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ピアノを拭く人 [長編小説] (完結)

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彩子が出会った素敵なピアノを奏でる男性は、些細なことが気になって居ても立ってもいられなくなる病に悩まされていた。
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記事一覧

「ピアノを拭く人」【イメージコラージュ】

さくらゆき
1か月前
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ピアノを拭く人 第1章 (1)

 雨は小降りになっているが、風は強まっている。ようやく顔を出した三日月の上を、風に流され…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (2)

 腕時計を見ると、9時をまわっている。  新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、時短営業…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (3)

 いつもより早めに出勤した彩子は、段ボール箱を抱えて駐車場に向かう。 幾重にも重なる山並…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (4)

 ぐんぐん昇っていく月を追うように、彩子の車は川沿いの県道を走る。  サイドシートには、…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (5)

 店内に残っていた客は、会計を済ませて月明りの下に出ていった。  マスターの羽生は、レジ…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (6)

「無理ですよ。歌っていたのは10年以上前です。大学を卒業してからは、カラオケに行ったときと、一万人の第九に参加したときしか歌ってません。トオルさんの素敵な歌を聴いた後では、とても……」   彩子は、トオルの突然の提案にしり込みし、歌えない理由を並べてみる。他方で、彼の伴奏で歌ってみたい思いがむくむくと頭をもたげていることも否定できない。 「第九を歌ったなら、歌えますよ。上手く歌おうとしなくていいんです。僕は、今のあなただから歌えるオン・マイ・オウンが聴きたい、今のあなただから

ピアノを拭く人 第1章 (7)

「水沢さん、お待たせしました。そうそう、これ伊香保の水沢うどんね」  うどんを運んできた…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (8)

 抜けるような青空が、週末を迎えた人々を祝福しているようだった。  彩子は車の両窓を下げ…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (9)

 フェルセンの花壇の端に屹立する銀杏が、色づき始めていた。彩子は、もう少し色づいたら、ペ…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (10)

 朝の澄んだ空気が、残っていた眠気を一掃してくれる。駅から試験会場となるC大学までの道を…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (11)

 手を伸ばせば金色の月に届きそうな夜だった。  閉店時間を過ぎたフェルセンの出窓から明か…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (12)

 手紙を書くために、トオルが明るくしていた照明が、彼の目元の疲労を悲しいほどに際立たせて…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (13)

   彩子は、バッグを肩にかけ、登録会の資料を入れた段ボール箱を車からおろした。今にも掴みかかってきそうな鉛色の空を仰ぐと、それだけで肩が重くなる。色づき始めた街路樹は、生温かい風にざわざわと騒いでいる。  段ボール箱を抱え、事業所のある2階まで上がると、矢島さんがドアを開けてくれる。 「お疲れ。午後は入力頑張ろうね」 「はい。頑張ります。夕方には原本を本社に送れますね」 「うん。ヤマトさん、集荷に来てもらう?」 「あ、私、帰りにブックセンターに寄るので、ついでに出して帰