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ピルケースのお花畑

――お花畑みたい。

あたしのピルケースにたんまり入った錠剤を見て、知人の妹がそう言った。

「お花畑? あぁ、そうね。赤、黄色、白、ピンク。どれも可愛い色でしょう」

とりあえず、そう返しておく。子供は嫌いだから本当は相手にしたくないんだけど、知人は妹に弱いから。この妹と仲良くしておくと、知人にお金借りる時とか便利。

いつもなら三万。粘れば五万。”お花畑”たちをひと揃い買うにはしょぼい額だけど、ないよりマシでしょ。

「こんなにたくさん、すごいねえ。きれいだねえ」

幼児特有の舌っ足らずの話し方。この妹は、冷たく無機質なプラスチックケースに入れられた錠剤たちをウットリと眺めている。とりあえず相手にするのはやめた。

この”お花畑”は、飛びたくなったら使う。

世間で流れてる時間は、どうも遅すぎる。その遅さに耐えられなくなったら、あたしはあの色とりどりを酒で一気に流し込んで、その日をスキップさせるの。

気がついたら、次の日になってる。その日はおしまい。便利でしょう。

こうやって日々を早送りして生きてたら、出てくんのよ。知ったふうな口をきいてくるヤツが。人生を無駄にするな、とか。なんで自分の体を破壊するような生き方をするのか、とか。

でもさ、今まで一度も正しい道を選べなかった、あたしの身にもなってみてよ。十二歳の時、自分の体が売り物になると知って。十七歳で酒とタバコを覚えて。二十歳をすぎる頃には薬物の虜になっていたあたしの身に。

なんの予定もない、一人だけで過ごす夜。誰とも触れ合えない夜。自分としか触れ合えない――そんな夜に何の意味があるっていうの。

自分の内面なんて今更見たくもないし、過去を振り返るなんてもってのほか。空白の日ができたら、あたしは迷わずスキップさせる。

だって、元々不要な一日なんだもん。

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