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なぜ多様性を描くのか―デンマークの絵本から見えてくること

自分にとっての当たりまえを疑うことなく、それがまるで唯一の真実だと思い込んでいること、ありますね。

今回紹介する絵本の主人公、ヴィリーは、まもなく小学校に入学する男の子。今までいろいろなことにチャレンジしてきたけれど、学校という新しい世界に足を踏み入れる、そんなヴィリーは今、ワクワクした気持ちでいっぱいです。

8月の入学式には、ママとパパが一緒に来てくれました。だれにとってもママとパパがいるものだと思っているヴィリー。ところが、隣の席に座った男の子には、パパがいませんでした。

「なんでママしか来てないの?どうしてパパは来なかったの?」
ヴィリーは男の子に尋ねます。

「ぼくにはパパはいないんだ」

そう答える男の子に、ヴィリーは強く言い返します。
「誰にだってパパはいるじゃん」

男の子はヴィリーにこう言いました。
「ぼくにはいないんだ。ママはぼくをドナーバンクで産んだから」

ドナー…??
ヴィリーにはその意味がわかりませんでした。


休み時間、ヴィリーはクラスの他の子たちとも遊びます。
「あの子、パパがいないんだって」ヴィリーがそういうと、他の子たちもそれぞれ自分の話を始めます。

「あたしもパパいないよ。ママが2人いるの」
「ぼくはパパとママが2人ずついるよ。一緒に暮らしてるパパとママと、ぼくを生んでくれたパパとママ(注1)」
「あたしは、パパとママと、新しいパパと新しいママがいる(注2)。あなたは?」

そう尋ねられたヴィリーは、どう答えれば良いのかわからず、黙り込んでしまいます。

自分にとってあたり前だと思っていた家族のかたち―自分を生んでくれたママとパパ、そして自分、それだけが家族だと信じていたヴィリーにとって、クラスメートが語る現実は、想像することすら難しいものでした。

その日の夕方、ヴィリーは夕飯を食べながら、今日あったことをママとパパに話します。

「そんなこともあるよね」というママ。
「家族のかたちは、一つひとつちがうってことだよ」というパパ。

ヴィリーは、クラスメートの家族のかたちに思いを巡らせます。
そして、自分もそんな、ちょっとちがったかっこいい家族になってみたいと思うのでした。

夜、家族が寝静まると、ヴィリーはキッチンでコーンフレークの入った箱にはさみを入れて、新しいパパとママを作ったり。

翌朝には、学校へ行く道すがら、見知らぬおじさんに声をかけて「ぼくの知らないパパになってくれない?」と頼んでみたり。

でもどちらも上手くいきませんでした。

「なんでそんなことするの、ヴィリー?きみの家族はどんななの?」
クラスメートはたずねます。

「ぼくには、、パパとママがいるだけだよ」とぽつりと答えるヴィリー。それを聞いたクラスメートたちは、
「いいじゃん」
「あたしもそういうのやってみたいな」
と答えます。

*****

児童書書店で働いていると、色々なお客さんが来られます。なかには、幼い子どもと家族について話すきっかけとして、絵本を買い求める人もいます。

離婚についての絵本、精子提供を受けて授かった子どもが出てくる絵本。デンマークではレインボー・ファミリーと呼ばれる、ゲイやレズビアンカップルの子どもが主人公の絵本、白人ではない子どもが主人公の絵本。こうした絵本は、なにか特別なことが描かれているのではなく、実際にさまざまな人々が存在していること、そしてそうした人々の暮らしや生き方を現実のものとして描くことが必要だからあるのです。

多様な家族のあり方を扱った絵本を求める方々に、この絵本をお勧めすると「あぁ、ここに自分たちが描かれているわ」とうれしそうに買っていかれます。法律で、権利として認められている北欧でも、自分たちの生き方が社会の中にしっかり根付いていることを確かめるために、それを子どもと確認するために、絵本の力が必要なときもあるのだなぁと日々感じています。

この絵本は、小学校入学をテーマにしたお話集にも掲載されています。多様性とは特別なことではなく、だれにとってもかかわりのあることだと理解できるように、ということでしょうか。家族のかたちはひとつずつちがう。だれもがそれをあたりまえのこととして受け止められるように。絵本にもできることがあります。

"Æggedreng" Høst & Søn

"Æggedreng" af Lars Daneskov, illustration Zarah Juul (2020) Høst & Søn Denmark

注1:海外から養子としてデンマークの家庭に迎え入れられた子ども
注2:父親と母親が離婚後、それぞれ新しいパートナー(あるいは配偶者)がいる状態。デンマークは共同親権が一般的なので、離婚後も両親の家庭を一週間ごとに行き来する子どもが多い。それぞれの家庭で新しい家族と暮らすこともある。

デンマークには公式に37種類の家族があると言われています。詳しくはこちらから。


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