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パン屋の娘は強いのだ

プロフェッショナルと聞くと誰を、何を思い浮かべるだろう。オリンピック選手、政治家、IT社長。
アタシの結論は、パン屋だ。

パン屋さんほど大変な仕事はない。と思う。
だから父と母のことを心の底から尊敬している。
でも、最近はしばらく口をきいていない。二人が作るパンでここまで成長してきたのに――。

朝4時。母が起きる。その3分後には父を起こす。3分でも長く寝てほしいという母の優しさらしい。3分で何が変わるんだろうか。
「お父さんの寝顔見ると元気でるの」
そんなことも言っていたっけ。

4時半には出勤。といっても2階が自宅で、1階が店舗の我が家は出勤時間はない。まだ、朝日は昇っていない。

そこからは仕込みだ。
真っ白なコック服に着替えて二人はパンと頬を手で叩く。ダジャレでもなんでもない。パンと言う音が厨房に響きわたる。
ゆっくり日が赤みを帯びている。

ミキサーで生地をこねる。こねる。こねる。前日に売れ残ってしまったパンを利用して、サンドウィッチや総菜パンを作る。作る。作る。食べる。
つまみ食いするのはようやく起きてきたアタシだ。
そこから焼き上げ・陳列をする頃にはオープン間近になって、朝日が店のガラス窓に注いでいる。

ポップを作るのは母の仕事だ。独特な丸文字が年齢に似つかわしくない感じでかわいく、絵も上手だ。アタシも一時期手伝っていた。
それが高じて、今は売れないイラストレーターをやっている。

お金がなくてコールセンターでバイトをしているが、この生活が両親と、二人との溝を作った原因だった。

どれだけ書いても、誰にも認めてもらえない。
パンみたいに腐ったり焦げたりしないけど、賞味期限切れなのだろう。

彼氏にも愛想を尽かされた。

パン屋を継げばいい。とは言わない二人。プライドがあるのだろうか。
こっそり応援してくれているのだろうか。
本心すら聞き出せない。

あーサンドイッチが食べたい。
シナシナになったレタスと薄めのハム。もっちりとしたパン生地。

そんなある日。
父が倒れた。ガンらしい。まだ軽度だったけれど入院することになった。
アタシは久しぶりに実家へ帰った。

閉店している店のシャッターに、アタシの書いた二人の似顔絵があった。
もう消えかかっている。
アタシは熱くなった目頭を押さえて、パンと頬を叩いた。



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