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スティリミス

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退屈な買い物について行くのに必死で私は困憊していました。そしてあの乗り心地の車。睡眠に遁走したのです。しかし私は1人でした。車の後部座席、チャイルドシートの中にいたのです。ああいうのは、運転中の親が目を離しても子供が勝手に開けることの出来ぬように、手を開閉部に伸ばしただけで力尽きるようになっていて、うまく握力が入りません。私は身動きを封じられたのでした。大人の力が必要で、この場合それは母でし

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 私の家庭は……それはそれは凄惨なものです。「家」ではなく「家庭」というところから、今から話す内容など、多少は明らかになったでしょう。つまりは家庭内の人間関係が私の抱える悩みなのです、私と父、私と母、私と妹、私と祖父母、…私がいない間柄にも問題はあります。ですがそれは追々話します。本当に、どこから話したものでしょうか。
 先生は、私のように悩んだ人間が通例、似通った血の流れる人間を求めて相談を持ち

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「先生は……私にとって理想の人間なのです。誰にだって優しい、太陽のような、いいえ、よしましょう。人が人を称賛するのにこの言葉はあまりに陳腐だから。先生のその、誰にだって同じ顔で接してくれる平等さが、かえって私を平安な心地を与えてくださるのです。先生は私が目を見つめても私の目を見つめ返してくれる方でしょう?」
 こうした文句を言われたとき、果たして教師は生徒に、大人は子供にいかなる答えるのがいいのだ

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 高校二年生になった彼を受け持つ渡辺は、数学の教師だった。渡辺は痩身の女性で、冬になると決まって薄手のベージュのカーディガンを羽織っている。その下のシャツは翠色で、淑やかな印象とカジュアルとが肉体を舞台に踊り惚けていた。
「どういう状況なのか話せる? 話せるところからでいいから。ここには他の先生が入って来ないようにお願いしてあるから、安心してくれればいいからね」
 桜井の前には彼の担任である渡辺が

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 仙台駅は黄土色を基調としており、物静かな印象を与える。西口から伸びる歩道橋は、喫茶店や雑貨店に行くならば必須である。その歩道橋の上から駅を眺めると、向かって左に黒い四角の時計がある。屋上駐車場がある。そのフェンスに立てかけるようにして、「仙台駅 SENDAI STATION」の文字を象った、夜になると橙色に輝く赤いネオンが設置されている。真昼の太陽と、空で滲んだ青白い月は、光を与えて、人に堅固な

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ニノウデの世界

 桜井恭弥は一九九九年の一月に生まれて、二〇一六年に高校二年生、十七歳となった。思い出と季節の寒暖とが、まるでマズルを整えて並べられたマスケットのような、ファスケスの要素を持った気色悪い制服で一緒くたになって彼の頭に刻印されていることが、彼がこの日々を振り返ったときに悔やまれることの一つであった。こればかりはシステムのせいなのだから、仕様のないことだと呑み込んでは、吐き出した。
 青春とは、多くの

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