後醍醐天皇

元号のおはなし(3):元号が2つあった時代のこと

こんにちはこんばんは、ナオティです。

歴史系の記事がすっかりご無沙汰になってしまいました。

あっという間に平成から令和になり、しかも令和になって今日でもう1ヶ月目です。ほんとすみません・・・。

さて元号と聞くと、日本の歴史上ずっと1つずつ連続して続いてきた(昭和→平成→令和という感じ)ものであり、同じ時代に2つ存在した(昭和時代にもう1つ別の元号があったというような)わけではないように見える

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建武の新政 大学講師と高校教師のコラボ日本史

異形の王権と呼ばれる後醍醐政権。建武の新政において、後醍醐天皇・護良親王・足利尊氏はどのような位置にあるのかを考えます。

天皇制はいかに存続してきたか

天皇制の捉え方は様々ですが、日本人にとってはあって当然の存在であり、国家の象徴として位置づけられています。神武天皇以来2700年続く、世界最古の皇統であるという主張についても、歴史的裏付けを以って遡ることが可能という観点では世界的に見ても価値があるものでしょう。

そもそもは国作りの王様だった天皇家は、自ら武力を発揮して大和朝廷を打ち立て、力を以って自らの権力構造を形成したはずです。しかしやがて、

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後醍醐天皇と吉野

今回の主役は後醍醐天皇

一度は歴史の授業で耳にしたことがある後醍醐天皇。日本の歴代天皇の中でもとりわけ有名な人だと思う。なぜ有名になったのかは、歴史に残るほどの大ごとをやったからに他ならないが、まず初めになぜこの人が吉野という奈良の山奥の地に深い縁を持ったかを先に言っておこう。

それはずばり、天皇でありながら京都の花山院というお屋敷に軟禁され、天皇のしるしである三種の神器を奪われたあげく逃げた

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天皇系図で学ぶ高校日本史

高校日本史の教科書は時系列になっていません。また、系図は簡単なものが収録されているだけです。そこで、わかりやすい系図を作り、それに沿って時系列で日本史を説明していく動画を作りました。

説明を系図という幹に絞り枝葉末節を省略すると、わかりやすい日本史になります。天皇系図はすべての時代を作成、平安時代は藤原氏の系図、鎌倉時代は将軍の系図を作り、天皇系図に関連付けて神武天皇から後醍醐天皇までを説明して

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皇居周辺の「銅像」をめぐる

皇居(東京都千代田区)周辺にはいくつもの銅像が建つ。
国難に際し、力を尽くした人たちを顕彰するためのもので、
歴史上の有名人が多い。今回は代表的な7体を紹介する。
さて、あなたは何体を知っていましたか?

1.楠木正成(くすのきまさしげ)像 皇居前広場(皇居外苑)
南北朝時代の武将。河内(現在の大阪府東部)の土豪で、南朝を代表する忠臣として知られます。後醍醐天皇に従い、鎌倉幕府打倒に活躍しますが、

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※試聴版です。オリジナル版(01:41:24)は購入後に視聴できます。

平成最後、この一年の世界経綸の進展に感謝し、改めて日本の原点を再確認すべく、富士古文献/富士古文書(*)を読む望年茶会(2018年/平成30年12月24日 橋楽亭にて開催)

*現代語訳/神皇紀ー徐福が記録した日本の古代・富士古文書ー(神奈川徐福研究会・神皇紀刊行部会)

#感動に心の扉をひらく
#温故知新で創る日本の未来
#尽人事俟天命
#人事を尽くして天命を待つ
#祝詞
#富士古文献
#富士古

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大人のための高校日本史341 足利尊氏と南北朝

学校の日本史は、いまだにチョーク&トークが主流。高齢者大学や市民講座は、パワポにYouTubeを組み合わせ、受講者と対話しながら講義をする。学校、遅れてる。これから、学校の授業もこうなると思う。割とよくできた動画だと自画自賛している。内容は、足利尊氏と後醍醐天皇のお話。

高校日本史341 足利尊氏と南北朝

後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒そうとした背景、足利尊氏の家系から解説を始めます。後醍醐天皇と足利尊氏の軍事力が協力して鎌倉幕府を滅亡させますが、やがて両者は対立して尊氏は九州へ逃走、赤松則祐は感状山城で追走する新田義貞軍を阻止しました。

第162回 寺院境内で交差するもの

1、摂津国の寺巡り

Twitterでとある古本屋さんのアカウントをフォローしていたら飛び込んできた情報の中に

四天王寺での古本市

があったのを見つけて、ちょうどその日に関西にいたのでふらっと寄ってきました。

四天王寺を訪れること自体が初めてでした。

奈良京都は寺社巡りをしますが、大阪まではなかなか足を伸ばしませんでしたので新鮮です。

2、石が魅力のお寺

四天王寺はかの聖徳太子が戦勝祈

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