見出し画像

世界史のまとめ × SDGs 第4回 遊牧民の大移動と戦争の大規模化(前2000年~前1200年)

SDGs(エスディージーズ)とは―
「世界のあらゆる人々のかかえる問題を解決するために、国連で採択された目標」のことです。
 言い換えれば「2018年になっても、人類が解決することができていない問題」を、2030年までにどの程度まで解決するべきか定めた目標です。 

 17の目標の詳細はこちら
 SDGsの前身であるMDGsが、「発展途上国」の課題解決に重点を置いていたのに対し、SDGsでは「先進国を含めた世界中の国々」をターゲットに据えています。
 一見「発展途上国」の問題にみえても、世界のあらゆる問題は複雑に絡み合っているからです。
 しかも、「経済」の発展ばかりを重視しても、「環境」や「社会」にとって良い結果をもたらすとはいえません。
 「世界史のまとめ×SDGs」では、われわれ人間がこれまでにこの課題にどう直面し、どのように対処してきたのか、SDGsの目標と関連づけつつ、歴史と地理の両面から振り返っていこうと思います。


***

第4回 都市の誕生と世界のこれから(前2000年~前1200年)

Q. 遊牧民はなぜ移動した?

13.1 すべての国々において、気候変動に起因する危険や自然災害に対するレジリエンスおよび適応力を強化する。

歴史:この頃のユーラシア大陸の大事件は、草原地帯の遊牧民の大移動だ。
 彼らは海岸近くや川などに拠点を移していき、定住民(移動せずに暮らしている人々)の住んでいる地域を支配するグループも現れるんだ。


どうして場所によっていろんな気候に分かれているんですか?

地理:地球はボールの形をしているよね。
 だから「太陽からの光の受け方」は、中央付近のほうが大きく、北極と南極に近いところになるほど小さくなる。
 それにともなって、風の流れや海の流れが変化を受け、それによって雨の降る・降らないという違いが生まれるんだ。

どうして風の流れが変わるんですか?

地理:空気は温度によって上昇したり、低いところに下がったりする性質がある。
 「熱を受けている部分の空気」は空へ上昇するけど、上がっていくにも「限界」がある。

空の限界?

地理:そう。
 地球のまわりを覆っている「空気のかたまり」の「天井」だ。

 そこまでしか「上昇」できないので、どこかに「下がれるところ」を探して下がる必要がある。
 つまり、ざっくりいえば、「上昇しているところ」から「下がっているところ」に向けて、空気が「大移動」をしていると見ることができる。
 これが、地球に吹いているもっとも大きなスケールの「風」だ(注:恒常風)。

なるほど。

地理:恒常風は、地形や地球の自転の影響も受けつつ、一年を通して一定の方向に吹く。
 ほかには、気圧の配置が季節ごとに変化することから、季節ごとに向きの変わる風(注:季節風)もある。

 この時期には地球の寒冷化が進んだと考えられているんだけど、それにともなって、こういう地球規模の風の流れも変化した
 それにともなって各地の気候も変わった。
 ユーラシア大陸の内陸部では、その影響で気候が乾燥化。
 遊牧民の大移動につながったとみられる。

どうして寒くなると乾燥するんですかね?

地理: 寒くなると空気は低いところにとどまりがちになる。

 空気っていうのは、温められると急速に空に舞い上がる。
 そのときに雲がつくられ、雨が降るよね。

 逆に言えば、寒いところでは空気が高いところに上がりづらく、雲ができにくい。
 だから雨が降りにくいわけだ。

 この時代には、そのような乾燥エリアが従来よりも拡大し、ユーラシア大陸だけでなくアフリカのサハラ砂漠でも乾燥化が進んだと見られている(ただ乾燥の進み具合は地域によって差はあるし、逆に雨が降るようになったところもある)。

 西のほうでは、西アジアに入り込み定住民を支配下に置く国も現れる。
 南のほうでは、インドに入り込み、もともといた定住民を支配下に置いている。
 東の方では、中国の「周」という王国にも影響を与えているようだ。


ユーラシア大陸の北のほうには、大きな国はできないんですか?

地理:なかなか難しいね。
 気候が寒いから農業に向かず、動物の狩りに依存することが多い。
 その南の針葉樹林(注:冷帯林)の広がるところも、土が白っぽくて(注:ポドゾル)農業には向かない。

 狩りで集団が生き延びるためには50~100人の群れがいっぱいいっぱいだ。
 そういうところでは、食料や物を貯めこんで多くの集団をコントロールするしくみは作られにくいよね。


この時期には、地球全体が寒冷化していったんですか?

