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戻れるかな タイムマシンのように〜『だから私は推しました』

良作連発のNHKよるドラ枠。7月クールに放送された「だから私は推しました」も例に漏れずの傑作だった。他人からの”いいね”とキラキラした生活を求めるOL・遠藤愛(桜井ユキ)が、自分に自信のない地下アイドル・遠藤ハナ(白石望)と出会い、オタク沼へと足を踏み入れる、、というあらすじ。昨今のNHKらしい、ニッチなテーマをかましてやろうという心意気が伺える。

物語は愛が刑事から取り調べされる中で回想として描かれており、物々しい雰囲気で進行していくから、最初は面食らった。もっと「トクサツガガガ」的な、面白おかしいタッチだと勝手に思い込んでいたので。取り調べられてる事件は、"愛が誰かを突き落とした"というもの。「だから私は”押し”ました」って、、そういうこと~?!みたいな不安を否応なしに煽ってくる。

このドラマを暗闇へとギシギシ駆動させているのが、承認欲求と共依存、この2つのワード。第2話で登場したハナにストーカーのように付きまとい恋人面する瓜田(笠原秀幸)の存在が極めてリアルに見えるのがこの世界の恐ろしい部分で。アイドル達の貧困、特典会レギュレーション変更、投票制の出演権獲得、、細部に至るまでアイドル現場の危ういバランスが描かれてある。

とはいえ、愛が回想で語る"オタクに目覚めていくストーリー"は実に楽しげである。SNSが更新される度に即座に反応し、配信番組をつぶさにチェックし、ライブではその所作の変化にドキドキする。僕はオタクと言えるほど密接な関係を築いて、貢げていないけれど好きな女性アイドルが何人かはいるから、あの何とも言えない高揚感の芽生えをテレビ越しに追体験できた。

しかし、回想パートも中盤からは徐々に不穏な空気を呈し始める。ハナの所属するグループ、サニーサイドアップのメンバー間での衝突、ファン同士の代理抗争、そしてハナの過去にまつわる嘘、様々な要素が空気を淀ませていく。綺麗事ばかりではないこと明け透けにぶちまけて、絶望の深淵を覗かせながら、諸行無常のポップカルチャーの宿命を突きつけているようだった。

だいたい そうだ ホントに そうだ すべてがうまく行くわけない
だいたい そうだ なるべく そうだ 後悔だけはしたくはないのです  
大きな声で 歌えば届くかと
出来るだけ 歌うんだ 
  ーフジファブリック「タイムマシン」より

サニサイのリーダー・花梨(松田るか)が、フジファブリックの「タイムマシン」をアコギで弾き語るシーンが5話で登場した。過ぎ去った日々を思い、変わらないものはないこと、時間は戻らないことに後悔を募らせながら、それでもなお"届けたい”と歌う。この隠れた名曲の引用は、もし良い方向に進んだとしてもずっと同じままではいられないオタクとアイドルの運命を示唆しているようで、心が震えた。

悲劇的な終盤。しかし最終回。明かされた"転落事件"の真相が、叙述ミステリーとして光と影を鮮やかに反転させていく。愛を贈ること、愛を受け止めること、ただそれだけのことが日々に輝きをもたらしていく、オタク文化の根底に流れる無尽蔵なエネルギーを肯定してくれた。ラストシーンの1枚の写真は、戻れない時間を進めることで取り戻す美しさを教えてくれていた。

何者かでありたい人間、それを支えて夢中になりたい人間、金銭で結びつく特異な"親密性"が、エンタメ市場で危ういバランスを保ちながらビジネスとして成立していること。それ自体を異常な目で観る者がいることは仕方ないのだろう。しかし「推し」という、言語化しづらい概念を理解した僕たちは、その尊さに常にひれ伏す。熱愛が発覚しようが、芸能界を引退しようが、この世から姿を消そうが、決して褪せない思念が残り続ける。そんなことを強く思わせてくれるドラマだった。さぁ、今日も推しのいる生活を生きよう。

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