見出し画像

【ショートショート】文京スト-リ-


1999年 東京

 この4月からボク(園田良司23歳)は後楽信用金庫に就職して、新社会人として生活をスタートさせた。
 一見カッコ良く聞こえるけど、本当は就活では、大手、地銀、他の信金も全部落ちたんだ。

それでも明るい希望を持って頑張っていきます!

信金入庫

 本店での研修を終えると、本郷支店への配属が決まった。

 店舗には主に以下の人たちがいた。
村田(48) 支店長
東口(31) パチスロ好きな貴重面セールス
小橋(28) 190センチ 元ラガーマンのトップセールス
平瀬(27) 口数少なめだが面倒見のいい先輩
和歌子(35) ふくよかで心優しいテラー
由美(19) 148センチ ボクと同期入庫 高卒


後楽信金本部

「本郷の6月からの渉外の地区担当ですが」
「ああ」
「東口さん5月いっぱいで退職で、その大横丁地区をどうするか、他のメンバーか今度の新人にやらせるか、いかがいたしましょう」
「そらぁ、新人にやらせればいい。他のメンバーは今の地区を守ってるわけだし」
「はい、ただ重点地区にいきなり新人に任せるのもどうかと。しかも彼、コミュニケーションが頼りないとの噂が」
「新人は皆頼りない。周りがサポートせい! No1の小橋と5の平瀬が難しい顧客を対応するとかさせればいいだろう」
「かしこまりました」

後楽信金 本郷支店

「今日からお世話になります。園田良司です」「林由美です」
「よろしくお願いします」

小橋「よろしく。キミかわいいね。キミ元気だしていこう!」
平瀬「よろしくね。まずは園田クン一緒に回ってもらうから」
和歌子「よろしくね。林さんは私についてね」
小橋「なんか硬いんだよな〜。今年は親しみこめて名前で呼ぶか。良司、由美」
平瀬「小橋さんが女性に親しみ込めるのはちょっとあぶないような」
小橋「あれ平瀬クン。わかちゃった? でも2人同時入庫だしさ、いいんじゃない」
和歌子「賛成です」

こうして名前で呼ばれることになったボクは翌日から平瀬さんについて回ることになった。

移動手段は自転車。前面に大きなカゴがあり、集金バッグを入れ、カバーで上から覆う。後部には大きな缶箱があり、粗品(洗剤、ティッシュ、ラップ、ゴミ袋など)を入れるようにしている。粗品は新聞屋に近い。

 そして同行がはじまり、まず鰹屋に入っていった。

「こんにちは〜」
「こんにちは。あら、後信さんの新入りかい?」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、今月の積立ですね」
「はい、はい。これね」

 平瀬さんが集金のやり方を説明してくれた。
「お金を数えて、集金袋に入れて、リーダーに入力して、お客さんの証書に日付印を押す。それから自分の集金カードにも」
「はい」

 店主がボクに話しかけてきた。
「お兄さんは、ゴルフとかやんの?」
「やらないです」
「あーそう。やると色んな人とコース回れて楽しいからおすすめだよ」
「わかりました」
「来月定期の満期きますけど、更新で大丈夫ですよね」
「解約したら平瀬くん支店長に怒られちゃうでしょ」
「ええ」
「続けるよ」
「ありがとうございますっ!」

 この後、商店街を不動産屋、履物店、自転車店、個人宅等5,6件周り、支店に戻った。

「預かったお金の合計を数えて、リーダーと照合して、間違いなければ、このマシンに入れるんだよ」
「わかりました」

 1ヶ月ほどこのようにOJTが進んだ。

5月某日

支店長 
「残念なお知らせがあります。今月いっぱいで渉外の東口さんが退職されます。大横丁地区は後任を園田さんに担当していただきます」

小橋「おおマジか?平瀬クン。良司クンはまだ厳しくないか?」
平瀬「ええ。そうですね。でも決まりならやるしかないですね」
小橋「彼は数字作れないから、その分俺らのノルマが上がるなぁ。きびしー」

