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【『逃げ上手の若君』全力応援!】(101)槍を手にした名越流の貴公子登場! 信濃の動向や足利直義の現在地…そして、尊氏の心の内やいかに?

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2023年3月18日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 『逃げ上手の若君』第101話では、鎌倉での華やぎの中にも、海野幸康と望月重信の帰還が描かれます。
 このシリーズで何度も参考にさせていただいている鈴木由美氏の『中先代の乱』によれば、次のように記されています。

 北条時行が鎌倉を占領したころ、信濃に残って戦い続けた滋野氏の拠る望月城(長野県佐久市)が、建武二年(一三三五)八月一日に信濃守護小笠原貞宗の軍に攻め落とされている。

 自分のなすべきことがわかっている点で、「流石は貞宗だ」の頼重の一言に尽きますね。また、市河とともに貞宗に味方する村上信貞という人物が登場していますが、村上氏は信濃国更科さらしな郡村上を発祥とする武士で、諏訪氏の対抗勢力です。そしてやがては、小笠原氏をも脅かす力を持つようになります。

 「互いに どうか無事で…

 結果がわかっていても、時空を超えて読者である私もそう願わずにはいられない別れです。

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 さて、たった一話の中にも涙と笑いありの展開が松井先生の得意とされるところではないかと思いますが、時行の男子郎党たちが(信頼関係があるゆえではありますが…)、主君に不安を覚えるような人物が登場します。ーー名越高邦くんです。

 「我が君と被る幼き貴公子
 「凛々しい美男子で武芸抜群
 「坊より主役じゃね?

 これまた、三人の性格がよく出ているなと思うのですが、ここでは「名越」と「槍」それぞれについて少し触れてみたいと思います。
 高邦は「父の仇尊氏」と言ってますが、第一話で尊氏の裏切りにより惨殺された名越高家のことです。そして時行はその子である高邦に対して、「…おお! 北条の名門名越流の…!」と感激しています。

 これは、第70話「名乗り1335」で、貞宗が頭の中で思い起こしている北条家の系図です。先に第98話「北条の平和1335」で、北条泰家が「大仏おさらぎ 極楽寺 塩田 この日を望み潜伏していた北条一族」として鎌倉入りした時行を奉じる筆頭の一団として紹介している人物たちがいますが、「塩田」は貞宗に「雑魚北条」とされている矢印の先に名前がありますし、「極楽寺」はその塩田の元となる一派だとわかります。そして、「大仏」はコマの左上の方に存在します。
 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をご覧になっていた方はイメージしやすいかと思うのですが、大仏派とは、ドラマの主人公・北条義時の弟で、瀬戸康史さんが演じた時房の、四男・朝直を祖とする北条氏一族だということです。  
 また、極楽寺流というのは、義時の三男・重時(母は比企朝宗の娘、ドラマでは比奈という義時の二番目の妻ですね)を祖としています。
 そして、名越流ですが、上のコマの系図では、極楽寺流よりも上位(右側)にあるのがわかります。義時の二男・朝時ともときを祖としており、母はやはり比企朝宗の娘です。母は義時の正妻でしたから、朝時には北条氏嫡男としての将来が望まれていたはずでした。しかし、朝時の母の実家である比企氏が滅亡し、尼将軍・北条政子の裁定によって兄・泰時(義時の長子)が執権就任します。政子の死後には、叔父・時房や三浦義村の支えによって泰時が、幕府での政治と一族内での地位を固め、その流れが、北条嫡流(=得宗)として時行までつながっていきます。
 しかしながら、朝時と名越流は強い「北条嫡流意識」を持っていたようで、何かと反得宗的な動きも見せています(大河ドラマでも、坂口健太郎さん演じる品行方正な泰時に対して、西本たけるさん演じる朝時はいろいろとつまみ食いをしたり三浦義村に暴言を吐いたり、ガラが悪かったですね…)。
 時行の郎党のみならず、保科党のオッサンたちまでも、高邦の血統と威勢の良さに目を奪われていますが、ご安心あれ、時行の祖父や父の代には、名越流は得宗家に服従していたとのことです。そうでなくても、時行も高邦も、今や父の仇は同じあの男ですから…。
 話題を変え、保科党の集中線のオッサンは、「おおっ あれが槍か 初めて見た!」というので興奮してもいます。ーー槍を珍しがっているのがわかります。

