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ムクドリの群れ

駅からまっすぐに東に延びる一本の道。その両脇には立派な街路樹が一定のリズムを刻んで並んでいる。いつ頃からだろうか、その街路樹は、夏になると、ムクドリの大群が押し寄せ、格好の住処となっていた。

もともと、ムクドリは、農作物に被害を与える害虫を補食しながら、人間と共生してきた存在だ。だが、我々人間が、ムクドリの住処であった里山を切り崩して宅地化を進めたため、こうして、住処を求めて街路樹に移ってくるのだろう。

一日の始まりが比較的遅い僕は、朝にムクドリの群れを見ることはあまりないが、夜は、ムクドリの鳴き声が支配し、特有の獣臭が辺り一面を覆う中を歩いて帰宅する。道路はムクドリの糞で不規則な水玉模様が描かれ、抜けた羽根が舞う。毎晩、そこを歩くのはやはり気分の良いものではない。

ある晩、いつものように1時間45分ほどの電車の旅を終え、帰宅を急いで駅の改札を出た。僕と同じように帰宅途中のサラリーマンやOL、部活帰りの学生らも、せわしなく足を前に運んでいた。都心から離れたベットタウンの駅だが、平日の21時ごろは、まだひと気が多く騒々しい。

その空気を抜け出したくて、僕はさらに足を早めた。自宅がある東口の方へ出るためにいつものように駅の階段を降りていくと、階段の中段あたりに、ひとりの中年が壁に寄りかかるように座っていた。首は真下に向かって垂れ、手足は力なく放り出されている。

職を持たず、帰る家も持たない、いわゆる浮浪者なのだろう。 衣類は薄汚れているが、髪の毛の長さを見る限り、まだ今の生活をしはじめてからそれほど時間が経っていないのではないか、と思わせた。

僕は、十数年間もこの駅を使ってきて、初めて出くわす光景に少し驚いたが、どうしていいかもわからず、彼を視野の端っこに入れながら、階段の左側を降りていく。

彼の真横に差し掛かると、強烈な異臭が鼻を突いた。息を止め、一気に階段を駆け降りる。下まで降りたところで、ふと、他の人がどんな行動をしているのか気になり、階段を見上げてみた。

かれこれ30〜40人くらいの人たちがいただろうか。

彼らも、僕と同じように、うなだれた中年を横目でみながら、あたかもそこに人が存在していないかのように、階段を降りていた。

「やっぱりそうだよな」

他人を助けられるほど、自分に力があるわけでもなく、他人に手を差し伸べられるほど、自分に広い心があるわけでもないと、自分を納得させようとした。同時に、困っている目の前のたった一人の人間ですら、見て見ぬ振りをするしかない自分に落胆する。

社会から外れてしまったこの中年男性は、1年前はどんな生活をしていたのだろうか。子供の頃はどんな子供だったのだろうか。親はいまどうしているのだろうか? そんなことを瞬時に考え、しばらく階段を降りたところで立ち止まった。

そして、ひと気が引いたところで階段を登り、中年男性の横にそっと500円玉を置く。鼻を突く匂いに耐えられず、また息を止め、まるで悪いことでもしたような気分になり、逃げるように階段を降りて、帰宅を急いだ。 いつものように、駅から東に延びる道を歩いて帰る。ムクドリの群れが街路樹の中で騒めき、さらに周囲の電線の上を隙間なくムクドリが埋め尽くしている。強烈な獣臭に再び息を止めながら歩いた。

翌朝になると、街路樹の木は、チェーンソーを持った地元の業者によって、綺麗に切られていた。ムクドリの姿はもうない。昨日の中年も、駅の階段から姿を消していた。



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瀬川 泰祐

ライター。東洋経済オンラインやITメディアビジネスオンライン、OCEANS、キングギアなどで執筆中。スポーツ・アスリート交流会も主催する。最近の取材テーマは「Beyond Sports」。スポーツと社会の接点からスポーツの価値を探っている。
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