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空は青く、涙はこぼれる

「ごめーん、そういう事だから! あとはよろしく!」

電子音に変換された姉の声がそう言った。4月15日、姉は突然消え、代わりに聞いたこともない金融会社の人間が僕の目の前に現れた。そして今はその事務所のソファに腰掛けている。

連帯保証人の欄に僕の名前が記入された借用書と、姉が電話口で言っていた事。この二つを反芻して考えた結果、「そういう事」とは、この金融会社から暴利で借りた借金の事を指していて、「あとはよろしく」とは、僕にその借金を肩代わりしてくれ、という意味だ。と、悟った。

最近、姉が頻繁に僕のカードで現金を引き出していた事にも、合点がいった。

借用書によると、姉が最初に借りたのは10万円だった。

最初は自力で何とか返していたんだろう。が、10万円の元金はすぐに暴利という分厚い装甲を身に付け、姉が返済する金は元金に届かなくなった。オロオロしている間も装甲はどんどん分厚くなり、ちっぽけな元金は最終的に難攻不落の空母となっていた。んだと思う。

それで姉は、弟である僕を生贄に差し出して逃亡する事を選択したんだろう。

結局、借金は僕が返済する事になった。納得いかないけど、これしか着地点が見つからなかったんです。

実家暮らしなのが幸いして、日々の高額な返済は何とかなった。コツコツ返済に臨んだ結果、220万あった借金は30万まで減っていた。終わりがないように思えた返済生活の出口が見えてとても嬉しかった。

でも、今振り返ると、あの時に気が緩んだのがいけなかったんだと思う。僕は、うっかり返済日をすっぽかしてしまったのだ。返済のためのお金はしっかり用意していたのに。

返済日の翌日、勤務先の保育園に取立人がきた。金を返せ、と、お遊戯の準備をしていた僕めがけて声を張り上げた。必死で隠していた借金は、あっさり白日のもとに晒された。この時ほど、血の気が引いた事はない。

僕は強面で、元々保護者からの評判が良くなかったのだけど、この一件で完全に信頼を失い、仕事を辞める事になった。

大好きな仕事だったのに。なんで返済日を忘れていたんだろう。

退職当日、僕はいつもより園内をじっくり見て回った。今日限りでもう戻る事のない職員室、園舎、運動場――。そして最後に正門をくぐった。

天気はバカみたいに晴れていて。

爽快な青空を見てると、なんだか自分が余計惨めに思えて。眩しいけど、その日は上を向いて歩いて帰った。

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