マルタ酒店


 翌日から後任引き継ぎのため、東口さんと一緒に地区を回るようになった。

 支店の前の道路をはさんだ向かいにあるマルタ酒店に入った。

社長(太田廉一郎)「よろしく。君が後任だね」
頭はツルツルだが肌は黒い

「はい。園田良司です。よろしくお願いします」

専務(健二郎)「よろしく。ウチは積立もやってるから」
メガネをかけていて小太り

「よろしくお願いします」

専務夫人(美千代)「良司っていうの?かわいらしい名前ね」
ショートカットで長身

「いやあ。そんな」

専務夫人「良司クンでいいわね」

東口「ここは毎日訪問。当座の集金して」
「はい」

社長「東口クンにはホント世話になったよ」
東口「いえいえ。これから若いのが一生懸命走りますから」

 なにやら、賑やかなところだった。

一週間後

 引継ぎも完了し、ボクはいよいよ一人で回ることになった。

 お昼の直前にマルタ酒店に集金にいくことになっていた。

「こんにちは〜」
「おおう」
社長は機嫌が良さそうだ。
「ほい、今日のはこれだ。今日から一人か?」「はい」

集金が終わると、
「坊主、巨人戦観たいか?」
「えっ?」
「東京ドームだ。金はいらない」
「は、はい」
「そうか。じゃあ明日のナイターとかどうだ?」
「明日?まぁ、大丈夫だと思います」
「よし。決まり。じゃあ、待ち合わせ時間と場所は明日知らせるから」
「わかりました」

 お店を出たところで、一部始終見ていた専務夫人が声かけてきた。

「良司クンちょっと」
「はい」
「ごめんね。ウチね、巨人戦のシーズンチケットを2席持ってるのよ」
「そうなんですか?」
「社長と専務が大の巨人好きでね。ただ二人は兄弟だけどそりが合わないのよ。それで若い人と行きたいの。良かったら専務とも行ってくれる?」
「いいですよ」
「助かるわ〜。去年までは私の息子と行ってたんだけどね、9月に..」
「亡くなったんですか?」
「ちょっと勝手に人の息子を殺さないで! ボストンに留学しちゃったのよ。ウチの店員はみんな40歳以上の職人で適任がいなくて。よろしくね」
「は、はい」

初めての東京ドーム

6月 東京ドーム 阪神戦

社長「ふう、着いた。よし、入るぞ」
「うわー広くて明るい。しかもグランド近い!おお、巨人の選手。本物すげー!」

 ボクは迫力満載の世界に大興奮してしまった。


 そして試合が始まった。

「ビールいかがですか〜?」

 あちこちで売り子が声を上げる。
よく見ると、どの娘もアイドルみたいにかわいくて、見とれてしまう。

 社長が手を上げた。
「こっち、こっち」

「モルツ二つちょうだい」
「1400円です」  
「あいよ」
「お釣り600円でーす、ありがとうございました」
売り子は笑顔いっぱいで、なにかいい気分になった。

「出会いとジャイアンツの勝利を祈って乾杯!」
「乾杯」
ゴクッ ゴクッ

「うまい」                              「うまいですね」                           「いいか坊主、ビールは必ず札で買え。お釣りの小銭もらう時にお嬢の手に触れる感触を黙って楽しむ。それがダンディズムよ」
「さすが社長!」
「当たり前田のクラッカー!」
気を良くした社長はすぐさま2杯目を購入した。

