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【読書録】『成功者の告白』神田昌典

今日ご紹介するのは、『成功者の告白』(2004年、講談社)。副題は『5年間の起業ノウハウを3時間で学べる物語(ストーリー)』。著者は、経営コンサルタントの、神田昌典(かんだ・まさのり)氏。

ビジネスをゼロから立ち上げて起業する主人公の物語。若い起業家タクが、さまざまな困難に遭遇する。そんなとき、タクの先輩である神崎が、タクに対して、ビジネスのステージに応じたヒントを与える。ひとことで言えば、小説仕立てのビジネス書。しかし、単なる起業サクセスストーリーかと思えば、全くそうではなかった。

むしろ逆で、「ビジネスで光が当たれば、その他の部分で影となる出来事が噴出するという事実」「成功の暗い側面(ダークサイド)」(p10)という、ゾッとするようなテーマについて深掘りしたものである。

著者は、コンサルタントとして1万人を超える経営者と接するなかで、その「ダークサイド」のパターンに気づいたという。また、ご自身も、その「ダークサイド」を経験されている。その複数の実話をもとに、このストーリーが書き上げられた。それゆえ、とてもリアルだし、人間の感情や心理学などに焦点を当てた、とても奥深い本だった。

例によって、印象に残った箇所を書き出してみたい。

まず、最も強く印象に残ったのが、経営者とその周囲の人々の、「感情の場」のメカニズムについての記述。

「人間が集まると感情の場をつくる。それは家庭でも職場でも同じ。ポジティブになるグループがあると、その動きとバランスを取るようにネガティブなグループができる。(以下略)」(p151)
「経営者の恋愛が起こりやすい時期がある。何千人もの経営者と接してると、同じパターンが見えてくるんだ。恋愛が起こりやすいのは、成長期の前半なんだ」
(中略)
「(...) 会社が成長に向かって動きはじめるときに、夫の性的エネルギーが高まる。ところが妻の側は、そのときに気持ちはネガティブに振れる。夫の成功に嫉妬するか打ちのめされる感情のメカニズムが働いてしまう。そこでセックスを求めたときに、妻から何回か拒絶されたりして、夫は家庭では性的にも認められていないと落胆を味わうわけだ。」
(中略)
「そうすると男は怒りを持つんだな。怒りを持つと、妻に復讐するための性欲が高まる。するとね、社内の女性が魅力的に感じるんだ」
「(...) 会社が成長しはじめると、女性問題が起こりやすくなるということだ。だから逆に、会社が大変なときは、家庭は一致団結している」(p169-171)
「(...)夫が会社でストレスを感じれば、妻にあたる。妻は子供にあたる。ひどい場合には、気づかないうちに妻による子供の虐待にまで発展する。虐待するなんて想像すらできない、きわめて知的レベルの高い女性たちが、無意識に虐待してしまうんだよ」
「ということは、学校でのいじめも、母親の怒りが学校内で再現されているんですね」
「そうなんだ、怒りというのは伝染する。怒りのキャッチボールを社会全体で行っているのが、現代という時代だ」
「その怒りの原点が、経営者なんですね」
「そうだよ。だからこそ経営者には、しっかりとした家族観や哲学が必要になるんだ。問題は、自分の社会に対する影響力の大きさを知ったうえで経営している経営者が、どのくらいいるかだよな」(p174-175)

このように、経営者自身や、その家族など経営者を取り巻く人々の感情が、家庭の問題や女性問題などにつながるということを深掘りしたものは、他にはあまり見られないのではないだろうか。この本の最大の特徴だと思う。

このような見解については、感覚的に受け入れられたとしても、理屈で説明がつくわけではない。また、見方によっては、スピリチュアルな印象すら抱かれるかもしれない。著者は、以下のくだりにおいて、理論的には証明不能であると認めつつも、このことを共有したいという熱い思いを込めている。

「(…)経営とは人間ひとりひとりの合理的な判断で推し進められるというよりも、そこに集う人間が感情の場を形成して、無意識にその動きを推し進めると解釈すると、いろんな問題が見事に解き明かされますね。しかし、今起こっていることは、MBA的な経営理論ではとても説明できませんね。こんなこといいだしたら、変人扱いされるんじゃないですか?」
「まあね、胡散臭がられるだろうね。心理学を組織に応用すると、それまで見えなかったものが、見事に解き明かされるようになる。でも、正直なところ、私が今まで話した因果関係なんて、理論的には証明できないしね。また証明されることを待っていたら、遅すぎる。この瞬間にも、多くの会社員、経営者、そしてその家族が苦労しているのだからね。証明するよりも、多くの人とこのような知識を共有し、我々全員が解決へと一歩踏み出すことのほうが先決だと私は思っている」(p224-225)

そして、この本は、ビジネス書として、実践的な考え方やノウハウも伝授してくれている。以下は、個人的にとても腹落ちした箇所だ。

まずは、ビジネスのアイデアを見つける秘訣。偶然に注意。

「成功したいならね、偶然に注意して。偶然を偶然と思わないで」(p56)

ビジネスモデルの判断する際のチェックポイント3つ。最低限これらをクリアしていないと、どんなに工夫してもビジネスとして成立しないということだ。

①ビジネスまたは商品が成長カーブのどこに位置づけられているのか。
②ライバル会社との比較で優位性があるかどうか。
③ビジネスを継続するためにじゅうぶんな粗利が確保できるモデルか。
(p70より)