地理:地域によって表れ方は異なる。
 例えば今でも、ものすごい猛暑となる地域があるときでも、同じ時期の別の場所では天候不順になっている、なんてことはあるよね。
 地球の気候はさまざまな要因が複雑に結びついてできているんだ。

 この時期には風の動きが地球レベルで変化し、現在の中国では「夏の季節風」が強まって、寒くて雨のたくさん降る気候になっていったとみられる。

雨が降ることは良いことなのではないですか?

地理:でも降りすぎても困るよね。
 雨がたくさん降るようになったため、洪水が多発。
 生活ができなくなってしまう集落が増える中、黄河の中流はその被害をまぬがれたようだ(注:明石茂生「気候変動と文明の崩壊」57頁)。


どうやって被害をまぬがれたんでしょうか?

地理:たくさんの穀物を栽培するには水がたくさん必要だが、暴れ川として恐れられていた黄河(こうが)の水を安全に利用するには、大掛かりな堤防工事が必要だ。この工事を仕切ったリーダーが、国王にのし上がっていったのではないかと考えられているよ。
 中国では皇帝のシンボルは「龍(ドラゴン)」で表されることが多いけれど、これはもともと暴れ狂う「川」の水を表しているともいわれている。


Q. この時代の人間たちは「平和」な社会を築くことができているだろうか?

SDGs 目標16.1  あらゆる場所において、すべての形態の暴力および暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる。

歴史:気候の変化の影響で洪水が多発していた南アジア(≒インド)のインダス文明では都市が見捨てられ、そこに新たに草原地帯に住んでいた人たちが移り住んでいった(注:インド=アーリア人)。

 また、西アジアにはヒッタイト人が移り住み、もともとあった大都市を次々に圧倒していく。

どうしてヒッタイト人という人たちは、大都市を占領できたんでしょうか?

歴史:すでに「鉄でできた武器」は、当時最先端の素材として利用されつつあった。
 ヒッタイトは鉄の工場を持っていたようだ。
 彼らは鉄製の武器を生産し、さらにスポーク付きの車輪を利用して馬に引かせ、次々に都市を攻撃していったようだ。

スポーク付きの車輪?

歴史:こういうのだよ。

 この時代のはじめに、中央ユーラシアの遊牧民が発明したようだ。
 この「殺人」のために馬と車輪の力を利用するという発明により、短期間で大規模の都市の支配が可能になっていったわけだ

 人材や資源・食料に恵まれた都市を軍事的に優れた遊牧民が乗っ取ろうとしたことを受け、都市の支配者の側も遊牧民の軍事技術をマネし、軍隊を整えていくこととなる
 実際にヒッタイト王国は、シリアにも進出してエジプトの支配も狙い、この時代のエジプトとも一戦を交えている。

遊牧民が移動していったことで、新しい技術が発達し広まっていったともいえますね。
でも、技術が戦いに利用されたことで、「戦争」という困った事態も引き起こされていった点は残念です。

歴史:そうだね。
 西アジアでは、新たなテクノロジーを手にしたヒッタイトと南のエジプトが対峙する状態となった。
 それに「2本の川の地域」(メソポタミア)ではミタンニという国が強くなっている。
 でも、ヒッタイトがミタンニを滅ぼすと、代わってアッシリアという国が急成長するんだ。

地球のどの地域でも、この時代の人間の社会はこんな感じなんですか?

歴史:ううん、違いがあるよ。
 このように「馬」が分布せず、「車輪」も発明されなかった南北アメリカ大陸やオセアニアのエリアでは、ユーラシア大陸のような大きな社会(=群れ)が発達することはなかった。


アフリカのサバンナでも、農業はできる?

SDGs 目標15.3  2030年までに、砂漠化に対処し、砂漠化、干ばつ、および洪水の影響を受けた土地などの劣化した土地と土壌を再生し、土地劣化ニュートラルな世界の達成に尽力する。

じゃあアフリカはどうなっていますか?

歴史:アフリカの大部分では、狩り・釣り・採集を基本とする生活が続いている。

地理:熱帯の草原エリア(サバナ)では雑穀やイモの栽培、ウシなどの家畜の飼育もおこなわれているよ。

アフリカのサバンナでも農業はできるんですね。

地理:サバンナでもできるし、赤道近くの森林の中だってやろうと思えばできる。

 サバンナの地域は一年のうち決まった時期しか雨が降らない。
 だから狩りをして補ったり、狩りをして生活している人と食べ物を交換したりすることもあった。

 熱帯の土は赤土(注:ラトソル)といって農業に向かない。
 木を燃やして灰にし、それを肥料にする。
 掘り棒という道具を使ってイネ、ヤムイモ、モロコシ、豆などを栽培するんだ。

定住できるんですか?

