野良猫とあの子に面識は一切ないけれど、実はどちらもナンバーガールが好きだったりする

「東京」という連作短歌を三部作に分けて投稿した。この連作は物語形式になっていたのだけれど、主人公にはあまり救いのないエンディングを迎えさせてしまった。昨日三作目を投稿した際、コメント欄にテラダスオウさんがこの連作に対して素敵な短歌を送ってくださった。
 
明けがたのセットリストを編集すあのこも野良も陽にあいされる
 
上記がその短歌なのだけれど、この短歌のおかげでどうしようもないどん底にいた主人公も、少しだけ温かな日常に戻ることが出来たし、なぜだか僕まで救われたような気になってしまった。この素敵な短歌を送っていただいたお礼をしたいのと、この短歌を詠んだ途端に浮かんできた柔らかな朝の情景をどうしても小説化したくなったので、誠に勝手ながらテラダスオウさんの短歌をもとに「東京」のエンディングを小説にしてみた。
 
 

野良猫とあのこに面識は一切ないけれど、実はどちらもナンバーガールが好きだったりする


もし神様がいたとして、そいつが人間を創りだしたのだとしたら、僕は神様がひりだした糞でしかない。丹精込めて作られた他の人たちと違って、僕は便意を催した神様が悪態つきながら便器にぶっ放した糞だ。
いや、これも僕の気持ち悪い被害者意識のひとつなんだろうな。
神様なんて恨んだところで何になる。そもそも何で僕だけが丹精込めて作られなかったなんて言えるんだ。僕は糞として生まれたのではなく、この二十五年間の人生の中でゆっくりと糞になっていったのだろう。
酷い頭痛がする。急激に胃の浮遊感を感じ、口を押えた。
最悪だ。
今ぶちまけたら焼き鳥やら貝柱やらがそのまま出てくるかもしれない。ただでさえ恥と迷惑をまき散らして生きる歩く公害なのに、全く見ず知らずの罪のない人たちの人生にまで僕の不快な一面を見せつける気か。こんな夜明けに見ず知らずの薄汚い酔っぱらいが自分の家の前でゲロを吐いていたらどう思う。きっと年頃の娘さんや母親はそれを見て朝から憎悪と行き場のない怒りを抱き、しがないサラリーマンである夫をそれらの感情のはけ口のターゲットにするかもしれない。
「ねえ父さん!家の前で誰かゲロ吐いてるんだけど!」
最愛の娘と妻の怒声に震えあがる夫。一家のために毎日身を粉にして働いている善良な彼は、いわれのない怒りを寝起きの身体に一心に受けながら、嫌な気分で家を出る。すると家の前には先ほどの彼女たちの怒りの原因である僕の置き土産が一面にぶちまけてある。彼の今日一日のスタートは最悪だ。会社でも朝から受けた精神的ダメージのためにミスを犯すかもしれない。一回りも年が離れた部下に
「田中さん大丈夫っすか?しっかりしてくださいよ~」
なんてまるで無脊椎動物のようなぐにゃとした口調でからかわれるかもしれない。不機嫌なままで仕事を終え家に帰ると、乾いたゲロが家の前の道路にシミを作っている。彼の怒りは頂点に達し、妻や娘の過去の失敗を掘り返して当たり散らすかもしれない。それが発端となって、日ごろの些細な問題が浮き彫りになり、口論の絶えない家庭になり、数カ月後には離婚。この一家は解散してしまうかもしれない。すべて、僕のゲロのせいで。
本当に、僕は迷惑でしかない。なぜまだ恥ずかしげもなく生きていられる。なぜまだ死んでいない。なぜまだ息をしている。
ああ、なんどこんな自問を繰り返す。答えなんてわかり切っているじゃないか。
僕は結局、死ぬのが怖いんだ。
死にたいと言いながらも、本気で死のうとしたことは一度だけ。後は薄い傷を体につけては、その気になって憂鬱を解消するだけ。かといって生きる気力だってない。夢をかなえると意気込む割には、すぐにやる気をなくす。事あるごとにバイトを飛んでは、過去のトラウマがなんて気色の悪い被害者意識を前面におし出して自分の怠惰の言い訳にしている。そもそも映画監督なんて夢自体、怠惰に生きるための言い訳でしかないようにすら思えてくる。
「ごめんね、これから大丈夫?」
ふいに、出ていく間際の、怜奈の申し訳なさそうなほほえみを思い出した。
家賃も生活費も払わず、自分勝手に夢を追って、もらってばかりで一度しか誕プレを買ってあげることもしなかった僕を、怜奈は最後の最後まで気にかけてくれた。
そんな彼女を、僕は滅茶苦茶にしてしまった。
誰よりも僕を想ってくれる、誰よりも大切な彼女の事を、僕は裏切り続け、傷つけ続け、壊してしまった。
やっぱりもう、死ぬしかない。
僕の過去も、僕の現在も、全てを受け入れ優しく包み込んでくれた怜奈もうらぎって、僕はまた、捨て猫に戻った。父親に殴られていたあの頃とも、施設でいじめられていたあの頃とも、僕は一ミリだって変われていない。ずっとずっと周りのせいにして、過去のせいにして、自分の落ち度まで責任転嫁して逃げ回って。そうしてこんな都会のど真ん中で、人に迷惑をかけながら死んでいくんだ。地獄だ。もう僕には誰もいない。たった一人の大切な人、大切にしなきゃいけなかった人までも、自ら壊してしまったのだから。
捨て猫は、最初から幸福なんて、夢なんて、そんなもの望むべきじゃなかったんだ。
帰りたい。
ふとそんなことを思ったけれど、僕に帰る場所なんてなかった。捨て猫は、都会のごみだめで息を引き取り腐り果てて鴉につっつかれるのが相応だ。
歩く気力がなくなった。胃が重い。こんなところにへたり込んだら、不審に思われても仕方ないけれど、もう歩きたくない。どうせあのアパートだって、ただの借り物。僕の場所ではないのだから。
僕の頼りない足音も消えて、すっかり静寂に包まれた住宅街に、引き戸が勢いよく開かれる乾いた音が響き渡った。音のした方を見上げると、目の前の住宅のベランダに、女の子が立っていた。
 