クレームへの対応法。

●まずは、相手がそれだけ会社のことを考えてくださっていると考えなおし、相手に感謝をして、ねぎらいの言葉をかける。
●『少し情報をいただきたいのですが、よろしいでしょうか。』と言い、相手の怒りをすべて聞く。
●決して口を差しはさまない。相手の怒りのエネルギーをすべて解放させる。
●『どのようになればご満足でしょうか』と聞く。相手は満足できる状況を具体的にイメージしだす。
●このとき、『どのようにいたしますと、ご納得いただけますでしょうか』というのは、NG。会社が非を認めたことを前提に、相手から譲歩を引き出そうとしているように聞こえるから。
(p226-227を要約)

社員の感情に焦点を当てたマネジメント手法の一例として、「グッド&ニュー」という、ボールを使った簡単なゲームを紹介したくだり。ピーター・クライン氏という米国の教育学者の開発した手法。

「六人くらいまでのチームをつくる。このボールを持った人は、二四時間以内に起こったいいこと、もしくは新しいことを簡単に話す。話が終わったら、まわりの人は拍手する。そして次の人にボールを回す。この繰り返しだ。これを毎日やる。ひとり一分ちょっと話すとして、六人なら時間にして一〇分。これだけで、社内が変わりはじめる。」(p236)
「(...)これはね、心理学でいうリフレーミングと呼ばれる作業を習慣化するゲームなんだ。よく人は、幸福だ、不幸だ、というよね。でも幸福な出来事と不幸な出来事があるわけではない。同じ出来事を、幸福と解釈する人と不幸と解釈する人がいるだけだ。(...)」(p238)
「(...)ボールを使うと、リラックスして身体が開いてくるんだ。身体と感情というのは同じ動きをすることを知っているよね。」(p240)

もうひとつ、同じくピーター・クライン氏による「承認の輪」(ヴァリデーション・サークル)と呼ばれるゲームについて。

「(...)社員が辞めるときは、この会社では自分の居場所がないと感じたときだ。そこで社員同士で定期的に、社員の会社における存在を承認することが必要なんだよ。たとえばね、何かの記念日に、お互いの存在を認める言葉を掛け合うんだ。その際には、こんなふうにいう。
『〇〇さんと一緒に働くことができて、本当によかった。なぜなら……』
そして、なぜならの後の文章を完成させるんだ。(...)」(p243)
「恥ずかしいから効果あるんだよ。恥ずかしく思うということは、ふだん誰からも自分の存在を認められる機会がないということなんだ。(...)」
(中略:実際に神崎がタクに対して言葉をかける)
「どう感じた?」
「私の存在自体が認められたと感じましたね。私はここにいてもいい、自分のままでいいんだ、という感情です」
「そう、そういう感情を社員が持った時、社員は仕事に意味を見出しはじめることができる。仕事に意味を見出せば、収入を追うだけではなく、それ以上の創造性を発揮しはじめるんだ」(p245)

チームメンバー間に信頼関係が築けたら、次のステップは、ルールや規律を徹底していくステップ。ここで有用な方法が、「クレド」。

「クレドとは信条という意味だ。会社での憲法のようなものだ。会社を運営していくうえで、絶対に守ってほしいという項目をいくつか文章化するんだ。(...)」(p246)
「リッツ・カールトンでは、ラインナップという朝礼のような短い会議を毎日開く。そこで、クレドに書かれたベーシックと呼ばれる二〇項目について毎日ひとつずつ話し合うんだ。この二〇項目に沿って組織全体が無意識に行動できるようになるまで、徹底して教育していくんだ」(p249-250)

そして、会社が成長していくために必要な、4種類の役者について。

「会社が成長していくためには、四人の役者が必要だ。起業家、実務家、管理者、まとめ役の四人だ。この役者のうち誰が活躍するかは、会社のライフサイクルごとに異なるんだ」(p307)
「会社をシステム化する間、起業家は何をすべきかといえば、会社から離れて遊んでいることが重要。だいたい社長というのは、進むばかりでストップすることを知らない。システム化すべきときに新しいことをはじめるのは、車体を組み立てている最中にアクセルを思いきり踏むようなもの。車がバラバラになるのは当たり前だ。
 だから起業家が運転席に座るのはやめる。そして実務家と管理者にハンドルを握ってもらう。その間、社内ではシステムがしっかり構築される。
 起業家は遊んでいるうちに、また新しいアイデアが浮かんでくる。そして社内のシステム化が完了したときを見計らって、会社に戻る。すると今度は、また起業家のすぐれたアイデアで成長事業がスタートする。これが、継続して成長できる会社の善循環のサイクルだよ。(...)」(p321)

読後の感想として、まず思ったのは、シンプルに、「起業って、何という大変なことなんだろう!」ということだ。

しかし、この本を手に取って、数々の経営者の経験をもとにまとめられた、起業のそれぞれのステージで陥りやすい罠や、それに対する対策を知っていれば、成功の確率はかなり上がるのではないかと思う。知識は力なり、だ。

そして、これだけの困難を乗り越えて事業を成功させ、社会課題を解決し、従業員やお客様などのステークホルダーを幸せにすることができれば、どんなに有意義だろう。

私自身が、この本の主人公「タク」のように起業して成功できるかというと、到底そんな気はしない。しかし、この本は、会社の管理職として、小さいながらも1つのチームを率いる立場にある私にも、大いに気づきや学びを与えてくれた。

そして、成功者にはダークサイドに陥る罠があるということ、人が集まる「感情の場」では、ポジティブな感情があると、ネガティブな感情が出てくること、怒りは伝染してしまうこと。今まで、こういったことを、ビジネスの文脈で意識することはあまりなかったが、実は大変重要であることが腑に落ちた。

また、こういった、成長の陰に潜む落とし穴や、人々の感情の及ぼす影響については、会社だけではなく、家庭、学校、サークル、地域社会など色々な人々の集まる場で起こりうることだと思った。

起業を志している方にはもちろん、すべてのビジネスパーソンにとって、手放せない1冊になるだろう。

ご参考になれば幸いです!


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