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はじめてパンを焼く

長年、パンを焼くのは「きちんとした人」だと思っていた。分量をきちんと量れる人、小麦粉だらけになったキッチンの収拾をつけられる人(小麦粉の袋、絶対閉めるときにばふって粉が舞いませんか?)という「きちんと」だけではなく、自分の生活を「きちんと」営める人、あるいはパン作りという行為そのものを愛している人。

なんというか、パン作りはおしゃれな雑誌に載っているもので、私に手の届くものではなかったのだ。そう思って長いこと敬遠していたのだが、ある日ふとパンを焼いてみることにした。

「かわいい」んなら焼いてみたい:『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』

きっかけは、キャスリーン・フリン『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』。Kindle Unlimitedで読める。

邦題は料理ができない女性を「ダメ女」と断ずる荒さがあるけれど、内容は面白いし翻訳も読みやすい。

料理が苦手、というかキッチンに立つことすら苦痛だという受講生向けに著者が料理教室を開催するノンフィクション。包丁の握り方もおぼつかない人たちが対象なのだが、数回目の授業でいきなり「丸鶏をさばく」というカリキュラムがぶち込まれており、アメリカのスケールのでかさというか料理における感覚の違いが面白い本だ。

読みどころはたくさんあるのだが、その中にパンを作る回があり、受講者が生地をこねながら「(パン生地)かわいい」と連発する描写が印象に残っていた。おしゃれな生活は送れないけれど、そんなに「かわいい」んなら私もこねてみたい。

まあ、あとは昨今のいろんな値上げラッシュにもれなくパンも含まれることも大きな理由ではある……100円で買えるパン、今や貴重。

実際に参照したレシピ:『容器ひとつで! 冷蔵庫で作りおきパン 切りっぱなしでカンタン』

こうして、私は何かを愛でたい気持ちと経済的危機感からパンを焼くことにした。実際にレシピを参照したのは、『容器ひとつで! 冷蔵庫で作りおきパン 切りっぱなしでカンタン』だ。こちらもUnlimitedで読める。

この本で紹介されているレシピは、保存容器の中で直接材料を混ぜて発酵させるという、パン作りのめんどさを最小限に抑えるコンセプトのもの。
しかも5日ほど冷蔵できるとのことで、「生地をこねる場所がない」とか「たくさん作っても食べきれない」みたいな言い訳を一つ一つ潰してくれる素晴らしい本だ。

強力粉とドライイーストを買い、早速作ってみた。最初なのでやや手間取り、手が生地でべちゃべちゃになって途方に暮れたが、バターを入れてこねるといい香りになって生地への愛情が芽生えてきた。

でかめのタッパーに材料をまぜて生地を作り、このまま発酵する
(映えもなにもなくすみません)

冷蔵庫に入れて一晩おき、翌日の朝見てみると、生地は前夜より明らかに膨らんでおり、ヘラで切ろうとすると「ぷしゅう」と空気が抜ける。ドライイースト、完膚なきまでに乾燥した粉だったのにきちんと活動していてすごい。ここでもイーストへの愛おしさが増す。

魚焼きグリルに生地を入れて5分ほど焼く。焼き上がりはまさにパンのかわいさの最高到達地点だ。白くてべちょべちょした塊が、ふっくらぱりりとした温かい食べものになる。割るとしっとりしていて、ちょっとハイジの白パンっぽかった(ところで「ハイジの白パン」ってすごい固有名詞っぽいのに一般名詞化しているのでいつも不思議だ)。かじるとほんのり甘く、「焼き立て」というステータスは素人パンでもスーパーのパンを超えるポテンシャルを与えるものだと実感する。

魚焼きグリルで焼くと速いがすぐ焦げる

パン、かわいい

身もふたもないけれど、パンはかわいい。全行程でかわいい。べちゃべちゃがふわふわの塊になる過程を追える楽しさに目覚めてしまった。米を炊くような手軽さで作れるのもありがたい。

分量をまあまあちゃんと量るとか、そういう「きちんと」はパンも求めるけれど、あいまいな「きちんと」——「きちんと」した生活は、同じ言葉でもほとんど幻想だ。そういうものがなくたって、パンは所定の手続きを踏めば応えてくれる。普段と違うことをすると、自分の勝手に作った壁がぐらついてよいですね。

まだまだ生地はあるのでどこどこ焼けるのだが、つい次の生地のことを考えてしまう。あこがれのレーズンパンにも挑戦したいし、『冷蔵庫で作りおきパン』に載ってたフライドオニオンとちくわも謎な取り合わせだが気になるし。1kgの強力粉が無くなるまで、パン熱はしばらく続く。


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