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建築と建築家の関係(漸進,多人格性,都市的な同時存在性...)─『新建築』2018年8月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!
(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)


評者:中山英之


漸進的に思考し続ける建築─ミナガワビレッジ

まず惹かれたのはミナガワビレッジの記事でした.
巻末データシートで再生建築に関連する法整備に対する所見に触れるなど,隅々にまで建築家の思想や意思が行き渡っていて読ませます.にしても,既存不適格の建物を確認申請回避のまま使い続けるリノベーションの話はよく聞きますが,違法状態だった建築のリノベーションによる検査済証の取得,というのはよくあるケースなのでしょうか.
僕はそうした事情に明るくないのですが,ここでは増築が繰り返された結果「一敷地複数建物」状態だった既存を,フットプリントはそのままに軒の延長による屋根の部分重複で1棟扱いとするなど,発明的な法解釈が随所に見られて膝を打ちます.

ミナガワビレッジ|神本豊秋+再生建築研究所

敷地の南西側に元オーナーによる手づくりの富士塚(築山)と書庫があり,それを囲むかたちで建てられた4棟の建物の改修および増築.年月を経て既存不適格状態になっていた建物群を,現行法規適合を目指し是正を行った.

結果として,家々の間を歩き回る越境的な感覚や,2階の窓から隣の家に飛び移るような体験など,新築では起こり得ない設計の多人格性や時間の重層性があちこち引き起こされる.さらにそれらの事件を,長屋型共同住宅に共用部を(店舗扱いとして)複合させるというこれまた創造的な法解釈によって,魅力的な職住商近接のシナリオへと展開させてしまう.

いったいぜんたいこの建築家とその設計チームとはどんな職能集団なのでしょうか.
加えて,記憶や人の気持ちのようなものに向き合おうとする姿勢と,風環境の解析によるパッシブな通風や断熱性能指標の明確化など,資産としての建築に応えようとする姿勢がどちらも等しく現れていて,クライアントはきっと幸福に違いないと感じ入っていると,ちゃんとコメントがあってそう書いてありました.

もうひとつ.
冒頭,データシート中で現行法への批評に触れていることを書きましたが,よく見ると面積や構造形式と並んで,計画の利用案内や連絡先まで併記されていて,この建築家の考える建築家像というものが,「作品とその作家」という関係とは少しだけ別の場所にありそうだということにも興味を覚えました.
計画が保存を含み,また分棟的な佇まいであることも手伝っているとは思いますが,建築そのものが設計者の論理を強く体現する存在になっているというよりは,現状に至るまでの判断の束を随時入力しながら,漸進的に思考し続ける深層学習的な頭脳のイメージが浮かんでくるようです.



付加価値性の問題

HYPERMIX 超混在都市単位|北山恒+工藤徹 / architecture WORKSHOP

地下1階から地上2階は,カフェやジムなどのコミュニティビジネスが入る通りに開いた空間.中間免震層を介した3〜8階に居住ユニットとオフィスが入る.建物全体の管理運営を,オーナーと設計者が共同で会社を立ち上げ行なっている.上層部の賃料を下げて価格競争力を上げ,低層部はコミュニティビジネスで地域との接点をつくり,建物全体のサービス性を高めている.

まったくスケールは異なりますが,HYPERMIXミナガワビレッジは驚くほど符合点の多いプロジェクトです.

オーナーと設計事務所が運営面においてもパートナーシップを結んでいること.
プログラムが職住商の混在モデルと,その先にあるコモンズの形成を志向していること.
個人や家族,会社や商店といった属性の違いと,建築の空間文節言語が一致しない状況をつくり出していること.
結果的に,界壁のような建築エレメントが,入居者相互のコミュニケーションに置換することで大胆に省略されていること.
容積率を使い切らないなど,短期の資金回収に寄らず,初期投資やメンテナンス経費の軽減による持続的なコミュニティ形成に照準を合わせていること.
掲載時点で多くが暫定状態であり,そのことが冗長性として計画の内に織り込み済みであること.
そして何より,建築家と建築の関係に,ある種の多人格性が許容されている雰囲気を纏っていること.

なぜそのことが気になるのか.
台湾出張と掲載のタイミングが重なる偶然があって,外観とロビーだけですが富富話合を見ることができました.

富富話合|平田晃久建築設計事務所 昌瑜建築師事務所

台北市街に建つ地上12階建ての分譲集合住宅.斜線制限をかわしながらセットバックさせることにより,すべての住戸が大きなテラスを持つ.3mグリッドで配されたテラスには勾配を持つ屋根がかかる.場所ごとに屋根を傾ける方向を変えることにより変化をつけつつ,雨水を分散させる.

