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陳腐な阿諛を手繰り寄せ

最初はさ、下手くそなおべっかばかり言う人だなって思ってたのよ。

「綺麗だね、今日も」とか。
「ずっと君の事を考えてた」だとか。

五秒もあれば誰でも思いつくけど、あえて誰も口にしないような――そんなクサいセリフ、恥ずかしげもなく言うのよ。あの人って。

こちらへの接し方も、なんだか書店の隅っこでホコリ被ってる恋愛指南書に書いてありそうな感じでさ。正直、友達との話のネタにして馬鹿にしてたんだよね。

陳腐な阿諛追従ばっかりするしょうもない男だって。

ただ、いつだったかは忘れたんだけど、あの人あたしにこう言ったのよ。

「歯が綺麗だ。その八重歯、僕は好きだなあ」

あたしって元々八重歯が大きいのよ。みっともないから抜いてしまいなさいって身内から散々言われてて、あたしも何となく気にしてたんだよね。

その八重歯をよ、みっともない八重歯をあの人は好きだと言ったの。流石に驚いちゃった。

人間――特に女って不思議なもんで、ちょっとした事でコロッと落ちちゃうもんなのよ。我ながら簡単な女だなって思うんだけど、ああいう何気ない褒め言葉に心が動いちゃって。

そしたらさ、あの人の骨ばった大きい手とか、掠れた声とか、散々バカにしてた安っぽい阿諛まで、とにかく全部愛おしく感じるようになっちゃったのよ。

20代で起業して、そこそこ稼いでたっていうのもちょっとはあったかな。正直。

とにかく、いつの間にかあたしの方があの人に惚れ込んじゃって、色々あって一緒に住むようになって。ゆくゆくはこの人と結婚して家庭を持つのかな――なんて淡い期待もあったわけ。

まあ、そんな期待は同棲して48時間で裏切られたわけなんだけど。

なんだったかな、きっかけは忘れちゃった。あたし、あの人を怒らせちゃったのよ。目の前に突然スマホが飛んできて、咄嗟に避けたら更に激昂して顔の感覚がなくなるまで殴られたの。

いつも上機嫌で穏やかな人だったからビックリしちゃった。

同棲前にさんざっぱら褒めてくれた八重歯もその時に折られちゃって。ネットで評判だからって片道一時間かかる歯医者でホワイトニングしてたんだけど、どれだけお金をかけても歯ってアッサリ折れちゃうものなのね。

なんだか呆気ないわ。

――え? いやね、別れないわよ。

だって、あたしあの人の事愛してるもん。あの人を失ったら、あたし、あたしは、この世で生きていけないもの。

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