ、英語とかしっかり勉強して、外国人の友人ともっと深くコミュニケーションしたかったな」
「あら、外国のご友人がいらっしゃったのですか?」
「いたんです。コンゴからの実習生で。彼はフランス語でしたけど、分からない事に変わりは無く。彼の日本語習得能力が高く、日本語でやり取りしていましたが、今のミヒャエルさんとみたいに、自然にはコミュニケーション取れていなかったですね」
「なるほど。となると、あそこいいかも」
「え?どこ」
「いいからいいから、とにかく行ってみましょう!」

いつもの如く真っ白な空間―――
しばらくすると、銀縁眼鏡をかけた上品なおばさまが現れた。

「ミヒャエルさん、お待たせ」
「あ、ご無沙汰です、ナツコさん。ご紹介します、こちら今私が担当させて頂いております、宅見さん。宅見さん、こちらはこの天国のマネージャーのナツコ・ドアーズさん」
「はじめまして宅見です。ナツコさん、こちらはどんな天国なんでしょうか?」
「はじめまして、ナツコです。ここはですね、“全世界の人と言葉が通じる“天国です」
「全世界の人と?言葉が?」
「宅見さん、外国人のご友人はいらした?」
「いました!先ほどミヒャエルさんにもお話ししたんですが、コンゴの方でフランス語を話していました」
「そう。仲良くされていたのね」
「仲良くはしていたんですが、もっと色々と自由に話せたら良かったなって。彼が日本語を勉強したように私もフランス語を勉強すれば良かった、と今さらながら思います・・・」
「フランス語、コンゴの公用語は確かにそうね。でも、コンゴの国語はキトゥバ語とリンガラ語で、その次に多いのがムボシ語とバテケ語。それ以外にもラリ語と、それに・・・」
「あのあの!そんなにあるんですか?」
「宅見さん、津軽弁分かる?」
「え⁈いや」
「じゃあ、琉球語は?」
「それも、ちょっと・・・」
「世界には6,900くらいの言葉があって、津軽弁や琉球語もその一つ。それぞれの言葉には文化があるし、それを喋る人の本来の姿があるのよ。でも、違う言葉を話す人とコミュニケーションをとる一つの方法として、共通の言葉を話すってことがあるの。コンゴのフランス語もそう。それに、宅見さんの話す日本語だってそうなの」
「なるほど」
「でも、本当の自分を表現するんだったら、自分が生まれた文化の中の言葉で喋った方が良くない?」
「確かに!」
「ここはね、そういう天国。誰かに翻訳をお願いする必要も自分が新たな言語を学ぶ必要もない。それぞれが自分の言葉で話すんだけど言葉が通じちゃう。世界中の人と自分らしさ100%でコミュニケーションが取れる天国なの。宅見さんもいかが?」

感心して頷きながら考える宅見氏。

やがて、
「ナツコさん、すごく素敵です。そうやって、あのコンゴの彼と話せたら、もっと友達になれたなって思いました。ただ、それと同時に、コンゴの言葉を学びたいなって気持ちも起きて来ちゃって」
「あら」
「言葉は文化だって、ナツコさんが仰った言葉に反応しちゃってます」
「あら、そう。でも、それはそれはとても素晴らしいことよ。宅見さんがそう思ってくれたことは私も嬉しいわ」
「ありがとうございます」
「その気持ちがあれば、色々な人と素敵なコミュニケーションが取れるわ、きっと。天国選びもその気持ちのまま頑張って」

嬉しそうに微笑む宅見氏。

「宅見さん、じゃあ、私と一緒にレメリグ語学びましょう!」
「ミヒャエルさん、それ、どこの言葉ですか?」

さて、次回はどんな天国に?


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