斜線制限によるセットバックを,その表層を雨水がまんべんなく伝い,バルコニーやそこに佇む人や植物を潤しながら流れ落ちる段丘に見立てる構成は,想像よりもひとまわりコンパクトなスケール感と相まって,的を射たものに思われました.
同じアジア圏とはいえ,不動産や建設にまつわる文化慣習が異なる場所での仕事であることを推し量っても,作家とその表現が強固に一致した建築を実現させることに費やされたエネルギーは想像を超えるものであったに違いありません.

けれどもどこか釈然としない.
建築家のポートレートが飾られ,特別あつらえの照明が灯されたロビーにいると,それがどこまで行っても「デザイナーズ物件」であることを否応なしに突き付られる.建築家の存在が「付加価値」的な評価の内に閉じ込められているような気配に息が詰まる.当然建築家はそんなこと百も承知で,それでも課せられた使命を全うしているのだから,これはきっと建築への批評にはなり得ません.
けれども,特に分譲集合住宅のような分野では,建築家がその名前において作品性を研ぎ澄ますほど,それが単純な付加価値性に紐づけられた瞬間,枷になる.この作用とはどこかで,根本的な決別が図られなければならないのではないか.


たとえば誤解を恐れずに書くなら,パークコート赤坂檜町ザ タワーパークコート青山ザ タワーに添えられた建築家によるテキストが,そのような言葉が額面通りに受容される社会が現に存在することをもって肯定されるのだとしたら,僕はとても空しい.
多くの分譲型の集合住宅が,その商品性において必要とする存在としての建築家とはいったい何者かと,考え込んでしまうのです.


もちろん,日本と海外,あるいは賃貸と分譲.状況や対象の異なるプロジェクトを同列に考えることには無理があります.
ミナガワビレッジHYPERMIXについて「多人格性」と書いた,その印象が一部,それらの造形言語や材料選択に見られる即物性,アノニマスさと混同されがちなことも,注意深く付記しておくべきかもしれません.いみじくも冒頭,働き方を変える集合住宅と題されたデザイン・コンペに関連した鼎談中にも,上に書いた両プロジェクトの共通項と多くを共有するテーマが話し合われている一方で,建築の空間やかたちを組み上げていく論理追及の減退が指摘されています.こうした問題意識に応えるコンペ作品たちが次の,そしてもっとずっと先の「集合住宅特集」にもたらす変化がとても,そして切実に楽しみです.



下町の小さなタワーと現代の風呂なしアパート

最後にもう2作品.

下町の小さなタワー,と言うか垂直の小径計画(富沢小径)は,思い切った外階段とその巧みな踊り場配置から決まる各階玄関レベルと,それとは異なる諸要因から導かれたフロアハイトの間に生じるズレを,かつての個人商店的な店と家の微妙な距離感/関係に読み替えていく断面設計が巧みです.結果的に現れた立面のチャーミングなこと.

富沢小径|三浦慎建築設計室

中央区日本橋富沢町に建つ事務所(1〜2階),賃貸住戸2戸(3〜4階),オーナー住戸(5〜7階)からなる共同住宅.職住近接の日本橋の土地柄に合わせて,SOHOとしての利用を想定した.

こんなビルが居並ぶ街と,よく手入れされた植栽の施された公開空地.祭りの神輿が似合うのはどちらでしょうか.


そして現代の風呂なしアパート(アパートメントハウス).
風呂だけではなく,キッチンのない部屋や,逆に風呂しかないような部屋など,各住戸にはその狭小さゆえ,大胆な選択と省略が図られています.そして,今日的なシェアハウスの多くが,水回りの共用(シェア)を前提としていたかつての木賃アパートの延長線上にあることに比して,この計画には各戸の不足を補う共用部すらありません.

アパートメントハウス|髙橋一平建築事務所

8㎡ほどの8つのワンルームで構成された賃貸集合住宅.各部屋は水回りの配置や周辺環境との繋がり方などによって,それぞれ特徴付けている.各部屋にバリエーションを付け,住人は家に求めるものを選び取る.

その代わり,風呂はなくとも素晴らしいキッチンを備えた住戸は屋上にアクセスできるテラスを持ち,おそらくは入居者全員が集う晩餐も可能に思われる.あるいは同世代入居が前提となりがちなシェアハウスには難しい高齢者の入居が想定されていることなど,小さくともその視野が,出来事や人間の都市的な同時存在性に向けられていることに感動します.

2020年以降の社会に思いを馳せる時,建築家とその建築ができることの何たるかを,この小さな建築は静かに示しているように思えるのです.






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