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またね…【5分で読める短編小説(ショートショート)】

「初めて会った時の事、マジで今でもメッチャ強烈に覚えてるよ。こんなドストライクなタイプの子がこの世にいるんだって思って最初は緊張して、まともに顔見れなかったもん。

で、飲み会が終わって、飲み会って言うと聞こえがいいか。ま、合コンね。そんで、なんとなく2次会行くメンバーと帰るメンバーに分かれて、俺と奈央ちゃんは帰宅組で一緒に駅まで歩くことになったんだよね。

そしたらまさか奈央ちゃんから、『もし良かったら軽く飲みなおしませんか?』ってお誘いがあって。いやいや本当だって!この話するといつも覚えてないって言うけどさぁ、絶対最初に誘ったの奈央ちゃんだから!

あの日、朝まで飲んで、まさか芸人のラジオトークで盛り上がるとは思わなかったかよ。『私、リンゴマンのラジオ聴いてる人じゃないと付き合えない』って言われた瞬間、大げさじゃなく雷に打たれた衝撃を受けたよ。

あの頃、俺は放送作家を目指してラジオにメールを送りまくってて、その界隈ではちょっとだけ有名人だったからさ。特にリンゴマンのラジオが俺も一番好きで、「深夜0時のさすらい職人」ってペンネームだったよね。

最初は全然俺が「さすらい職人」ってこと信じてくれないから、番組に送ったメールの送信履歴を見せてようやく信じてくれたんだけど、そこからはいきなり立場が逆転して、奈央ちゃんが緊張しだして。

で、いきなり「付き合ってください!」だもん。ドッキリかと思ったよ。

あれからもう20年経つんだね。あっという間だったな~。

いまだにリンゴマンはラジオ続けてるのも凄いよね。いつも二人でラジオ聴いてたね。

結婚してからもずーーーっと仲良くて、一度もケンカしたことないよね?一回だけ、奈央ちゃんが酔っぱらって帰って来てメッチャ絡んできて、適当にあしらってたらメッチャキレられてケンカになったくらいか。

結局、俺は放送作家にはなれなかったけど、奈央ちゃんのお陰で全力で夢を追いかけることができたよ。本当に感謝してるありがとうね。

ずーーっとお金がなくって苦労ばっかり掛けて来たけど、日々の生活の中で「ささやかな幸せ」を見つけてくれる奈央ちゃんのお陰で幸せだったよ。

奈央ちゃんは素直で無邪気で優しくって誰よりも純粋で家族が大好きで、何をするにも全力で楽しんで、記念日が大好きで、そんな奈央ちゃんが大好きです。

コンビニ行くだけで手を繋いできて、ゴミを捨てに行くだけで玄関でキスをしてきて。

ただ二人で夕飯を食べてるだけで「幸せだね」とか、仕事で一日会えなかっただけで、飛びついてきたり「愛してるよ」とか「スキだよ」って恥ずかしがることなく言ってくれたよね。

3年前、癌が見つかった時、何で奈央ちゃんなんだよ!神様っていないんだなって本気で思って、世界中に悪いことしている人なんてたくさんいるのに、なんで奈央ちゃんなんだよ!せめて俺にしてくれって本気で思って。

でも、奈央ちゃんはそれ以降もずっと笑顔でいてくれて、治ったらまたたくさん旅行に行こうねっていつも言ってたね。

そんな奈央ちゃんが目に見えて痩せてきて、辛そうな時でも「スキだよ」って言ってくれて、そんな時、「ありがとう」しか言えなくて、俺が「スキだよ」「愛してるよ」って言ったら贈る言葉みたいで口が裂けても言いたくなかったんだ。ごめんね。

最後に一度だけ言うね。

奈央ちゃん、愛してるよ。

安らかにお眠りください。

合掌」

妻の葬儀を終え家に帰り、玄関を開ける。何千回と聞いてきた妻の「おかえり~」という言葉がなく、改めて妻が他界したことを実感し、玄関でひとり泣いた。

時計の針は深夜0時をさしていた。無意識にラジオを付け、奈央ちゃんと一緒に聞いていた時の事を回想していた。

『さぁ~て続いては、リスナーからのメッセージをお届けします。ペンネーム『深夜0時のさすらい職人の妻』さん。え?もしかしてあのさすらい職人かな?』

耳を疑った。

『それでは読ませていただきます。実は私は20年ほど前にハガキ職人だった『深夜0時のさすらい職人』の妻です。あ!やっぱりそうなんだ!』

心臓が高鳴るのが分かった。

『実は私たち、このラジオがきっかけでお付き合いをし、結婚までしました。ありがとうございます。でも、私は末期の癌になりもう余命がありません。たぶん、あと1週間かな~。辛いので手短に。しんちゃん!本当にあなたと出会えて幸せでしたありがとうございました!そして・・・こんな幸せな出会いをくれたリンゴマンさんありがとうございました!』

涙が止まらなかった。

『しんちゃん!ひとりで寂しくさせてごめんね。もう一度、元気にしんちゃん、おかえり~って言いたかったなぁ。でも、仕方がないね。先に待ってるね、行ってきます!』

奈央ちゃん、ただいま。

そして、行ってらっしゃい。

またね。




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