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月曜日のピノッキオ

月曜日の朝。
小学四年生の彼は、これほどまでにないほど動きが遅かった。

ソファの上で微動だにせず、昨晩終わらせられなかったやりかけの宿題にも手をつけない。
ベッドから起きてきたものの、ずっとソファの上で眠りこけていた。

なんのために起こしたのやら、と思いながら何度も何度も何度も起こす。
寝息を立てながら「起きとる。うるさい」と反応をするだけの小学四年生。

若干、反抗期の兆候が出てきている。

しつこく起こして、やっとのことで起きたと思ったら、テーブルに置いてあった朝食の目玉焼きを気だるそうに口に運んだ。
ごはんはごはんだけで食べたいという彼は、目玉焼きとトースターで焼いたポテトを乱暴にかけたケチャップで食べてしまうと、次にごはんを口に運んだ。

もそもそと、やる気のなさそうに食べている。

「早く食べて宿題せんと、間に合わんよ」
と言うと、
「頭痛い」
と右手でおでこをおさえた。

ああ、ブルーマンデーね、と私は思った。

前の週の金曜日は、クラスでインフルエンザ罹患者が大量に発生し、学級閉鎖となった。期せずして三連休となった彼は、鼻水を垂らしながらも、元気に連休を楽しんだ。

そう、宿題のことは放り投げて。

日曜日の夜までは元気だったのだ。
日曜日の夜に宿題にやっと手をつけ始めて、半分ほど終わらせると「もう眠いから明日やる」と寝てしまい、そして月曜日の朝を迎えた。

やりかけの宿題のせいで、やる気がないのは明白だった。

「金曜日から言っとったやろ。ちゃんとせんけん、こうなるんやん。毎週のことやし、ちゃんとすればいいのに。熱はないっちゃけん、薬飲んで早く準備しなさい」

私が若干苛立ちを見せながらそう言うと、彼は返事もなく、ごはんを平らげた。
ごはんを食べ終わると、冬眠明けの熊みたいにのっそりと体を動かした。
寝る時に着ていたシャツを脱ぐと、寝転がったまま服を着る。

その間、私は彼を横目で見ながら、自分の準備をする。
私は仕事に行くのだ。
早く彼を家から追い出さないと、自分が仕事に行けない。
すぐに物を無くしてしまう彼に、鍵はまだ渡したくなかった。

「さっさと着替えて準備をしなさい」
2分遅れの時計を見た。7:45。

もうそろそろ家を出るモードに切り替えたい。

「頭が痛い」とつぶやく声が聞こえた。
「はいはい」と私は返す。

どうせ大袈裟に言っているだけだ。

そう思いながら顔を上げると、彼はさめざめと泣いていた。
ぐしゃぐしゃになって、目を擦っている。

「え? 大丈夫?」
「アタマがいたい。キツイ」

もしかしたら、本当に具合が悪いのかもしれない。
と思いながら、頭の中で今日のスケジュールを確認する。

今日は習い事はない。
急ぎの仕事もない。
休みをとる人もいなかったはず。
私がいなくても大丈夫。

彼は一人で留守番はできるけど、万が一、インフルエンザの可能性があるなら一人で置いておくわけにはいかない。
大袈裟に泣いているだけだったら、放置しておいてもいいけど、嘘泣きだった場合、終日ゲームをしかねない。

突然だが、今日は休みをとろう。
そう私は決断した。

「じゃあ、今日は休んで病院にいこっか。部屋で寝といて」

私がそういうと、彼の涙は不思議なことにひゅっと引っ込んで、そのまま寝室へと上がって行った。
私は各所へ休みの連絡をする。

臨時休暇だ。

とても天気がよかったので、シーツを洗濯することにした。
彼が転がっているベッドのシーツを剥ぎ取り、他のベッドのシーツも剥ぎ取ると、洗濯機に放り込んだ。

柔軟剤をたっぷりと入れて、ぐわんぐわんと回す。
その間、私はソファに転がり本を読んだり、携帯をいじる。

期せずして三連休になるっていいなぁ、なんてぼんやりと思った。
私も明日、ブルーチューズデイにでもなったりするんだろうか。

洗濯機が終了のお知らせの音を鳴らした。
私はソファに沈みこんだ重たい体をヨイショと持ち上げ、洗濯機から重たくなったシーツを取り出した。
冷たいシーツをギュッと抱え、ほんのりと香る柔軟剤の匂いを嗅ぎながら、シーツをベランダに干す。

