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『ぼくの火星でくらすユートピア』

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どうして繰り返している?何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
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『ぼくの火星でくらすユートピア⑴』

《ユートピア》——扉を開けたなら爆発しそうな勢いで空気が入れ替わる。

『ぼくの火星でくらすユートピア⑵』

《ユートピア》——扉を開けたなら爆発しそうな勢いで空気が入れ替わる。 車から降りたら目の前にはゴミ捨て場があるのは常の事情だ。大小高低関わらずとにかくゴミ捨て場はある。 僕は屑を捨てて車に戻った。 こいつとは長い付き合いになる。レンタルショップにしょぼくれていた最後のひとつだった。僕はね。ミッションの免許は諦めたんですよ。僕のね。教官は酷いもんでしたよ。ええ。そんでね。僕は止めたんです。つまりね。ええっとね。何が言いたいかって言うとね。僕はね。口下手なものだからね。いえ

『ぼくの火星でくらすユートピア⑶』

給油代はいつでも高くつくぞ。だから今日も古本屋へ向かう訳だ。 コンクリートは整備されるから人が群がるのか群がるから整備されるのか。とにかくコンクリートのある場所には人が群がる。 ほ。ほ。蛍こい。あっちの混凝土は苦いぞ。こっちの混凝土は甘いぞ。とか言った具合に僕はこの土地にやってきた。妄想の中ぐらいもっとマシな色にしてくれれば良かったのに僕のコンクリートは桃色をしている。またピンク色とも言う。 僕が奇抜な世界の色にうんざりしている最中に相棒は4回もエンストを繰り返した。今

『ぼくの火星でくらすユートピア⑷』

《ユートピア》——もしもそれが本当のことであったなら。

『ぼくの火星でくらすユートピア⑸』

《ユートピア》──もしもそれが本当のことであったなら。 ネクタイを締める瞬間が人生の中で一番嫌いだ。二番目が電車に駆け込む時。三番目がタイムカードを切る時。 惨めな思いをするのはいつも昼間だった。 僕の見送りをする犬がいた。要するに僕が飼っていたということになるが。あいつは数年前にお先にと言って逝ってしまった。可哀想な奴だった。あいつは僕しか知らなかったんだから。幸福だったのは僕だけだった。 僕は毎日昼間になると色々な人からなじられていたのだが家にいる時ときたらお代官

『ぼくの火星でくらすユートピア⑹』

風のせいで相棒が詰まった。 あゝ僕ったらどうしてこう計画性が無いのだろうか。体力の温存だと家にばかり籠っていたせいで今の僕ときたら息がまるで続かないのだ。お陰で相棒は風に詰まったままむっつりとしている。 おお相棒よ。僕だってこんな不細工な格好は嫌なんだ。お願いだからその気になっておくれよ。 コンクリートの剥がれた道は僕たちには厳しい。僕はガクガクするしか道が無い。 もうここで止まってしまおうか。そう考えていると気まぐれに追い風が吹いた。追い風は相棒を気持ち良く前進させ

『ぼくの火星でくらすユートピア⑺』

《ユートピア》──追いかけても追いつけない蝶を追いかける行為の儚さを知る。

『ぼくの火星でくらすユートピア⑻』

《ユートピア》──追いかけても追いつけない蝶を追いかける行為の儚さを知る。 冷たい風も限度を知らねば砂を積もらせる。僕と相棒は目の前の砂漠に呆然だった。しかし後退する選択肢は無い。ここを抜け切るしか無いのだろう。 逃げたくない。と思ったとこはただの一度も無かった。 僕は常に逃げ道を求めて生きてきたからだ。きっと産道を通る苦痛でさえ僕にとっては心地の良い逃げ道であったに違いない。 僕の人生の大半と言えば無難に終了していった訳だが。それは就職活動においても大差なかった。

『ぼくの火星でくらすユートピア⑼』

それでも今思えば。同僚たちは途中から僕に気がついていない様だったので僕がああなっていたのも自然現象だったのだと飲み込める。 デスクに辞表を残したのはそれから3年が経った金曜日だった。 そもそも人間との関わり方を教わってこなかった僕だったから全ての職務で落第点だった。外を廻っては散歩で終わり。内に入っては茶も汲めず。最後に与えられたのは見晴らしの良い席で延々と書類にホチキスの芯を刺し続けているという仕事だった。 単純作業に侵された人間の脳内と来たらそれはそれは壮大なもので

『ぼくの火星でくらすユートピア(10)』

《ユートピア》——望めば与えられる世界。

『ぼくの火星でくらすユートピア(11)』

《ユートピア》——望めば与えられる世界。 砂を払っているものとばかり思っていたワイパーはいつの間にか水の中にいた。纏わりつく魚眼の景色は2本の黒い縦棒が揺れ動く。 ガッタン。ゴットン。ガッタン。ゴットン。 相棒よ。こんな場所でもお前は動こうとしているんだな。僕もどうにか抜け出さないと。 僕はアクセルペダルを精一杯踏み込んだ。 相棒は呆気なく動いた。 相棒に必要だったのは。僕の。たったの僕の合図だけだったのかも知れない。こいつだけは僕がいなければ進んで行けないのだ。

『ぼくの火星でくらすユートピア(12)』

さあ。相棒よ。もうすぐ。先は。もうすぐ。 相棒は僕を乗せ。勇猛果敢に水と戦う。 僕はといえば。フロントガラスにくっついてくる記憶と戦ってた。 僕の話を聞かないイッカク。 僕を脅したタコ。 僕を捨てたイカ。 僕を見限った僕。 相棒は進む。僕も進まなければ。進まなければ。取り残されてしまう。この深い海の中に。この暗い海の中に。 僕はハンドルにしがみついた。前を見る度。僕の胸は締め付けられるようだった。 苦しい。 苦しい。 この掻きむしりたくなる苦痛に。息の詰

『ぼくの火星でくらすユートピア(1)』

《ユートピア》——扉を開けたなら、爆発しそうな勢いで空気が入れ替わる  目を開ければ車の中だった。外は晴れ。いつもの日和だ。  車から降りたら、目の前にゴミ捨て場があるのは常の事情で、大小高低関わらず、とにかく、そこにゴミ捨て場はある。  僕は屑を捨てて車に戻った。  「こいつ」とは長い付き合いになる。  レンタルショップで しょぼくれていた最後のひとつだった。  僕は店内のカウンターで、ぼんやり葉巻を吹かしていたイッカクに言った。 「僕はね、ミッションの免許は

『ぼくの火星でくらすユートピア(2)』

 コンクリートは、整備されるから人が群がるのか、群がるから整備されるのか。とにかくコンクリートのある場所には人が群がる。  ほ、ほ、蛍こい。あっちの混凝土は苦いぞ。こっちの混凝土は甘いぞ——  とか言った具合に、僕もこの土地にやってきたひとりだ。  「しかし妄想の中ぐらいもっとマシな色にしてくれれば良かったのに」とも思う。僕のコンクリートは桃色をしているからだ。またこの色を、知らない人は、ピンク色とも言う。  僕が奇抜な世界の色にうんざりしている最中に、相棒は4回もエ