 
ここは、どこだろう。知らない天井。知らない電球。知らない時計に、知らない毛布。
ああ、そうだった。
私は昨日、家を出た。ずっと憧れていた「遠くの街」に来たのだった。これは、昨日急ごしらえで買った毛布と時計だ。
「私、自由」
呟いてみると、何だか実感がわいてきた。失っていた気力みたいなものが、熱を持って身体を駆け巡ってるみたい。
なんて。
ここは、知っている場所。昨日の続きの部屋。天井も電球も、私が十六年間見てきたもの。
いつの間に寝ていたんだろう。電気をつけっぱにして寝たせいかな、頭と背中が痛い。
さっきから頭の中で金属音が鳴り響いてる。うるさい。イヤホンをしたままだったことにようやく気がついて、取り外す。セットリストはいつのまにやら終わってて、アプリが勝手に決めこんだ、私が好きであろう音楽が垂れ流されている。こんなアプリに、私の何が分かる。こいつらは、嫌い。うるさいだけで、中身がない。怒りも、情熱も、憎しみも、悲しみも、何も感じられない。ただのポーズ。適当に歪ませ引っ掻いてがなり立てて叩きまわってるだけ。空っぽの騒音。
まだ起きるには早かった。憂鬱が少しだけ長く到来した。気分が悪い。音楽アプリを切り、ラインを開く。
【今日の放課後ノアで!】
【おけ。新曲あわせてみよ】
夏帆と佑香が深夜に今日の予定を話し合っていたらしい。最後は、ゴルゴ13みたいな眉毛をきりりと上げたウサギが親指を突き立てているスタンプで終わっている。私も二人に同意を示すスタンプを送る。瑞穂はまだ寝てるみたいで、既読がついてない。
三人は、現状をどう思っているのだろうか。
私のせいで、作った新曲の披露どころか、一度だって人前で演奏することができないのに、何でまだ、彼女たちは私とバンドを組んでくれているのかな。
パンクやグランジにはまり始めた頃、お母さんはいい顔しなかったけど、まさかバンドを始めたいって相談しただけで、あんなに怒るとは思わなかった。ヒステリーっていうのかな、初めて見た。ギターを弾きたかったのに、結局買ってもらえなかった。ギターを買うお金を貯めるかもしれないって、バイトも辞めさせられた。瑞穂にギターを借りて練習してみても、四六時中ギターに触れることの出来る瑞穂の腕には到底及ばず、それでも言い出しっぺだった私は、消去法でボーカルになった。歌はあんまり自信なかった。一応聖歌隊にいたから、下手なわけではないだろうけれど、やっぱり私が理想とするような歌い方はできなかった。
あの日、スタジオで初めてギターに触れて、アンプにつないで、思い切り歪ませて、感情のままにかき鳴らしたときのあの気持ちよさは、忘れられない。シールドをアンプにさした際に漏れる、砂嵐みたいな音。その不穏と高揚の混ざった砂嵐の底から雷電のようにつきあがる、歪んだ弦の音。爆音でかき鳴らされるEmの裏側で、弦をピックで引っ掻くかすかな音が混ざり合う。瑞穂に教えられたEmたった一つを、馬鹿みたいに長い時間かき鳴らしてた。ぎぶそんのぱちもん、らしい茶色のギターは、しっかりと私の手になじみ、アンプから流れる歪んだ音の波は、地面を伝わり私の心臓をわしづかみにした。あの時の感覚が、忘れられない。私はやっぱり、ギターが弾きたい。もう一人ギタリストが加われば、音楽の幅も広がる。それにやっぱり、ボーカルは瑞穂が向いている。