地理:2~3年したら地面の栄養がなくなってしまうから、休ませる必要がある。
 そしたら別の場所に移るんだ(注:焼畑農業(移動式農業))。

 アフリカではここ50年ほどで人口が爆発的に増えた結果、食料供給を増やすために無理して開発するようになってしまい、森林を焼き払う焼き畑=悪というイメージもついてしまった。
 でも本来の伝統的な焼畑農業は、土地の限界を理解しておこなわれる持続可能な営みだ。適切に行なっていけば、十分森林を保全することは可能だ(注:アグロ・フォレストリー)。
 しかし、人口の増加スピードに食糧生産が追いついていないことや、料理のために薪(たきぎ)を得る必要もあることから、サハラ砂漠の南部(注:サヘル)を中心に、草原の消失や森林の伐採にともなう砂漠化が進んでしまっている。気候の変動も原因の一つだ。

この時期のエジプトはどうなっていますか?

歴史:エジプトはこの時期に史上最強の王国が生まれる。
 新王国と呼ばれる王朝だ。
 この時代にはシリアのほうに進出してヒッタイトという強国と戦っている。ツタンカーメンの黄金のマスクがつくられたのもこの時代だし、巨大な神殿も建設されている。

ヨーロッパにパリやロンドンができるのはまだですか?

歴史:それは、もうちょっと待ってね…。
 当時のヨーロッパ最先端の地域はパリやロンドンのある北のほうではなくて、地中海に面した南のほうなんだ。

地中海ってどこでしたっけ?

歴史:ヨーロッパとアフリカの間に挟まれた海だよ。
 大きな湖のようだけど、1か所だけ一番西側(北を上にして左側)に出入り口があるでしょ
 地中海というのは地下にあるわけじゃなくって、地面と地面の間の海という意味だ。

 当時のユーラシア大陸で、農業と家畜の飼育によって巨大な町がつくられていたのは西アジアだよね。地中海を介して接している地中海沿いのヨーロッパにも、最先端の文化が伝わったってわけだ。
 でも気候は西アジアと同じではないから、地中海の気候に合わせたオリーブやブドウの栽培が盛んになる。とくにブドウからはワインが製造され、ヒット商品としてさかんに輸出された。

 地中海沿岸には大きな川があるわけじゃないから農業を基盤にして強い国が作られていったわけではなく、貿易をコントロール下に置いた支配者によって港町を中心に王国が作られるようになっていく。

 その代表格がクレタ島の王国だ(地図)。
 クレタ島という島は地中海沿岸のギリシャというところと、アフリカのエジプトのちょうど中間地点に位置している。複数の港町を束ねた支配者が、各地のオリーブやブドウ畑を支配し、輸出ビジネスで成功したらしい。
 王宮にはガッチリとした壁はなく、壁にはイルカのかわいらしい絵が描かれている。

この地域は遊牧民の進出は受けなかったのですか?

歴史:するどい。
 地中海沿岸も例外ではないよ。
 北から進出してきた民族によって、クレタの王国は衰えた。直接的な原因は火山の大爆発によるものとされているけどね。

 このときに進出してきた民族は、長い目でみると今のギリシャ人のご先祖だ。そのうちの一派はアテネという町をつくることになるよ。

 なお、トロイア文明という巨大な町も、この時期に栄えていた地中海沿岸の文明だ。


世界各地で、気候に合わせた農業や牧畜がいろんな形で営まれているんですね。

地理:農業や牧畜だけで定住できないような地域では、狩りや採集もおこなわれている。
 当時の人々はまだまだ自然と密接に関わり合って暮らしていたんだ。
 ただ、人間がほかの動物と違うところは「物のやりとり」ができるところ。
 まるで「物が動いている」かのように、さまざまな人の手を介して物が長距離を移動していくようにもなる。


自分のエリアにないものを、他のエリアにあるもので補っていったわけですね。

地理:とはいえ、当時の人間の個体数(=人口)はまだわずか。
 そんなにたくさんの食料は必要ない。
 というか、まだまだ技術も追いつかない。

 「飢え」や「病気」と隣り合わせの暮らしが当たり前だった。

 でも、人口が爆発的に増えるようになると、持続可能な農業をする必要性が急務となってくる。
 そうなってくるのは、ほんの ここ100年来のことだ。
 地球全体のことを考えた上で、経済成長と社会の発展のバランスをとるにはどうすればいいか。そのための工夫がさまざまに行われているよ。

(*第5回に続く)


この記事が参加している募集

推薦図書

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