賃上げムードの空気が続きますように

2022年の夏、私は大変怒っていた。岸田首相の掲げる「新しい資本主義」、これで貧困層の状況を改善する策が進められるかと思いきや、「所得倍増」がいつのまにか「資産所得倍増」になってしまった(2022年6月)。そしてその頃、弱肉強食論がまたしてもはびこった。

富裕になるのは努力したから、貧困で苦しんでいるのは努力が足りないから、という論がネット、テレビ、雑誌で盛り上がりを見せていた。それを理論的に補強しようと、またしても竹中平蔵氏がテレビで出張ろうとしていた。

安倍首相が2022年7月8日に射殺された。その事件を見て竹中氏は引っ込んだ。自分も危険かもしれない、と思ったのだろう。しかし3カ月もするとそうした恐怖も薄れたからか、またもやネット、テレビ、雑誌などで弱肉強食論がはびこり始めた。竹中氏も活動を再開しようとし始めた。

貧困層を放置するどころか、ますます富裕層が肥え太り、貧困層を見下し、虐げる空気が強まり始めていた。この人たちは何にも分かっていない、感じていない。いったいどうしたらよいか?と考えて言葉を紡いだのが、次の記事。

「誰もとりこぼさない覚悟」はなぜ必要なのか
https://note.com/shinshinohara/n/n53d98d4625f5

この記事は、官僚たちも読むメーリングリストに放り込んだ。このMLは国会議員も読んでいる。なんとか言葉が届いてほしいと願いながら。
我田引水かもしれないが、このあたりから新聞やテレビの論調が変わった。労働者に常に厳しい発言を続けていた新浪氏まで発言をガラリと変えた。

なんとか賃金を上げねばならぬ、という覚悟が、経営者にも政治家にも広がった様子。もし私の記事が利いたのだとすれば、よほどこたえたのだろう。「貧困層をそのままにしたら、自分たちの安全が脅かされる」ということに。

私は記事で、二つの話を紹介した。一つは、戦前、お金持ちの家で働いていた女中(家政婦)が、その家の赤ちゃんを地面にたたきつけ、命はとりとめたものの、背が全く伸びなくなり、大人になっても子どものような身長にとどまってしまった、という、私の祖母の知人の話。

貧富の格差が極端に広がったアメリカでは一時、ベビーシッターによる虐待が問題になったことを、そのエピソードに添えた。当時、ベビーシッターは貧困層、依頼主はお金持ちであることが多かった。虐待の原因はそれぞれだろうが、依頼主が貧困層をバカにした場合、我が子の安全を守れるか、疑問視した。

もう一つの話は、山本周五郎の話。殺人を犯したと自首した娘がいた。しかし近所の評判から、どうしても信じられず、調査を続けたら、無実であることが判明。「なぜウソの自白をしたのか」と問いただすと、「疲れ切っていたのです」と娘は答えた。

娘は病気で動けない父親の看病をしながら弟たちも食べさせなければならず、働きづめで疲れ切っていた。いっそ殺人したと言えば死刑になり、楽になれるかも、と思ったという。
これは小説の話。しかし、この話は考えさせられる。

あまりに貧しく、つらい毎日だと、刑務所に入ったり、なんなら死刑にしてもらったほうが楽になる。ということは、犯罪を犯す歯止めが失われかねない、ということ。
2022年10月の時点では、弱肉強食論を述べる人たちは、警察が守ってくれると考え、貧困層は法律を守るとも考えていた。しかし。

貧困層を守るどころか虐げ、搾り取り、そのお金が富裕層にばかり回る社会なら、そんな社会を守るだけの法律なら、貧困層はそれを守る理由が見いだせなくなる、と指摘した。そして、普段の生活の方が刑務所での生活より厳しいなら、なおのこと犯罪へのハードルは下がるだろう、と指摘した。

これでようやく、弱肉強食論を平気で口にしてきた人たちも、ヤバイと思ったらしい。そのあたりから空気が急速に変わり、企業人も政治家も、賃金上昇を念仏のように繰り返し唱えるようになった。どうやら本腰を入れるようになった。

正直、物価上昇の勢いの方が早く、給料の上昇が追いついていない。これでは貧困層はますます苦しむことになる。指導者層の人たちは、経営が大変かもしれないが、賃上げの動きを緩めず、加速させてほしい。富裕層が率先してその動きを加速させてほしい。

私は、富裕層の人たちが富裕であることは構わないと考えている。けれど、貧困層が苦しんでいるのをそのまま見過ごそう、見捨てようとするのは、正直許せない。貧困層の人も楽しく生きていける社会となるよう、一緒に努力してほしい。その条件が満たされるなら、富裕層は富裕で全然かまわない。

ともかく、私が大嫌いなのは、貧困層から搾れるだけ搾って、そのお金を自分の懐に入れようという弱肉強食論だ。正直、そんなことをよく平気で口にできるなあ、と思う。自分の家族を危険な目に遭わせたいのか?と、私には理解不能。

私は、富裕層の人たちにも不幸せになってほしくない。その力を利用して、貧困層の人たちも楽しく生きていけるように。そうした協働の気持ちでいれば、家族を危険にさらす心配もない。単純なこと。

賃上げのムードがこのまま続き、最も貧困の人でも「刑務所の方がマシ」などと思わずに済む社会になってほしい。当面、その努力を続けなければ、日本は壊れてしまう。そのことを、社会の指導層は忘れないでほしい。

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