足利尊氏

第三巻 第六章 室町幕府の成立

〇後宇多法皇(五十二歳)・後醍醐天皇(三十一歳)・邦良親王(十九歳)
N「文保二(一三一八)年に即位した後醍醐天皇は、父の後宇多法皇と鎌倉幕府により、甥の邦良親王が即位するまでの中継ぎの天皇であることを定められていた」

〇平安宮・清涼殿の一角
後醍醐天皇(三十七歳)が日野資(ひのすけ)朝(とも)(三十五歳)・日野俊基(中年)らと密談している。
後醍醐「後宇多法皇亡き今、我が皇子への皇位継承を阻

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大楠公⑩ ~鎌倉第2防衛線の攻防~

こんばんは。の皆さま。
 
大楠公シリーズの第10弾をお届けします。
鎌倉第1防衛線を突破し、第2防衛線の鎌倉の山々に迫る新田義貞のレジスタンス軍。
 
ただ流石武家が作った首都・鎌倉。第2防衛線の4つの切通しから10万の軍で攻めても、なかなか落ちません。
その中で唯一、鎌倉府内に突撃出来た漢が居ました。
赤橋守時の泣塔の伝説なども含め、第2防衛線の攻防ドラマは現代の史跡に記憶として刻まれています

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室町時代を学ぶコツ

室町時代は何となく始まり何となく終わる時代です。

後醍醐天皇の組織に対抗して、
足利尊氏が天皇を立てて組織したグループに北朝があります。

(南朝北朝はどちらに優劣があるものではありません)

ただ北朝の天皇は政治力がなかったので、
政治を引っ張る人材として足利尊氏が抜擢されました。

これが室町幕府の始まりです。
ここでポイントなるのが、
室町幕府は足利尊氏の部下にあたる守護大名が大きな存在と

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駆け出し百人一首(5)うたたねも月には惜しき夜半なればなかなか秋は夢ぞ短き(足利尊氏)

うたたねも月(つき)には惜(を)しき夜半(よは)なればなかなか秋(あき)は夢(ゆめ)ぞ短(みじか)き

新拾遺和歌集 1629番

訳:秋の美しい月を思うと、夜中うたた寝するのももったいないので、かえって秋の方が夢は短い。

In autumn, the moon is so beautiful that I don't even want to slumber. Actually, we sle

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マイナー・史跡巡り:大楠公➈ ~鎌倉攻め 第1防衛線突破!~

こんばんは! 台風も来ていますが、徐々に秋らしくなってきました。いかがお過ごしでしょうか?

楠木正成シリーズの第9弾をお届けします。
今回も楠木正成は殆ど出てきません。
鎌倉の府を攻撃した漢(おとこ)・新田義貞を中心に描きます。
鎌倉は頼朝が開府以来、第1防衛線と第2防衛線を設けていました。鎌倉を城と見立てると、外堀と内堀のようなものですが、今回はこの外堀・第1防衛線が突破されたあたりまでを描写

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マイナー・史跡巡り:大楠公⑧ ~新田義貞と足利高氏の旗揚げ~

こんばんは!神社仏閣・史跡一般の皆さま。9月に入りましたね。相変わらず暑いし、雨多いしで大変ですが(笑)。
そんな中ですが、楠木正成シリーズの第8弾をお届けします。

今回は楠木正成は殆ど出てきません。正成の本気のレジスタンス活動熱が新田義貞や足利高氏へと流行り病のように伝わり、とうとう正統派源氏のこの2人が立ち上がります。

是非、ご笑覧ください。
https://tamaki39.blogsp

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天下人と神社

こんばんわ。
守護神鑑定師の龍月(きみつき)です。

昔から日本の多くの成功者は、神社を《特別な場所》だと知って参拝してきました。
天下を取った人は必ずといっていいほど《特定の神社を信仰》しています。
その筆頭は【天皇家】の方々。
2000年以上前から、歴代の皇族は日本各地の神社を参拝してきました。
何故天皇家は、世界でもっとも長続きしている王家なのか?
その答えは…
【神社を造りお祀りしてきたか

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京都府内の石造物⑭:安国寺宝篋印塔(足利尊氏、上杉清子、赤橋登子供養塔)

名称:安国寺宝篋印塔(三基)

伝承など:足利尊氏、上杉清子、赤橋登子供養塔

所在地:京都府綾部市寺ノ段 安国寺

JR梅迫駅からほど近い綾部市の安国寺は、足利尊氏、直義が全国に建立させた安国寺のうち丹波の安国寺であり、その地は元来尊氏、直義の生母の実家である上杉氏の所領であり、足利尊氏生誕伝承地の一つでもある。

そうした足利尊氏とのゆかりによるものか、安国寺の境内には尊氏にまつわる石塔がある

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滋賀県内の石造物⑪:安楽寺五輪塔(伝・足利尊氏爪墓)

名称:安楽寺五輪塔

伝承など:足利尊氏の爪墓

所在地:滋賀県長浜市細江町 安楽寺

JR長浜駅から北方に数キロの所にある安楽寺は、藤原不比等の別邸があった場所とされ、鎌倉時代に九条家がその跡地に寺院を建立したことに始まり、その後、足利尊氏や彦根藩主の井伊家の庇護を受けた名刹である。

五輪塔は山門から本堂に行く途中にあり、水輪が上下逆転しているものの南北朝時代の作と推定され、重量感のある石塔で

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北関東の石造物⑨:桃井塚五輪塔(伝・桃井直常夫妻の墓)

名称:桃井塚五輪塔

伝承など:桃井直常夫妻の墓

所在地:群馬県北群馬郡吉岡町南下 桃井塚

群馬県の高崎市から渋川市に至る国道の南下の交差点近くに、「桃井塚」と呼ばれている二基の五輪塔がある。

南北朝時代の作と推定されるが、この五輪塔は南北朝時代の足利一門の武将・桃井直常とその夫人の墓と地元では伝承される。

右の五輪塔が直常、左のやや小振りな五輪塔が夫人の墓と言う。

桃井直常は所謂「観応

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