 ゲームは、巨人先発の植原が好投を見せていた。

「植原ってスーパールーキーは君と同期か?」
「はい。一浪したのも一緒で同じ歳です」

 その10秒後に思わずボクは吐いてしまい、飛び跳ねたものが社長のスラックスにかかってしまった。

「うわっ?坊主。なんだよ!」
「す、すいません。ボク酒弱くて」



翌日

菓子折りを持って支店長と小橋さんがマルタにお詫び訪問した。 

社長からは、『気にするな。鍛えがいがあって楽しみ。育て次第で将来大化けするかも。また行こう』と伝言を受けたらしい。

京美人


翌週、今度はヤクルト戦を専務と観に行った。

「オレはね松居。もうちょっと波なければ50本行くと思うんだ。あと100打点いけば、巨人で決まり。横浜、ヤクルト、中日だって怖くない」

「廉一郎は監督をミスターが華があっていいというけど、巨人は常に勝たなきゃいけない。だから俺は富士田にするべきだと思ってんだ。なぁわかるだろ?」
「え、はい」

 冷静で現実的な人のようだ。たしかに社長と専務は一緒に観戦しないほうがいい。


「ビールいかがですか〜」

専務が手を上げた。
「あっ、モルツ2つ」
「いや、一つでお願いします」
「なんで?飲まないの?」専務は目を丸くしていた。
「こないだ社長さんと来た時吐いちゃて」
「んなの大丈夫だよ」
「様子見て、いけそうになったら買います」
「はぁ?」専務は明らかにムッとしていた。

 しばらくして、
「ビール、いかがで すか?」
小さな声が聞こえてきた。

 そこに立っていたのは、肌は青白く、赤いメガネをかけた細目でナチュラルショートボブ風の髪型をした華奢な売り子だった。

「モルツ一つ下さい」
「は、はい。えっと700円です」
 首から名札をぶら下げてひらがなで名前が書かれていた ”みき” と

「あいよ」専務が1000円払うと、
「お釣り300円です」

「お嬢ちゃん、故郷はどこ?」
「えっ? 新潟ですけど」
「コイツと一緒だ。どこだっけ?」ボクの腕をひっぱった。
「僕は村上です」

「私は長岡です」
「あんまり近くないですね」
「でも花火行ったことあります!」
「えっ? いつですか?」
「小学校の頃に」
「.....」

専務がさらに細かく聞き出した。
「みきって漢字でどう書く?」
「美しい、と、紀元前の紀です」
「何年?」
「大学三年生です」
「彼氏は?」
「いません」
「いたらどこいきたい?」
「えっ、その、ディズニーシーとか」
「ああ、僕もディズニーランド行きたいです!」
「あの、ランドは行ったことあって、シーに行きたくて」
「えっ? すいません」
「ありがとうございました」

 売り子の美紀さんが去ると専務が、
「なんだか、泡少ないしビールこぼしたし、手も冷たかったなぁ。みにくいアヒルの子、いやそんなこといっちゃいけない、京美人、平安美人と行ったところか。お前ああいうのがいいのか?」
「そ、そんなんじゃありません!」
その通りだった。

 それからボクは毎週のように、社長、専務と交代で、野球観戦が続いた。
巨人が勝てば一緒にはしゃぎ喜び、負けたら、黙って帰ることもあった。

ボクは「飲みたい気分になったら」といって、ビールを一緒に買わずに、近くに売りに来た美紀さんから必ず買うようにした。会話は毎回一言、二言程度だったけど、それが楽しかった。

買うのはイニングが1回のときもあれば、3回、5回、6回、8回もありまちまちだった。

 社長も専務も最初は怪訝そうだったが、次第に自由に買わせてくれた。

 社長は美紀さんを「江戸美人だ!」と形容していた。兄弟揃ってよくわからないが、和風とか古風という意味かなと解釈するようにした。

そうして7,8月と過ぎていった。

ある日 後楽信金本郷支店

小橋「平瀬くん、良司くんがマルタの社長と専務と巨人戦観に行ってるのはいいけど、なんか一緒にビール飲まずに、自分のペースで売り子から買ってるらしいんだ」
平瀬「それはまずいですね。印象悪くなる」
小橋「だろ?お客さんの接待で気持ちよくなってもらうのに、一緒に飲まないとは、一回ガツンと言ってやろうか」
和歌子「あら、小橋さん。専務の奥さんに聞いたら、ビールを買うタイミングだけはこだわりがあるようだけど、あとは社長にも専務にも話は聞くし、反発もしないから、すごく気に入られているって言ってたわ。小橋さんや平瀬さんが断ったのを彼は行ってるのだから、言えないんじゃないかしら」
小橋「そうですね。失礼しました」

暴行未遂?


