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誰しもが陥る可能性のある深い穴と心の闇に人間というどうしようもなく不埒で愛おしい生きものの生命力という光を当て、物語に力強い説得力を与えることに成功している…★劇評★【舞台=アジアの女(2019)】

 私たちは2011年3月、確かに「世界の終わりの始まり」を見た。誰もが抱いた絶望。しかし、私たちはその絶望と絶望の先に広がる時間や空間の中でも生き抜いていかなければならない。その先に希望があるのかどうかは誰も分からない。再生という耳心地の良い言葉にもきっとたどり着くべきゴールはないのだろう。その過程こそが生きる意味なのだ。災厄に見舞われた人々のそんな心の中のありようを2006年の時点で「アジアの女」という戯曲にしたためた男がいる。それは、劇作家・演出家で俳優の長塚圭史。そのことを彼の「予言」とするのかどうかは観る人の自由だが、この作品が力強いのは長塚の透徹した未来への洞察力が、それぞれの災厄の特異性に左右されない普遍性を引き出しているからだ。その「アジアの女」が満を持して再演されている。しかもヒロインには舞台作品への出演が続き、その演技力に新たな地平を切り開きつつある石原さとみを抜擢。演劇ファンなら思わずにやりの吉田鋼太郎、山内圭哉をはじめ、「京都人の密かな愉しみ」「べしゃり暮らし」などで活躍が目立つ矢本悠馬と、演劇界からすい星のごとく現れた水口早香を擁して作品のスケールをさらに何倍にも広げている。長塚自身は関東大震災の状況を参考にしたと公言しているが、関西の人たちには阪神・淡路大震災を想起させるし、中越、熊本、北海道・厚真とそれぞれの身近で深刻な災害を思い起こさせるだろう。震災ではないが、直近の千葉大停電にも思いをはせる人がいるかもしれない。今回、演出にあたる吉田鋼太郎は誰しもが陥る可能性のある深い穴と心の闇に人間というどうしようもなく不埒で愛おしい生きものの生命力という光を当て、この物語に力強い説得力を与えることに成功している。(写真は舞台「アジアの女」とは関係ありません)
 舞台「アジアの女」は、9月6~29日に東京・渋谷のシアターコクーンで上演される。

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★舞台「アジアの女」公演情報
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