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「スムーズ」なものを包含した建築批評から「ザラっとした」質感へ─『新建築』2018年5月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!


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評者:連勇太朗(モクチン企画
目次
●「アトリウム的」と「屋外装置」
●「シティホール」,「ガレリア」,「アトリウム」,「テラス」
●「かっこよさ」のさまざまなかたち
●「スムーズ」なものを包含した建築批評から「ザラっとした」質感へ


この月評が対談形式なのは編集部のリクエストによるものですが,自分だけで書いてみたいという思いもあり,わがままを言って折り返し地点である今回と最終回を単独執筆にさせてもらいました.

「アトリウム的」と「屋外装置」

さて,5月号は大規模な公共建築・商業建築から,馬場正尊氏の言葉を借りれば小さな工作的建築までスケールの振幅があり,月評で扱うには多様すぎるそのラインアップに一瞬,目眩がしました.しかし,ひとつずつ丁寧に見ていくと,プロジェクトの背後に流れるムードというか,気分みたいなものに,ある共通するものを感じたので(うまく表現できるか分かりませんが),それを言葉にしてみたいと思います.
大規模商業建築と小さな工作的建築は,対局にあるように見えて,実は,高尚な「理念」や「思想」に基づいてつくられているというよりも,消費者や利用者の「欲望」に誠実に向き合ってつくられているという点で,実は連続的なものではないかと思います(もちろんどれだけ自覚的かという臨界において批評や思想が発生するわけですが).そして,そうした欲望を汲み取る空間装置として,建築の内側で人を集めて流すことで人びとの一体感や高揚感を創出する「アトリウム的」なるものと,外部空間の豊かさを享受するためのテラスやベンチといった「屋外装置」なるものの2種類の建築エレメントが空間装置として,その存在感が増しているのだと感じました.


「シティホール」,「ガレリア」,「アトリウム」,「テラス」

長崎県庁舎の「シティホール」は,4層の複雑な形をした吹き抜けであり,市民に開かれたプログラムが周りに配置され,それを階段やスロープが緩やかに繋ぐことで,集落のスケール感を持った県庁舎となっています.コンクリートの荒っぽい素材感や,時折垣間見える海や街の風景が,シティホールに半外部的な空間的質を与え,市民と行政が連関するちょうどよい距離感を生み出しているのではないかと想像しました.

長崎県庁舎|日建設計・松林建築設計事務所・池田設計
撮影:新建築社写真部

チャンギ空港 第4ターミナルビルの「ガレリア」は,プロジェクトの大きな見せ場です.出国する人と入国する人が吹き抜けを介して空間を共有し,グローバルな水準で一体感が感じられるように空間が演出されていてワクワクしました.電子化によって,空間そのものがシームレスに設計可能になった現代においても,こうした空間を求め高揚してしまう(ひとりの人間として持ってしまう)心理的動きは馬鹿にできないものです.

チャンギ空港 第4ターミナルビル
竹中工務店 Benoy SAA Architects
撮影:新建築社写真部

東京ミッドタウン日比谷の「アトリウム」は,日比谷の歴史を踏襲しながら,東京の新しい高級感とライフスタイルを演出する場になっています.日比谷ステップ広場や日比谷シャンテを含めて,周辺環境の回遊性を向上させる動線計画はよく練られており,場所ごとに視線や動線が連動し,場の一体感を高めています.各エリアの空間的演出も洗練されており都市の成熟を感じるプロジェクトではないでしょうか?

東京ミッドタウン日比谷
マスターデザインアーキクテト:ホプキンス・アーキテクツ 
基本設計:日建設計(都市計画・デザイン監修) 
実施設計:KAJIMA DESIGN
撮影:新建築社写真部

日比谷シャンテ|竹中工務店 
撮影:新建築社写真部

周南市立徳山駅前図書館においては,3層を立体的に繋ぐ吹き抜け空間がコアとなり,今後の市民活動をサポートしていく場として期待されています.

周南市立徳山駅前図書館|内藤廣建築設計事務所
撮影:新建築社写真部

また,水平に伸びる「テラス」が,これから完成する駅前広場や内部のプログラムと連動しながら,どのような賑わいを生み出していくのか注視していきたいと思います.


