見出し画像

もう絶対に嘘つかないでね

「もう絶対に嘘をつかないでね」
「うん……」

バーン。

俺は瞬時にして屍になった。嘘をついてしまったからだ。
嘘をついたら死んでしまう体になったのだ。

翌朝。ベッドで目覚めた。
嘘をついて死んでも蘇る体になったのだ。

嘘と正義は決して成立しない。誰かにとっての嘘は真実だし、誰かにとっての正義は悪だからだ。

「ごめん。味濃かったかも」
「ううん。てゆか、好きだし、濃いの」

バーン。

死んだ。

「来月飲みに行こうな」
「当たり前だろ」

バーン。
粉々になった。

「結婚したら浮気しないでね」
「しない」

ドカーン。
消えてなくなった。

あまたの人間たちが嘘をついて死んでいく中、俺だけが蘇る。
嘘をつく罪悪感と失望が日に日に増していく。
こんな人生なら死んでしまったほうがマシだ。

バーン。
生きているのが幸せに決まっている。

こうやって、嘘をつくたびに哲学めいた発見をしていく俺。
減っていく大人たち。
いや、子供もだいぶ見なくなった。

「たっくんは、嘘ついて死ぬ人じゃないよね」
「……死ぬよ。俺もかかったから」
「いつ発症するか分かんないって言うしね。私も春先からヤバい気がするんだよね」
「喜美子は大丈夫だよ」
「だよね。あたしは嘘をつかないし。そういう大人になるなっていわれてきたし」

ズババン!
喜美子の破裂をもろに受けて、俺も死んだ。

でも、俺は蘇る。

「アタシの友達、みんな死んじゃった」
「そっか」

奈美は今まで出会ったなかで最高の女性だった。気品と色気を兼ね備え、実家も太い。この子を逃す理由はない。

「ねぇ結婚しよ」
「うん」

俺は奈美と結婚した。披露宴は参加者が集まらず中止になり、二人だけでチャペルでの式をすることになった。

どうにか今回は嘘をつかずにいる。
「幸せになろうね」
「ああ」

誓いの言葉。ここで死ぬことは想像がついていた。
どうすればいい。
何も言わなければいいのか。いや、ネットニュースで黙り続けた男が死んだ報道を見た。

神父が微笑む。
「二人の思いが今日ミノリマス。本日はオメデトウゴザイマス」

バーン。
俺は奈美を抱いてチャペルを抜け出していた。

神父ははじけ飛んだ。式場のスタッフもいなくなった。

誰かの幸せは誰にとっての不幸。

翌朝。成田空港のデッキで木端微塵になった奈美を見ながら、俺は苦いコーヒーをすすった。世の中とコーヒーは苦いからイイのかもしれない。

「ミルクはいかがですか?」
「結構です」

ドカン。
俺は大の甘党だ。ブラックコーヒーなんて飲めるはずない。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?