誰でもいいから引き留めて【5分で読める短編小説(ショートショート)】
私も夫も両親も、誰もが皆、ずっとずっと願っていた待望の赤ちゃん。授かった時、涙が溢れて止まらなかった。
初めて我が子と会えた時、あんなに愛おしくて、愛おしくて仕方がなかったのに・・・気が付いたら「産後鬱」「育児ノイローゼ」になっていた。
昼間、夫が仕事でいないとき、幼い息子と二人きりになるのが怖かった。
一度泣き出すと何をしても止まらなくなり、一緒になって大泣きすることが日常的となった。
そして、ある日、無意識のうちに我が子の首に手をかけていた。
虫の知らせだろうか?
仕事中、滅多に連絡してくることがない夫からのLINEで我に返り、息子を抱きしめ涙が枯れるほど泣いて泣いて泣き明かした。
本来であれば夫に相談し、専門医に行くべきなのだろう。しかし、何故かそれが出来なかった。
夫の仕事の関係で見知らぬ地での子育て・・・
友達も親も兄妹もいないこの地には誰も相談する相手がいない孤独な子育て・・・
おそらく「産後鬱」「育児ノイローゼ」にかかる多くの人は、私と同様に誰にも相談できず一人思い悩んでしまっているのではないだろうか。
そして、ある日、私の精神は遂に限界に達してしまい、心中しようと着の身着のまま家を出た。
目的地などなく、あてもなく電車に乗った。死に場所を求めて・・・
ボーッと車窓を眺めていると、例によって息子が泣き始めた。
もしかしたら何かを悟ったのかもしれない。
いつもより大きく激しく誰かに助けを求めるかの如く泣きわめいている。
どうしていいのか分からず、オロオロするしかない。今すぐにでも息子と一緒に電車から飛び降りたい。
すると・・・
「アンパンマンだよ~」
そう言って一人のサラリーマンが息子にスマホでアンパンマンの動画を見せてくれた。
近くにいた高校生の男の子たちも変顔で息子を笑わそうとしてくれている。
私と同じく赤ちゃんを抱いているママさんが赤ちゃん用のガラガラを差し出してくれた。
気が付いたら息子は泣き止み楽しそうに笑っている。
そして、安堵、嬉しさ、感動、不甲斐無さ、様々な感情が入り交じり、今度は私が泣いてしまった。
電車を降りるとホームで先ほどのママさんに声を掛けられた。
「子育て大変ですよね~」
聞くと女性も一人目の子育ての時、育児ノイローゼになり、よからぬことを考えたことがあったという。
その時の自分と重なり、居ても立っても居られなくなり、声をかけてくれたそうだ。
「赤ちゃん泣き出すとこっちも泣きたくなりますよね。そんな時、誰かに頼っていいんですよ。私も色んな人に支えられました」
この電車での出来事がきっかけで、スッと肩の力が抜けた気がした。
その日以来、毎日、息子を連れて出かけるようになり、気が付いたら子育てが楽しく、息子が愛おしくてたまらなくなっていた。
そして・・・
息子は今日も私の腕の中で元気に泣いている。
※私は子どもがいないので子育ての経験がありません。全て想像で書かせてもらいました。もし、この文章を読んで気分を害した方がいらっしゃいましたら遠慮なくお伝えください。ただちに削除いたします。
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