シーツを干し終わり、寝室を覗くと手持ち無沙汰そうにばったんばったんとベッドパットだけになったベッドの上を転がっている彼が見えた。

ほらね、嘘だと思ったんだ。

そんなことはお首にも出さず、私は彼の布団に潜り込んでぎゅっと抱きしめた。
「頭、痛いのはどう?」
「うん。ちょっとよくなった」
彼の口元が緩んでニヤニヤしているのがわかる。

「元気なら、学校行ったら? お母さんも仕事行くし」
「まだ、痛いし、寝とく」

「じゃあ、お母さんも寝ようかな」
とハグをしたままベッドパットだけになったベッドに二人で転がった。

kindlel unlmitedでダウンロードした本でも読もうかな、とアプリを開く。

先日、鯨が宇宙を泳ぐ夢を見た。
私はあの鯨はピノキオのくじらだったんじゃないかと思った。
よく考えてみたら、絵本のピノキオかディズニーのピノキオしか私は知らない。
ちゃんと読んでみるか、とダウンロードしていたピノッキオの冒険を開いた。

暇そうな彼に読み聞かせをしてみた。

頭が痛いであろう彼は静かに聞いている。
もしかしてもう寝ているのかもしれない。
微動だにしないし聞いているかも定かではなかった。

そして、とあるシーンで彼は肩を震わせ始めた。

ゼペット爺さんが実はカツラをかぶっていて、そのカツラをピノッキオに奪われるシーンだ。

さすが小学生男子。
笑いが堪えきれず爆笑していた。

「ゼペット爺さん、カツラやったん! ゼペット爺さんってどんな感じの爺さんやったっけ!」
思わずテンションがあがる。

「ほら、元気やん」
「今、元気になったとって。ちょっと寝たけん」

しばらく続きを読んだものの、読み聞かせするにはあまりに長すぎたピノッキオの冒険に、私も息子も飽きてしまった。

読み聞かせしながら、私はピノキオとの思い出を思い出した。

それは、まだ私が20代の頃。
私はディズニーランドが大好きで、当時、年に1回は福岡からディズニーランドまで足を伸ばしていた。

その日はたまたま、入場口付近のグリーティングでピノキオと出会った。
私は、可愛いピノキオと握手をしてもらうことができた。
握ったピノキオの手を見つめる。

あ、指が4本しかない。

思わず私は、
「まだ、人間になれてないやん! ピノキオ!」
と言ってしまった。

ピノキオは激怒した。
ごめんよ、ピノキオという思い出。

息子はその話を聞いて、なぜか喜んでいた。
ピノキオを怒らせる母が面白いらしい。
いいのか悪いのはわからないけど、とりあえず、よしとしておこう。

私はそのままうたた寝をしてしまい、気がつけば時刻は11時を回っていた。
「宿題でもしようか」ということで、二人でリビングにおりた。

彼は相変わらず宿題には手をつけない。
仕方がないから昼ごはんにするかと、冷凍のごはんをチンして、無印良品で買っておいたバターチキンカレーを温めてかけて食べた。

今日はゲームもさせないし、好きなテレビも見せないぞ、と決めていた私は、Disney+でピノキオを見せた。

その後、仕方なしに彼は宿題を始めた。

暇を持て余している彼にピノキオの感想を聞いてみた。

「嘘はついたらダメってことやろ」

そうそう、嘘はついたらダメなのよ。
たまには休みたくなる気持ちもわかるけどね。


その日の晩は、お日様の匂いがいっぱいのシーツに包まれて二人でハグをしたまま眠った。



ちょっといい話っぽく書いてみた。

なんのことはない、ただ宿題が終わらずに学校に行きたがらなかった小学4年生の話である。
ちなみに、月曜日の小児科は予約がすぐに埋まってしまい、午前中の予約が取れず、午後に予約をとり、病院に行った。

熱も上がらず、鼻汁とちょっとの咳と頭痛しかない彼の症状から、医師はアレルギーか風邪かなと判断した。

午後にはすっかり元気になった息子は、ゲームをしたいと言い出し、そんなものさせる訳がないと言うと、そんな話は聞いていない、と息子はキレまくった。

2〜3時間、ゲームをしたいと粘ったものの、私がそれを許さなかったので、息子は暇だ暇だ、と言いながら、テレビで5本も映画を見ていた。


これにこりて、しばらくはズル休みをしないことを祈る。


ピノキオの絵を描いていたら、長男が私のタブレットを覗いて「なんそのピノキオ!きんもっ!」と言い放った。
「そんな言うなら、描いてみてよ」と言うと、人の絵を否定するに値しないレベルのピノキオを描いてくれた。
仕方がないので、サムネに二人分のピノキオのイラストを並べてみました。





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