「かっこよさ」のさまざまなかたち

周南市立徳山駅前図書館をはじめ,最近,多くのプロジェクトにおいて,テラス,広場,デッキ,ベンチといったものが重要なキーエレメントになっているということを感じます.
日本人は外部空間で過ごすスキルが他国に比べて低いと思っていましたが,近頃は日本人の外部空間に対する成熟度も変わってきたようです.「アウトドアで楽しく過ごしたい」「外でみんなと集まりたい」という素朴な感覚や欲求が少しずつ育ってきているのかもしれません.泊まれる公園 INN THE PARKLIVE+RALLY PARK.ではそうした思いを実現する小規模な工作的ツールがたくさん発明されています.

泊まれる公園 INN THE PARK
Open A/馬場正尊+大橋一隆+伊藤靖治+三箇山泰
撮影:新建築社写真部

球体状のテント,移動式屋台,屋外ダイニング,仮設屋台,移動式ベンチなどのデバイスには,外部空間を徹底的に使い倒すためのさまざまな知恵の蓄積が詰まったものです.こうした軽やかな空間デバイスを武器にして私たちはもっと都市を自分の庭のように楽しむことができるのかもしれません.原初的アクションや空間的ジェスチャーは,建築論壇にて工作的建築を標榜する馬場氏が手掛けたプロジェクトはもちろんのこと,元浅草の事務所等々力の小さなシェアオフィスからも同じ態度を読み取ることができます.

元浅草の事務所|松本悠介建築設計事務所
撮影:新建築社写真部

等々力の小さなシェアオフィス|今村水紀+篠原勲/miCo.
撮影:新建築社写真部

こうした,ひとりのユーザーの素朴な感覚や思いから構築されるプロジェクトは,「都市的生活を楽しみたい」という冒頭で触れた商業建築や大規模建築に大切にする感覚と,そこまで遠いものではない気がします.どのプロジェクトも都市で暮らすことの「かっこよさ」や「楽しさ」を肯定しているプロジェクトたちです.その感覚はもちろん人によっても違うし,時代によっても違うのだろうけど,都市と人を結び付ける重要な感覚なのではないかと思いました.5月号には,そうした「かっこよさ」がさまざまなかたちで示されていますが,それはひとりの生活者の中で分断されているものではなく,シームレスに繋がっています.事実,私は路地に面した事務所で普段仕事をしながら,週末には大規模商業コンプレックスで映画を見たり買い物をしたりします.そうした行為は私の中で分断しているものではなく,連続的なものです.


「スムーズ」なものを包含した建築批評から「ザラっとした」質感へ

「素朴な感覚」や「欲求」みたいなものに即してつくられる建築は肯定されるべきですが,一方で的確にそうした状況を理解・批評する言葉が私の中に確固としてないことに,少しフラストレーションを感じてしまいます…….
前回の月評校了後に,千鳥文化を訪れました.今回の5月号の掲載作品は総じて「スムーズ」な印象を私に与えました.

千鳥文化|ドットアーキテクツ
撮影:新建築社写真部

それはプロジェクトが求められる背景が理解でき,設計意図も十分に読み取ることができ,さらに質の高いアウトプットが実現しているという意味で滑らかなのです.しかし,千鳥文化にはそうしたものとは違うザラっとした質感がありました.それは物質的なテクスチャーのことではなく,どちらかと言えばプロジェクトの背景を含めた全体から感じた印象です.4月号の誌面だけでは十分に読み取ることができませんでしたが,千鳥文化における既存に対する解像度は異常なほどに高く,過度なまでにあらゆるものが「保存」されている状況を目撃しました.文化財を保存するような手法を価値も何もない建築に対してdot architectsは行っているのです.そしてそれは経済的にも,意匠的にも,プログラム的に考えても「勘定」が合わないことだということも指摘したいと思います.執拗なほどに既存が残されていることの,この「異常さ」がそうしたザラっとした違和感を私に覚えさせたのでしょう.こうした感覚は,そのまま5月号冒頭の石上純也氏の展覧会(石上純也──FREEING ARCHITECTURE)に横スベリします.勘定が合わないほどの,異常さや執拗さが,私たちに「自由」を与えてくれるのでしょうか.これから実際に実現していく石上氏のプロジェクトの完成が,とても楽しみです.

私は,建築の批評は「スムーズ」なものを包含したかたちで再構築されるべきだと思っています.それは大衆的なものや市場の力学と結びついているからで,それが現代における批評を有効にしてくれます.そして,そうした枠組みから出発して,このザラっとしたプロジェクトたちを再び愛することはできないでしょうか.現状,私の中でも,世の中の言葉も,残念ながらこのふたつは乖離したままなのです.



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