私たち三人と違って、瑞穂は中学の頃から一人で音楽をやってた。私が初めて瑞穂と会った日、夏帆は瑞穂の事を、めちゃめちゃかっこいいボーカルなんだよ、って紹介してくれた。中学時代、瑞穂が一人学園祭のステージで歌っている映像を見せてもらった。小さな体でギターを弾きながら、生徒たちに向かってがなり立てる彼女の姿に鳥肌が立った。本当にかっこよかった。ナンバーガールの「EIGHT BEATER」をカバーする瑞穂は、日本人離れした独特のハスキーボイスで、感情のおもむくままにマイクにかぶりついていた。彼女の歌声は、だらっとしていて、それでいてうちに激情を含んでいて、それが歌の所々で突然にはじけ、聞いてる私はそのたびに頭をひっぱたかれたみたいな衝撃を食らわされた。けだるげな目元は、時々はじける激情に呼応するようにひんむかれた。それは向井秀徳が歌うのとはまた違った良さを醸し出していた。彼女は「EIGHT BEATER」を白瀬瑞穂のものにしていた。時々走って音源とずれたり、感情が昂り過ぎて声が上ずってしまう姿もまた、かっこよかった。彼女は全身で、思春期の何とも言えない焦燥感とか不安とか、そんなぐるぐるまわる黒いものを激情に任せて発散していた。私は、彼女の歌声が大好きになった。彼女の歌う姿が、大好きになった。
それなのに、私の都合で、ボーカルは私になってしまった。事情を説明した時、ならボーカルやりなよって声をかけてくれたのは、瑞穂だった。彼女はなんで、今も私とバンドを組んでくれているのだろう。なんで、私にボーカルを譲ってまで、私と一緒に居てくれるのだろう。きっと彼女は、人前で自分の中に溜まる様々な感情を表現し、発散したいはずなのに。そして何より、私は彼女が歌うその横で、ギターをかき鳴らしたいのに。
カトリックがなんだ。神様がなんだ。神様を信じているお母さんの元に、私が勝手に生まれただけ。神様を信じていない私を、お母さんが勝手に産んだだけ。ただそれだけの事なのに、なんでお母さんは私のすべてを自分の思い通りにしようとするの。
瑞穂の既読が、まだついてない。当たり前のこと。だってまだ明け方なんだし。それでもなぜか、不安になる。いてもたってもいられなくなる。もしかしたらこれは、彼女のため込んだ不満が爆発する兆候なのではないだろうか。今日の朝にでも、瑞穂から解散宣言をされるかもしれない。
ああ、まずい。
身体がパンパンになっていく。このままじゃ、はぜる。
どうにかしたいけれど、どうしていいのかもわからないまま、衝動的に窓を開けベランダに飛び出た。思った以上に力強く引き戸をあけ放ったせいで、乾いた音が住宅街に響き渡った。
 
