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不条理に抗おうともがく私たちを舞台の魅惑の中へと引きずり込んでいく…★劇評★【舞台=誤解(2018)】

 不条理劇と聞いて拒否反応を示す人は少なくない。それは理解できないもの、実際に起こる可能性の低いものをわざわざ見に行きたくないからだろう。私はこの手の拒否反応が昔から全くなくて、むしろ好んで不条理劇を見ていた方だが、最近少し怖くなってきた。そこで起きる常識で理解できない出来事が怖いのではない。その出来事がちっとも不条理に思えなくなっている自分に対する恐怖だ。それは何も舞台や戯曲の鑑賞歴を重ねているとか演劇の批評家として歳を重ねていることから来る「慣れ」ではない。現実の世界がどんどん不条理になっていることももちろんあるが、人生を積み重ねることによって世の中はむしろ不条理の集合体であるということが分かって来るからである。そんな不条理劇の権化とも言えるアルベール・カミュが「カリギュラ」などの戯曲や「異邦人」などの小説をはじめとした大傑作を生みだした1940年代前半の全盛期に発表した戯曲「誤解」が新国立劇場小劇場で連日上演されている。大地に閉じ込められたような閉塞感と、その突破口としての悪魔の所業、たった一言が言えなかったための宿命の降臨、神の不在と実在など、静謐な中にも鮮烈な光と闇が交錯するその舞台は、観るものの心を裏返しにしてしまうほどの妖しくも哀しい力に満ち、不条理に抗おうともがく私たちを舞台の魅惑の中へと引きずり込んでいく。演出は文学座の若手演出家、稲葉賀恵。翻訳は岩切正一郎。
 舞台「誤解」は10月4~21日に東京・初台の新国立劇滋養小劇場THE PITで上演される。

★舞台「誤解」公式サイト
https://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_011666.html

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