タピ子_Queen_of_the_Sweets_03

タピ子 Queen of the Sweets

「グワッグワッ」

 静寂の中、鳴り響くのは川鵜の鳴き声のみ。
 幽玄な水墨画めいた光景。

 まるで中国・桂林地方を思わせるその風景。ここはスイーティアと呼ばれる世界、その片隅にある辺境地帯であった。

 スイーティア──

 それは可愛らしいスイーツ妖精たちが暮らす不思議な世界。スイーツを愛する人間たちの想いが生み出した彼方の世界。平和で、甘く、ふわっふわでとろっとろな、明るく楽しい世界

 ……のはずであった。

「死ねやぁ! タピ子ぉ!」

 叫びが静寂を切り裂く。

 バタバタバタ……

 驚いた川鵜が空へと飛び立った。その空の下、対峙する少女が二人!

「くっ……」

 タピ子と呼ばれた少女、その体を覆う拳法着はところどころが凍りついている。

「ふっふっ。さすがだねぇ、タピ子。私──”ザ・アイスモンスター”、かき氷のかき子の奇襲を躱すとは。やはりタピオカの流行力(ブームちから)は伊達じゃあねぇなぁ!」

 かき子はその丸太のような腕(かいな)を突き出して言った。

「だがなぁ! 私の流行力だってまだまだ捨てたもんじゃあねぇんだぜ!」

「……それで?」
「ぬぅ?」
「御託はいい。さっさとかかってこい」

 タピ子はその手をゆらりと前に突き出すと、不敵にかき子を手招いた。その瞳は鋭く相手を射抜いている。

「ふっふっ、言ってくれる!」

 かき子の腕の周囲にきらきらと煌めく冷気が集まっていく。そして漂う濃厚な果実の香り。これは……!

くらえ、奥義! 新鮮芒果綿花甜打!

 迸るマンゴーフレーバー! 凄まじい拳圧がタピ子へと迫る! ──だが。その刹那、タピ子の眼光がぎらりと輝いた。

 その動きはさながら麗しい茶葉のように洗練され──

「なにぃっ!?」
 かき子の拳が貫いたもの、それは虚空であった。

 その構えはさながらミルクのように甘く濃厚で──

 その背後。タピ子は腰を落とし、その拳を弓のように引き絞っていた。

 その一撃はもちもちとしたタピオカのごとく鮮烈である!!

「哈っ!」

 まっすぐに放たれたタピ子の拳。それは超弩級の威力を伴い、かき子の体を直撃した。

「ぐぅはぁっ!!」

 かき子は吹き飛んだ。そして自分に何が起きたのかを理解できないまま、カルスト台地の岩壁に激突し、磔めいてめり込んだ。

「ふっふっ……ぐはぁっ!」吐血!
「これが……噂のタピオカ・ミルクティー爆裂拳……」

 すぅっ。タピ子はかき子を指差した。

「あんた。もう死んだよ」

「ふっ……ぐっぐうっう……」

 かき子の体がめきめきと音をたてる! タピ子が撃ち込んだ流行力、それが体内で暴れ狂っているのだ。もはや爆発寸前である!

「さすがだ……さすがの流行力だ……だがなぁ!」

 かき子の眼がかっと見開かれた。

「人間どもは……人間は……お前のことなどすぐに忘れ去る……今は無敵を誇ろうとも……いずれ……お前もまた!」

 ブァンッ!

 かき子は爆発して散った。

「いずれ忘れ去られる、だと……?」 タピ子は拳を握りしめた。
「それがどうした……」 その瞳に冷たい炎が宿る。

「私は何度も忘れ去られた。そして……」

 その拳を眼前に掲げた。

「その度に、私は蘇ってきたのだ……!」

1992年 第一次タピオカブーム
2008年 第二次タピオカブーム
2018年 第三次タピオカブーム ※ 今ここ

 長く平和な時代が続いたスイーティア。しかしその平穏は突如として終わりを告げた。スイーツ大帝ショコラダ・マイが崩御したのだ。今や空位となったその座を巡り、スイーツの妖精たちが血で血を洗い闘い合う。

 まさに、覇道の時代が到来していた──

「やっぱ凄いなぁ。タピ子ちゃんは」

 竹林の中。そこからタピ子の様子を静かに窺う少年がいた。その場に相応しくないヨーロッパ貴族風の装束。高貴な雰囲気を漂わせた美少年であった。

「そうだよね……たとえ忘れ去られようと、何度だって。ふふふ」

 少年の袖口から鋭い刺突武器がすっと現れ、直後、再び袖口の中へと消えた。彼こそは甘さの中に苦味を忍ばせた、恐るべきティラミス暗器術の使い手! ティラミスのティラ夫であった!

続く

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