最高の目覚め

 パチリ

 今日もまた最悪の目覚め。仕事だ。昨日も終電まで仕事だった。はりきって入社したものの、できる同期にいじめられ出世もできずに30年。部下に馬鹿にされながら働く毎日。アパートに一人暮らし。それでも仕事へ行く。生活の為に。スーツを着て、髪を整え外に出る。蒸し暑いセミの声が襲いかかる。駅に向かい電車を待つ。不快な鳴き声をした乗り物がホームにやってくる。乗り込む。ぎゅうぎゅう詰めだ。変な形で体を保つ。周囲の人が自分を嫌悪している気がする。自分が周囲の人を嫌悪しているように。子供がどこかで泣いている。うるさい。舌打ちをする。電車は進む、進む、進む。進む、進む、進む。

 今日は珍しく早めに仕事が終わった。休める。電車に乗り、帰ってからのことを考える。ビールでも飲もうか。最寄駅につき改札を出ると、たくさんの家族連れでにぎわっている。お祭りかなにかあるようだ。夏だしな。そういう人々を出来るだけ目に入れないようにしながら、アパートへ向かう。汗が体を覆っている。不快だ。早くアパートに帰りたい。コンビニにより、ビールを買う。鍵を開けアパートに入る。部屋の中はむすぅっとしている。クーラーをつけ、ネクタイを取り、テレビを付ける。人々がお祭りへ向かい楽しそうに歩いていく声が聞こえる。テレビの中にも楽しそうな人々が写っている。イライラする。ビールを開けて飲む。どんどんどんどん飲む。どんどんどんどんどんどん飲む。テレビの中の楽しそうな人々を見ながらどんどんどんどんどんどん飲む。ああ、ああ。あああああ。現実はどんどん遠くへ行く。扇風機をつける。

 ヴィィィイィィイイィィィイイン!

 ヴィィィイィィイイィィィイィィィイイン!

 こっちを向きながらぐるぐると羽を回す扇風機。

 ヴィィィイィィイイィィィイイン!

 ヴィィィイィィイイィィィイィィィイイン!

 私のために、ぐるぐる健気に羽を回す扇風機。

 ヴィィィイィィイイィィィイイン!

 ヴィィィイィィイイィィィイィィィイイン!

 急に私は扇風機が可愛らしく見えてきた。この扇風機がこの世でゆういつの私の味方であるような気がしてきた。

 ぽんぽん、ぽんぽん

 撫でてやる。扇風機を撫でる中年男性だ。まあ、なんかいいだろう。私にも人間らしいところが残っていたのだ。

 ぽんぽんぽん

 ジジジジジ、ジジジジジ

 突然扇風機から変な音が鳴り出した。

「ラッキーチャーンス!!」

 扇風機から声がする。

「おめでとうございます。あなたは選ばれました。信じられないかもしれないですが、私は願いを叶える扇風機。あなたに最高の目覚めを約束します。というのもですねぇ、明日の朝眼が覚めるとき、あなたはたった一つ、たった一つだけ願いを叶えることが出来るのです。たった一つという条件さえ守っていれば、それはもうなんでもいいのです。」

 とうとう頭がおかしくなったかもしれない。扇風機がこんなこと言うはずがないだろう。でもまあ、例えこの扇風機が私の妄想、幻覚だとしても、相手して困ることもないしな。

「私が生まれなかったことにしてくれないか?」

 私は扇風機にお願いした。

「ジジジジジ、承知いたしました。」

 今日は久し振りに気持ちよく眠りにつけそうだ。なぜなら私には、最高の目覚めが用意されているのだから。

 打ち上げ花火が鳴っていた。

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