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東京逍遥 その4


写真とパンと映画と渋谷

 放ったらかしネガが酸っぱい臭いがし始めたら気をつけた方がいいよって教えてくれたのは、鳥越の洋食屋さんのご主人。下町の写真を撮り続けてる凄い人。本棚の上に積んだネガ箱を見るたびに、思い出すんだけど、まっいいかって後回しにしてきた。でも年明けはやる!って年末に宣言したので、平井の写真展でお世話になった恵比寿の写真屋さんに持ってった。「何本ですか?」、「300本です」。全て90年頃から撮ってきた銀の輔の街写真だ。おじさんが笑ってた。ナンバーふってないネガも結構見つかって、今度は僕が笑った。


 近寄ったり離れたり渋谷川沿いを渋谷駅方面に向かう。職人映画を見る前に、お昼ごはん食べたいよなって思いつつ。気になる魚系定食屋もあったけど、代官山に向かう橋の並び、銭湯の看板の手前に可愛い店があった。窓越しに覗くと、みんなサンドイッチ食べてる。そりゃ食べないと、ねぇ…。ライ麦パンかと思ったら、カラメルを練り込んだパンなんだって。そこにコールスロー的なキャベツ群と大量のアボカドが挟まってる。これだな。「2階が空いてます。店の外階段を上がって下さい」、お替り自由なコーヒーはセルフで、1階のポットで入れて自分で持っていく。おもしろ美味い店じゃないか。


 再び渋谷川に寄り添って、訳の分からぬ渋谷駅に到着。苦手なはずの街に、ここんとこ縁があるなと、カメラ量販店がある年季の入った雑居ビルに。『燈火は消えず』は、絶滅寸前の香港ネオン職人の奥さんの物語。香港名物と思い込んでた極彩色特大ネオン看板て、法律で禁止されて壊滅状態なんだってね。90年頃を境に彼の地に足を踏み入れてなかったから、ちっとも知らなかった。僕は年寄りと職人の話には弱い。急逝した夫のやり残した仕事を、若い弟子とやり遂げようとする奥さんの物語。きっと「ネオンの神様」はいるよなぁって、しみじみしてしまった。


 主人公を演じた女優さんはいい役者だなぁ…と思いつつ古手ビルを出ると、西日差す道玄坂方面。夕間暮れの工事現場は美しい。周囲の景観を丸無視したビル群と、大怪獣の骨格の如き巨大重機。造っては壊し、壊しては造る忙しない東京の坩堝みたいな渋谷の喧騒が、映画の余韻を台無しにするどころか、かえって案外際立たせてくれたりして、苦手だけど否定はしないよと山手線に乗り込むのだった。

おわり。

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