 
女子高生だろうか。あどけなさはあるけれど、何となく大人びた感じも混ざっている。輪郭があやふやな、あの時期特有の雰囲気をまとっている。僕にもあんな時期があったのだ。
いや、そんなことよりも、まずい。完全にあの子こっちみてる。すごい嫌な顔してる。そりゃそうだ。こんな得体の知れない油濡れ鴉みたいな男が、早朝に自宅前で座り込んでいたら、不審に思って当然だろう。きっと怖がっているに違いない。朝から不快極まりない男に多大なる精神的ダメージを与えられてしまったのだ。申し訳ないことをした。ここで腹を切ろうか。
しかし彼女は、もう僕の事なんて見ていなかった。ベランダに突っ立ち、遠くを見つめている。朝日だった。一日の疲れをため込んだ真夜中の暗闇を洗い流すように、新鮮な空気と張りつめた爽やかさを含んだ朝陽が、住宅街の色とりどりの屋根々々を照らし出していた。朝日に照らされた彼女の横顔は、朝露をまとった、収穫したての檸檬みたいに透き通っていた。
「朝日ってきらいなんだよね。悪夢みたいな現実に引きもどそうと躍起になって俺を起こしてくるみたいで」
いつか、そんなくさいセリフを怜奈に行ったことがあった。言ったはなから、気取った下手くそ小説の主人公みたいで気持ちわりい、なんて思って顔を真っ赤にしながら後悔したのを覚えている。
「でも朝日って浴びといた方がいいんだよ。セロトニンっていうのがでて、鬱の抑制にもなるらしいし」
羞恥にもだえる僕を見ながら、怜奈はそういって、少しだけ恥ずかしそうにはにかんだんだっけ。
「だからさ、おひさまは悪夢に引きもどそうとなんてしてないよ。どれだけつらい悪夢が待ってても、僕の日差しをあびて負けずにがんばれーって応援してくれてるんだよ」
そう言って、怜奈はまた少しだけ恥ずかしそうにして笑った。
あの時僕は、世界が180度回転したように感じた。何事も自分にとってマイナスになるような考え方しか出来なかった僕を、彼女はあの一言で救ってくれた。そして、あの笑顔。僕は、彼女の笑顔が何よりも好きだった。
誕生日プレゼントが買えず、それでも何かお祝いをしたくて、彼女への気持ちを詩や小説にして送ったこともあった。とんでもなくおセンチで気恥ずかしい内容で、他人が見たら間違いなく十年はネタにされていじり倒されるような恥ずかしいものだったけど、それでも僕は、彼女への思いを伝えたくて、必死に書いた。それを読んだ彼女は、泣いて喜んでくれた。鼻水を詰まらせながら、ありがとうと言って笑ってくれた。脚本を書いて彼女に読ませるたびに、彼女は目を輝かせてすごいじゃん、と褒めてくれた。
「ゆうくんってホント凄いよね。こんなお話書けるんだもん」
そう言って彼女は笑ってくれた。
あの笑顔が、彼女の笑顔が、彼女の優しさが、僕をどれほど救っていてくれたことか。
もう一度、ベランダの女の子を見た。彼女はまだ、朝日を見つめていた。秋の空のように澄み渡った彼女の瞳の先には、果てしなく広がる未来があった。彼女はきっとこれから、色々な悪夢を経験するだろう。でもそれと同時に、わずかかもしれないけれど、楽しい出来事だって経験するだろう。彼女もまた、何か夢を追っている人間なのかもしれない。あんなに未来が開けている人間と、人生どん詰まりで世界からはじき出されてしまった僕みたいな人間を、朝日は平等に応援してくれている。全く見ず知らずの彼女と僕は、今こうして同じところで同じ日の光を浴びることが出来ている。僕は、彼女と同じ時間を、同じ世界を生きている。僕の視線の先にも、彼女と同じ、広い世界だって広がっているはずだ。
もう一度だけ、頑張ろうと思った。
居場所がないなんてわめいていても仕方がない。誰も居場所を提供してくれないのなら、自力で世界から居場所をぶんどればいい。力づくでも、自分の居場所を作ればいい。この嫌味な街に、自分の領土を築き上げればいい。
映画を、撮ろう。
大好きだった、いや、大好きな怜奈への、精一杯の感謝の気持ちを込めて脚本を書こう。映画を撮ろう。それでも彼女に対してしてしまったことへの償いにはならないかもしれない。許してほしいなんて今更勝手なことも言えない。だけど、僕はやっぱり怜奈が大好きだった。だからせめて、今までの感謝を映画を通して伝えさせてほしい。
無性に脚本が書きたくなった。こんなところで這いつくばってる暇はない。僕は、彼女への感謝を伝えるためにも、そしてもう一度、逃げずに世界に立ち向かうためにも、映画を撮らなければいけない。
歩き出した先にのびる道路の道幅は、いつもよりほんの少しだけ広いように思った。
 
