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カウンセリングれぽ(EMDR編)-①

12月X日、わたしは初めてのEMDRを受けることになった。
治療を受ける病院(かかりつけでない別の病院)にはEMDRを希望ということで予約を入れて行ったのだけど、まず初回に簡単な面談を終えて、EMDR適用可の判断が必要とのことだった。
入院時に検討していたこともあって、紹介状も用意していたし、おおよその金額や段取りも聞いていたから、未知の不安というのもなかった。
おまけに(初回の)カウンセラーさんは物腰の柔らかい人で、丁寧に聞き取りをしてくれたから、(自分なりにカウンセリングに向けての準備をしていた面もあったものの)割とすんなり次回へと進むことができた。

といっても、その日(X日)はものすごく希死念慮が強くて、カウンセリングに行く途中に死んでしまっても構わないなぁなんて思っていたし、
でも遺書がないと司法?的には自殺じゃないらしいし、いくらかはある貯金が家族に渡らず国のものになるのもなんだか嫌だなって葛藤し続けていて。
結局はそのとき読んでいた「生まれてこないほうがよかったのか?」という本に書かれていたショーペンハウアーの考えのおかげでちょっとすっきりして、無事病院へたどり着くことができたのだけど、危険性を鑑みて、雑談をしながら気になる個所についてカウンセラーが深掘りしていくというスタイルに変更となった。

だから、EMDRと調べて出てくる、指をクイックイッと動かすのとかはまだ受けてなくて、いまは記憶を探り探り思いだして、不快だったことや抑えつけてる感情を掘り出そうとしている状態。
希死念慮が強いわたしにとっては、このスタイルは結構合っていたらしく、終わった後に「つらくなかったですか」と聞かれたけれど、いろんなおはなしができたってくらいの感触で、ほとんどダメージがなかった。
もちろんトラウマ化している出来事ってのはあるから、そのことを話すときは相当なダメージを覚悟しなければならないし、それこそ暴れることになる可能性も、泣き叫ぶことになる可能性もあるけど、どんなふうになろうともカウンセリングを受けるんだと決意したから。
これを書いてて改めて決意がつよくなる思い。というかそれくらいしか今は他にない。

記憶の探求こそが、希死念慮を撲滅する唯一の道だとおもってる。そうでなければ死ということではないけど、能動的にアプローチしないなら、薬を飲んでいつか治る日というのを待つしかない。
そして、その日自体はおそらく誰にとっても来る可能性は高いけれど、その時まで生きていられるかはわからない。自信もない。

なので長期戦になるだろうEMDRもnoteに記しながら、そしてほかの記事もできるだけ書いて……伝えられることは伝えられるうちに書いておいて、ギリギリの日常を、もう少し続けてみようとおもう。


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