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40/1,000冊目 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

著者:ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)
翻訳者:倉骨 彰

内容

1997年に出版。
“なぜユーラシア大陸の人々がアメリカ先住民、オーストラリア人、アフリカ人を征服したり、追い出したりしたのか?”

それはユーラシア人の遺伝的な優位性によるものではなく、ユーラシア大陸の環境的な特徴、家畜化しやすい動物が多くいたこと、栽培可能な植物も多かったこと、東西に長い大陸であるため、食糧生産技術等が伝播しやすかったことなどによるものだとし、それらをひとつずつ検証していくという内容です。

環境決定論的であるが、偏りを避ける姿勢が一貫している。


感想:人生を大きく変える一冊だった

長いし、タラタラ(検証がしつこくて長い。それは科学者としては望ましい姿勢だけれど、読み手にとってはしんどい)しており、『サピエンス全史』のように読ませる筆致ではないため、読了にわたしの場合は3ヶ月かかりました。『サピエンス全史』の1.5倍。

この著書によって大きく思考のフレームは改変されました。たとえば移住するとしても気候が大きく異なるところは避けることにしよう、と考えるようになったり、環境によって人生は大きく変わるから、環境を望ましいものに変える(住む場所や会う人を変える)柔軟性を最優先に身につけよう、など。

またヨーロッパの発展(そして触れられていなかったけれど、アメリカ合衆国のはそれ)は、競争(不和)が重要な要素であったということから、平和というのは個体は望むが、進化・発展には不和が有効であるのだろう、という考えも得て、これはなかなかショッキングなものでした。

諍いがない、ということは最上の状態ではないとも言えます。

しかし絶対的統治組織内での派閥争いは、統治される国や組織においては弱体化につながるものであり、現在の日本に該当するように思え、他国で暮らせるようにする準備を急いで進めたくなりました。


ジャレド・ダイヤモンド

Jared Diamond speaking at University College London
By HiraV - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=24616147

ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)
生:1937年

ジャレド・メイスン・ダイアモンド(Jared Mason Diamond)はアメリカの科学者。もともとは生化学と生理学を専攻していましたが、人類学、生態学、地理学、進化生物学など多くの分野に精通していることから、一般的にポリマス(polymath: 博学者、博識家)と呼ばれています。UCLAの地理学教授。

ダイヤモンド氏は1937年9月10日、マサチューセッツ州ボストンで生まれました。両親はともにアシュケナージ系ユダヤ人(アシュケナージはヘブライ語でドイツの意味。アシュケナジム - ディアスポラのユダヤ人のうち、おもに東ヨーロッパなどに定住した人々やその子孫の呼称)。

父のルイス・ダイアモンドは医師で、現在のモルドバ(当時はベッサラビアと呼ばれていた)のキシナウからアメリカに移住してきました。母フローラ(旧姓カプラン)は教師、言語学者、コンサートピアニストでした。ダイヤモンドは6歳でピアノを習い始め、数年後、妻のためにブラームスの間奏曲イ長調を弾いてプロポーズしています。

7歳になる頃にはバードウォッチングに興味を持ち始め、これが彼の人生における大きな情熱のひとつとなり、鳥類学に関する多くの作品を出版するにいたっています。

ロックスベリー・ラテン・スクールに通い、ハーバード・カレッジで生化学(biochemistry:生体内で起こる化学物質と生命現象を研究する学問)を学び、1958年(21歳)に卒業。1961年(24歳)、ケンブリッジのトリニティ・カレッジで胆嚢の膜の生理学と生物物理学に関する論文で博士号を取得。

ケンブリッジ大学を卒業後、ダイヤモンド氏は1965年までジュニア・フェローとしてハーバード大学に戻り、1968年にはUCLA医学部の生理学教授となりました。その後、50代になると、環境史の分野で第三のキャリアを築き、UCLAの地理学教授となりました。

また、ローマのLUISS Guido Carliで教鞭をとり、ローマのEuropean Institute of Innovation for Sustainability (EIIS)では生物多様性管理コースの講師を務める。1999年(62歳)に全米科学メダルを受賞。

ダイヤモンドはもともと胆嚢における塩分吸収を専門としていましたが、生態学鳥類学の分野でも学術的な著作を発表しています。こうした学問的多様性から、ダイヤモンドはポリマス(polymath:博学者)と評されています。


ダイヤモンド氏の主な著書

ダイアモンドは科学記事や本を複数執筆しており、特に『第三のチンパンジー』(1991年)、『銃・病原菌・鉄鋼』(1997年、ピューリッツァー賞受賞)、『崩壊』(2005年)、『昨日までの世界』(2012年)、『激動』(2019年)が有名。

『第三のチンパンジー』(1991/54歳)

ダイヤモンド氏、初の一般書である『第三のチンパンジー:ヒトという動物の進化と未来』(1991年)は、人類学、進化生物学、遺伝学、生態学、言語学からの証拠を取り入れながら、ヒトの進化と現代世界との関連性を考察しています。DNAの98%以上が最も近縁の動物であるチンパンジーと共有されているにもかかわらず、ヒトがいかにして他の動物と大きく異なる進化を遂げたかをたどっています。また、言語、芸術、農業、喫煙、薬物使用など、明らかに人間特有の特性の動物的起源についても検証しています。批評家からも好評で、1992年のローヌ・プーラン賞科学書部門とロサンゼルス・タイムズ・ブック賞を受賞しています。

『銃・病原菌・鉄鋼』(1997年/60歳)

彼の2作目であり、最もよく知られたポピュラー科学書『銃・病原菌・鉄鋼』は、なぜユーラシア大陸の人々がアメリカ先住民、オーストラリア人、アフリカ人を征服したり、追い出したりしたのか?という疑問(ニューギニア人のアリという人物からの質問)への回答をテーマの始まりしたもの。


『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(1997年/60歳)

原題は『なぜセックスは楽しいのか』(Why is sex fun?)。同じく1997年に出版。一般的には当然と考えられているが、私たちの近縁の動物では非常に珍しい人間の性の特徴の根底にある進化的要因について論じています。それらの特徴には、長期的なペア関係(結婚)共有の共同テリトリー内での経済的に協力し合うペアの共存母親だけでなく父親による育児の提供、人前ではなくプライベートでセックスをすること、排卵の隠蔽、月経周期のほとんどを包含する女性の性的受容性(不妊の日を含む)、女性の閉経、特徴的な第二次性徴などが含まれています。


参照

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