 鎌倉時代以前において、兵が持つ刀剣といえば、太刀か薙刀だった。しかし、元寇の折に襲来した蒙古軍はきわめて長い槍を用い、日本軍はこれに苦しめられた。〔熊本県立美術館『日本遺産認定記念 菊池川二千年の歴史 菊池一族の戦いと信仰』展覧会図録〕

 『逃げ上手の若君』に元寇と武器の話題(第78話「武器1335」はすでに登場していますが、集団戦法とそれに適した武器がこの時代には積極的に取り込まれた事実があります。
 「菊池千本槍」の伝承で有名な九州の武将・菊池武重は、これより後のことになりますが、箱根における足利軍との戦いで、槍を用いた大量の兵を動かし、その強さを見せつけています。元寇に対峙した「当時の菊池氏当主・武房は九州武士として参戦しており、槍を駆使する蒙古軍に直接相対したはずである。この体験が語りつがれて、武重の軍勢に槍隊が組み込まれていた可能性があり、千本槍の伝承もこれを下敷きにしているのであろう。」〔前掲〕といったことを踏まえ、槍はまだ東国武士にはあまりなじみのないものだったという形で、松井先生は作品に取り込んでいるのだと思いました。

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 第101話の最後は、足利尊氏の登場です。
 その前に、鎌倉を出た直義はどうしているのでしょうか。『中先代の乱』で確認してみます。

 直義は、成良親王と鎌倉にいた尊氏の嫡子義詮を連れて東海道を西へ向かう。駿河手越河原(静岡県静岡市駿河区)で伊豆・駿河の時行方と戦闘になるが、直義はやっと勝利し、鎌倉時代からの足利の分国である三河に到着した。
 彼はそこにとどまり、成良親王は京へ向かった。直義は三河で兄尊氏との合流を待つこととなる。

 直義の判断と運は、綱渡りながらも足利の命運をつないだといったところでしょうか。また、同書には時行の祈禱のこと、次いで、尊氏の動きについても書かれています。

 「信濃国凶徒頼重法師以下の輩追討」のため、祈禱をするよう、七月二十八日付で後醍醐天皇の綸旨が出されている。
 八月一日には「信州蜂起」のために祈禱が行われ、八日にも「信州蜂起し、すでに関東将軍宮以下を攻め落とし御没落あるにより」重ねて祈禱が行われた。
 弟直義の敗報を聞いた足利尊氏は、北条時行を討伐すべく鎌倉下向を後醍醐天皇に願い出る。下向に際し、尊氏は征夷将軍(征夷大将軍)と諸国の総追捕使そうついぶしを望んだが、どちらも許されなかった。

 ※関東将軍宮…成良親王。

バツが悪いと発光してごまかす「神」のインチキ顔
(「凶徒」と呼ぶにはあまりにも…)

 頼重が「凶徒」って……照れ笑いを浮かべる「一人の幼子」の時行に比べたら、「明日から一緒に遊ぶため」とほざくあのインチキ顔じゃ仕方ないと思ってしまいますが、それよりツッコミどころは「頼重法師」ですよね。
 この時代は神仏習合ですから、諏訪大社も神宮寺を持っています。僧形の一族もおそらくたくさんいたことでしょう。そして、中先代の乱当時は、大祝おおほうりという宗教的なトップの位はすでに頼継が継いでおり、頼重は出家して「照雲」という法名で諏訪氏の政治・軍事的なトップにあったようです。
 ※神宮寺(じんぐうじ)…神仏習合思想により奈良時代初期から建立された、仏事で神祇(じんぎ)に奉仕する寺院。「神護寺」「神願寺」「宮寺(みやでら)」などともいう。
 中央公論新社のロングセラーであるマンガ日本の古典『太平記』は、さいとう・たかを先生が担当されて描いているのですが、〝ゴルゴ〟な僧形の諏訪頼重が奮戦しています。興味のある方はぜひ、『太平記』中巻をご覧になってみてください。

