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書評:二葉亭四迷『浮雲』

未成熟の上に繰り広げられる自惚れ・プライド・偏見の物語

今回ご紹介するのは、二葉亭四迷『浮雲』。

自分で取り上げておきながらいきなりこう下すのは心苦しいのであるが、本作はそれほど名作として読み継がれる程の魅力を備えた作品とは言えないのかもしれない。

しかしながら、私KING王にとっては、正に本作に描かれたような、未成熟であるが故に整理をつけることができなかった、自惚れやプライド・偏見に揉みくちゃになってしまった時期が確かにあったので、ああ、だからあの頃出口のない堂々巡りを無為に続けてしまったのだなぁと、若き日の迷走に説明をつけてくれたような作品なのである。

極めて個人的な理由だが、私にとって大切な作品の1つだ。

主人公の文三は、国元で母一人子一人で慎ましながら、勉学に勤しんで育ち、東京で官職を得るに至ったまだ若き青年。文三は東京では親戚方に居候をすることになるが、いずれは一定の財を成し、国元の母を連れて一家を建て、そしていずれは妻子をも・・と考えるところがあった。

というのも、下宿先には、お勢という歳の頃相応で学業にも熱心な、類を見ない従姉妹がおり、密かに文三はお勢に心惹かれていたのであった。

そんな文三を、突然の退職勧告が襲う。
晴天の霹靂とは正にこのこと。
国元の母との暮らしも、お勢との未来も、行方彼方となってしまう。
お勢の母お政などは、それまでは行く行くは文三をお勢の夫にと嘯いておきながら、あからさまに態度を変え、徒食人扱いする始末。

しかし文三は、惚れた弱みか、お勢の聡明さだけは信じていた。

そう信じるだけの根拠も文三にはあった。

かつて共に教養を語らった蜜月の日々。
文三のかつての同僚で、軽薄な男・昇へのお勢の冷たい態度。

お勢への恋と信頼があったればこそ、文三は恥も忍んで親戚方の下宿から出ることができず、何となく職を探しては見つからずで、正に徒食の日々を続けてしまう。

しかし、徐々に周囲にも変化が兆してくる。
かつての同僚昇が親戚方の家に客人としてうまく入り込んでくる。
叔母のお政はこれ幸いと、昇をお勢の夫にと口にし始める。
はじめは昇を毛嫌っていたお勢も、昇と冗談を言い合い笑い合うような関係に。

遂に堪忍の尾が切れた文三はお勢を「はじめは私を思わせておきながら、あんな下賤者と交わるのか!浮気者!」と酷く咎める。

しかしお勢も負けていない。
「何を責め立てるのかわかりませぬが、全ては貴方の自惚れから生じた勘違いでしょうに!」

こりゃぁお勢の言い分に分があるのだろう。
実際のところ文三の望みは、何一つお勢と約したものではなく、煎じ詰めれば文三の一人相撲だったのかもしれないからだ。

でもどうだろう?
若い頃、幼い頃の恋心って、たぶんにそういうところがないだろうか?
ちょっとあの日交わした挨拶から、相手のことが気になって気になって仕方がなくなる。
挨拶には相手にもそれなりの気持ちがあったからこそだと信じたくなる。
そんな、些細な出来事からロマンスを妄想してしまうような気持ち。

私には文三がそれほど愚かとは思えない。
ただただ若い、未成熟なだけなのだ。

またお勢にしても、文三が好意を寄せてきていることに気付いていないなんてことはなかっただろうと思う。
それが多分に心地よく、そのままにして楽しんでいたはず。
幼い少女、それも容姿端麗で才女と言われて育ったものにとっては、自分が惚れることよりも惚れられることに愉悦を感じることもあるのだろう。
こんなお勢も、やはり若く未成熟なのだ。

そしてこの物語を更に複層化しているのは、文三の元同僚昇の存在だ。
文三にとっては軽薄で嫌みたらしく、人として軽蔑に値するような人間でありながら、下宿先のお政からもお勢からも「良き人」と評価されていくのだ。

私KING王も決して善人ではないので、生理的に受け付けない、絶対に存在を肯定できないほどに嫌ったことがある人物がかつて何人かいた。
共通しているのは、そいつらみんな、他の人からは人気者なんだよなぁということだった。

ネガキャン張っても勝ち目がない。

「KING王は嫉妬深い」
「KING王は子供だ」

で評価は固まり、その世間ではもう挽回の余地なしになってしまう。
こうなってしまっては、そこにあった人脈を全て捨てるしかなかった。
そんな経験を何度かしたことがある。

未成熟な人間が織り成す自尊やプライド・偏見は、ズルく、簡単に出し入れできるような安っぽいものだ。

若い頃にそうした人間関係に対して正直であることしかできず、苦労した方も居られるかもしれない。
しかし、自分が大人になれば成熟していくように、周囲も大抵は成熟していくものだ。

私が思うにではあるが、大人になってこうした薄っぺらい駆け引きのような人間関係に悩まされることはずっと少なくなったように思う。

読了難易度:★★★☆☆(←擬古文調のため)
テーマの小ささ度:★★★★☆
やるせ無さ度:★★★☆☆
トータルオススメ度:★★★☆☆

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