9月某日 横浜戦

 この日は専務と一緒だった。ボクがいつも美紀さんからビールを買うのを観ていた専務は思うところがあったようで、
専務「来シーズンはバイトを辞めて、いなくなるかもしれん。何もしないで後悔するよりも当たって砕けたほうが諦めもついて、次にいける。やるならちゃんと相手の目を見て自分の気持ちをしっかり伝えろ。場合によってはギュッと抱きしめたっていい」
「なるほど!やってみます」

 ゲームが終盤になり、控え室に戻ろうとした美紀さんを走って追いかけた。

「あっ、良司さん。今日のビールはおしまいですよ」

「美紀さん、あの、ボク、お付き合いし...」

ドカッツ!!

 告白と同時にバグを試みようと両肩を掴んだ瞬間、美紀さんが左足を滑らせ後ろに豪快に転んでしまった。

 幸い背負ってたサーバータンクから落ちたのでケガはなかったが、あまりの衝撃に大声で泣き出してしまった。

「うわ〜。なんでこんな目にあわなきゃいけないの。うぇぇぇん」

 ボクはパニックになり、あたふたしてるだけだった。

 そこへ騒ぎに気づいた私服警官二人がきた。

「オイ、ちょっと署まで同行願おうか」
「まぁ、お待ちなさんな」専務が来た。
「コイツはオレの甥でね、この娘のファンでいつもビール買ってんだ、なぁお嬢ちゃん」 

「は、はい」
「今日は改めてご挨拶しようとしたら、力んじゃって、足を滑らせ転ばせてしまったんだ。わざとじゃない!」
「そんなの作り話だ」
「本当だよな。良司」 
「はい」ボクは逮捕されるかもしれない状況に青ざめていた。

「お兄さん達、9月半ばになったとはいえ、まだ暑い。今日の番終わって、家に冷たいビールはあんのかい?」
「あー? 発泡酒しかねぇよ。余計なお世話。ったく」
「そいつは気の毒だねぇ。こんなに人様の為に尽くしてるってのに」

「これ、もってきな」
専務はセカンドバッグからビール券を5000円分づつ取り出し、茶封筒に入れ二人の私服警官に持たせた。
「ちっ、今日だけだぞ」 二人は消えていった。
 美紀さんもトボトボと控室に戻って行った。
一瞬の出来事に、ボクは声をかけられなかった。

 専務によってボクはなんとか事なきを得た。



 だが、翌日から美紀さんはドームに来なくなってしまった。


 自分のした事の重大さに、ボクはすっかり落ち込んでいた。

世紀末の小合併

 ミレニアムを数ヶ月後に控え、世の中は変化しつつあった。
 ボクの勤務先も例外ではなく、10月1日合併し後楽台東信用金庫になった。

理事長
「来たる21世紀に向けてエリアを広げ、サービス向上を図り、新規開拓に力を入れて、競争力を上げていく。集金だけの渉外はもういらないのであります!」

 合併に伴い、従業員に新しいピンバッジが配布された。両方のイニシャルからKTというマークでエメラルドグリーン、やっつけでデザインした感否めない。

小橋「なんだよこれ。ダサいね。つけるのも恥ずかしい」
平瀬「でも箱は指輪ケースみたいですね」                小橋「ムダに立派やね」                             ボク「.....」