 話を尊氏に戻します。
 尊氏が望んだ「征夷将軍(征夷大将軍)と諸国の総追捕使」とは、「鎌倉幕府を開いた源頼朝が就いた最も重要な職」であり、幕府を創始して諸国の守護・地頭の任命することが可能となります。しかしながら、尊氏がこの両職を望んだことについては、この時すでに自ら武家政権を立てようとしていたという説と、鎌倉幕府再興を目指す時行の正当性に対抗しうる正当性を欲しただけという説とがあるそうです。

 一方、後醍醐は征夷大将軍・諸国追捕使に尊氏を任じることが、鎌倉幕府の復活につながりかねないという危険性を認識していたために、尊氏の望みを受け入れなかったのである、八月一日、鎌倉から京都へ向かう途中に成良親王が征夷大将軍に補任された。
 成良の征夷大将軍任官の報は、当然尊氏の耳にみ届いたであろう。翌八月二日、後醍醐の許可が下りないまま尊氏は京を出立する。後醍醐は尊氏の行動を追認するため、八月九日に尊氏を征東将軍に補任した。

 ※征東将軍…「征東将軍」も「征夷大将軍」も、蝦夷征討軍の司令官・最高司令官のことを指す〔『中先代の乱』〕ものであるが、『神皇正統記』には、「高氏は〈略〉征東将軍になされて悉くはゆるされず」とある。

 「尊氏飛躍の一歩であり 彼の人生を大きく狂わせる一歩目でもあった
 
 松井先生は、尊氏が征夷大将軍を欲したのは、〝足利幕府〟を念頭に置いての自らの意志であり、「完璧執事」の高師直、「友」の佐々木道誉もその心の内を知っているという設定でいますね。ーー記録に残る尊氏の生涯を思えば、「彼の人生を大きく狂わせる」という要素を、『逃げ上手の若君』ではどこに見出すのか、とても気になることろです。
 大きく狂ったのは当然、突然すべてを失った時行であり、また、その時行をかくまった諏訪頼重や、その孫で幼くして「神」となった頼継ではないのか。ーー第一話以来長く封印されてきた「貴方は何故… 私のためにここまでしてくれるのですか?」という時行の一言。
 「全ては北条家への忠義のため!」という頼重の秘密が明かされる時が来たようですが、そんなにすんなりとは、頼重も松井先生も明かしてくれそうにないですね…!?

〔野口実編著『図説 鎌倉北条氏』(戎光詳)、鈴木由美『中先代の乱』(中公新書)、熊本県立美術館『日本遺産認定記念 菊池川二千年の歴史 菊池一族の戦いと信仰』2019年展覧会図録、日本古典文学全集『太平記』(小学館)、マンガ日本の古典『徒然草』〔さいとう・たかを〕(中央公論新社)を参照しています。〕

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【おまけ】「完璧執事」の高師直がNHK・BSPの『英雄たちの選択』に登場します! 見事な手際で魚をさばき、ご飯を盛る師直(長髪の頭を布でしっかりと覆って衛生観念もバッチリ…!?)は、人相悪いけどカッコいいです!!

「南北朝最強! 新時代の設計者 高師直」 初回放送日: 2023年3月22日


  かつてこのシリーズで師直について書いたこともあります。その時には〝絶対執事〟と呼ばせていただきました。


 興味のある方は気軽にご参加ください。お待ちしています。

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