 
目の前の道路の端に、男が座り込んでいた。
……。
いや怖いんですど。
え。何あいつ。きも。不審者?空き巣?露出狂?ストーカー?通り魔?
キンモッ。てかこわ。
なんかこっち見てるし。意外と若い。でも顔色わる。酔ってる?朝からゲロとかやめてよ。身なりもなんか汚いし。ドブネズミとゴキブリのハーフ?あ、タトゥー。いっぱい入ってるなあ。まだ見てるし。こわい…。
……。
……。
でも、なんか自由そうだな、あの人。明らかに社会からはみ出してるのに、なんだかんだ生きてるっぽいし、それにちょっと楽しそうだし。私もあんなふうに、自由に外を出歩いてみたいな。時間とか親とか何も気にしないで、自由に歩き回ってみたい。酔いつぶれてああやってへたり込むのも、楽しいかもしれない。
不意に頬が温かくなった。温かさのほうへと目を向けると、朝日が昇っていた。
窮屈で息苦しい暗闇を吹き飛ばすようなその光は、夏草の匂いをはらむやわらかな風と一緒に、私の瞼の奥を刺激して、ちょっとだけ痛かった。目に染みた。でも、あったかかった。
朝露に濡れてきらきらした屋根々々が、日の光をたらふく吸い込んで、知らない国の、色とりどりの海みたいに輝いている。
自由だ。
何でそう思ったのかわかんないけど、なんとなく、自由だと思った。道路の端で酔いつぶれる自由人なドブネズミにも、檻に閉じ込められてる不自由な私にも、同じ朝陽が降り注いでる。自由なあの人の目にも、不自由な私の目にも、同じ朝陽が映ってる。見ている世界も、広がっている世界も、同じ。結局最後は、自分が踏み出すかどうか。ただそれだけ。
ふと下を見ると、何だか満たされた顔になっているお兄さんが、何か歌いながら歩いて行った。
まあいいや。
部屋に戻ると、さっきまでのこもった空気は、朝に光の匂いをはらんだ新鮮な空気に変わっていた。スマホを手に取り、音楽アプリを開く。新規セットリストを作り、曲を入れていく。SONIC YOUTH「MY FRIEND GOO」Joan Jett「I Hate Myself for Loving You」CLASH 「White Riot」NIRVANA「Heart-Shaped Box」Hole「Plump」
私の中の最高の名曲たち。私の憧れの人たち。どんなに憂鬱でも、彼らの曲を聴くたびに、身体の底から力が湧いてきた。これをすべて聞き終わったら、立ち向かおう。
お母さんに、バンドをやっていることをちゃんと言おう。何と言われても、私はバンドがやりたいのだと、伝えよう。何があっても、ギターを買おう。そして、瑞穂に伝えるんだ。瑞穂の歌声が好きだと。歌っている瑞穂が大好きだと。瑞穂の隣で、ギターを弾きたいのだと。
再生ボタンを押そうとして、このセットリストの始まりにふさわしい曲が入っていなかったことに気がついた。私の、大切な友達の歌。写真アプリを開き、動画フォルダを探す。お気に入り登録してあるそれは、すぐに見つかった。
再生ボタンを押す。
真っ暗な体育館が、かすかにざわめいている。あどけなさの残る、舌足らずの女の子のアナウンスは聴きとり辛いけれど、白瀬瑞穂、ナンバーガール、EIGHT BEATERの単語だけははっきりと聞き取ることが出来た。
舞台上が明るくなる。
そこには、観客に向かってけだるげな視線を送る、ギターを抱えた小さな女の子が立っていた。


明けがたのセットリストを編集すあのこも野良も陽にあいされる
 
 



テラダスオウさん、素敵な短歌をありがとうございました。
勝手な解釈で小説化してしまったので、もし不快な思いをされたら削除させていただきます!

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