 セリーグはこの年、開幕ダッシュで連勝記録を作った中日が勢いそのままで優勝し、巨人は2位に沈んだ。

 昭和のオヤジである社長、専務ともに拗ねてしまい、以降のドーム行きを拒否、自宅観戦を宣言した。

クライマックスは突然に

 ボクはこの日の晩に、初めて一人で東京ドームに行ってみた。

 チケットは外野席(ライトスタンド)を購入した。ボクにとって初めての自腹。

「へぇ遠いけど良く見えるなぁ」この日は広島戦だった。

 巨人は優勝を逃し、そのせいでスタンドはガラガラだった。

それでもボクはどこかすがすがしかった。

 この日は売り子からはビールではなく、コーラを買った。


 試合が終盤に差し掛かり、突然後方から女性の声がした。
「すみません、隣、空いてますか」
「ええ、どうぞ」

 現れたのはベージュ花柄のワンピース、茶色ローゲージニット、黒のブーツ、ピンクのショルダーバッグを身につけた女性であった。

「美紀さん⁈ えっ、なんで?」
ビール売り子姿と違い、気づくのに10秒くらいかかってしまった。

「今まではビール売りながらだったから、じっくり試合を一度最後の記念に見ようと思って。まさか外野席で良司さんにまた会えるなんて嬉しいです」

「ボクももう会えないと思ってたから、スゴい嬉しいです」

「今日はおじさんはいないの?」 
「ああ、中日に優勝されて、不貞腐れてもう行かないって」
「そうだったのね。それで良司さんネット裏に行かなかったのね」
「うん。チケット買うと高いから今日は外野にしたんだよ」

 先日、最後の売り子の日の話題になった。

「もともとあの日が契約最終日だったの。4年になったらバイトする暇ないし。良司さんに伝えなきゃと思ったけど出来なかった。ごめんなさい」
「こちらこそ倒してしまって本当ごめんなさい」

「私ね、中学、高校、大学と女子校で、男子と接点なくて、親からもこのままじゃ社会に出たら苦労するぞって。一年限定でバイトすることにしたの。そしたら、ここは周りの子はすごく可愛くて、笑顔もいいし、ビールも丁寧にに注げるし、おじさんの冗談にも人懐っこく対応できてる人はがりで、私だけ全然ダメで、売上もいつもビリだったの。
それが良司さんがいつも私から買ってくれるようになって、段々上手に対応できるようになってお客さんの飲むペースや試合の残りの回数を計算しながら接客できて、最後は上位の売上になったの。最初は一日30杯だったのが、最後は180杯売れて、それだけじゃない、明るく人に接することができるようになった。だから本当に感謝してるの」 美紀さんは笑顔で話した。
「そうだったんだ。マジですごい!よく頑張ってたね。言われてみれば確かに途中からジャイアンツカラーのリボンをつけたりして、オシャレだったね」

 ボクは急に思いついた。

「あっ、美紀さんにあげたいものがあるんだ」
「え〜、何かしら?」

カバンからスケッチブック出して画用紙を一枚切って渡した。ビール売り子の美紀さんの似顔絵をパステルカラーで描いたものだ。

「すご〜い。私の写真ないのに上手、素敵!どうやって描いたの?」 
「想像して、思い出しながら」
「ありがとう。お部屋に飾るわ」

「そういえばこないだぶつかった時、私に何か言いかけたのは何だったの?」
「えっと、あの〜、その〜」

 10数秒悩んだあげく、僕はふと昼間の小橋さんと平瀬さんの会話を思い出し、カバンから小さな箱を取り出し、
コンクリートに片膝つき、指輪ケースをあけ、美紀さんに向け差し出した。


「大好きです。ボクとお付き合いしてください」


「えーっ⁈ 」 

これはいったい?何かアクセサリーかな。まいっいっか。

美紀さんは肩を震わせて、

「私、男の人とお付き合いしたことも、そういうことしたこともないんですけど、いいんですか?」


「もちろん。僕も大してないから。ほら、ディズニーラン、じゃなかった、シーも一緒に行こう!長岡の花火もね」ボクの精一杯の笑顔で話した。


大きくうなずき、

「よろしくお願いしますぅ」
口を左手で覆い、とたんに両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


すると、

トントントントントントントントントントントントン!!

球場中からメガホン大きな拍手が地響きの如く鳴り響いた。

ちょうどイニング間だった為、二人の様子が、大型スクリーンに映し出されて、球場の観客だけでなく、テレビ観てた全国のお茶の間にまで届いてしまった。

実況 「おおっと、プロポーズ作戦大成功のようです。本木や喜世原も笑ってます。こういう光景もいいですね、中旗さん」
中旗「いいですけど、最後までしっかりジャイアンツも応援してもらいたいですね!」
実況「........ さて、ゲームに戻ります」

試合は8回終わって1-8で広島がリードしていた。

マルタ社長自宅
 焼酎を呑みながらテレビ中継を観ていた社長はびっくりして椅子から転げ落ちていた。
「坊主、やりやがった。アッパレだ。だからオレの言ったとおり大化けしたんだ」
「おい、邦子、英寿司を日曜日の昼に4名予約しろ!祝いだ!」

専務自宅
 ちょうど夫人(美千代)が食事の皿を片づけていたときで、専務をトイレに呼びに行った。「あなた、あなた、大変よ」「何ぃ。まだうんこ出し切ってないのに〜」

「良司くんがドームでプロボーズして成功したのよ!」
「え、すげ〜。なんでわかった?」
「大型スクリーンで流されたのよ」
「でも彼は社会人一年目、お嬢はまだ学生だぜ」
「ウチらのころと今の若い子は違うの。ビビビ婚ってあるのよ!」
「はぁ? なんだそりゃ」

スーパールーキー?

翌日 後楽台東信金
昨夜の件で僕は入庫以来初めての同僚から英雄扱いを受けた。

小橋「良司クン良くやった!」
平瀬「逆転満塁ホームランだよ」
由美「良司さん、めっちゃカッコ良かったですぅ」
和歌子「で、彼女になんて言ったの?」
「大好きです。お付き合いしてくださいって言いました」
平瀬「たったそれだけ?」
和歌子「プロポーズで指輪あげてたのは?」
「昨日会社でもらったヤツです」
支店長「はぁ? 社章を他人にあげる馬鹿いるか。今日中に取り返してこい!!」
小橋「どこまでも良司クンらしいなぁ」
ハッハッハッ!!

当然、マルタの社長による英寿司のお祝いも中止になった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 こうして僕たちはお付き合いすることになった。


 その後、美紀は大学を卒業し、学芸員として上野の博物館で働くことに。


 それから2年後、僕たちは家族になった。結婚式は東京ドームホテルで行った。


 さらに1年後の春、

「見て、おなかがぷくっーて」
「すごいのびるね。やんちゃだね」
「男の子か、女の子か、産まれてからのお楽しみだね」
「ねぇ、良ちゃん、男の子だったら将来何させたい?」
「うーん。野球かな、ジャイアンツの選手に」
「良ちゃんて昔野球やってたっけ?」
「やってないよ」
「パパ未経験でママ運動音痴じゃ厳しいかもね」
「たしかに」

「じゃあ女の子なら?」
「そーねぇ。ドームでビールの売り子かな」
「それバイトじゃん。しかも私のこと馬鹿にしてるの?」
「してないよ。たって美紀がビールの売り子やってなかったら、ボクたちもこの子も家族になってなかったでしょ」
「そうだね。じゃあ女の子なら、大学生になったらビールの売り子やってもらおうね」

すると、またおなかがぷく〜っとうごいた。


おわり





この記事が参加している募集

スキしてみて

よろしければサポートをお願いいたします!!! 費用は活動費に充てさせていただきます。