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結婚を辞めたいノンバイナリーの私/結婚を続けたいパートナーの決断

 やってみないとわからないことがある。聞いてみてよかった楽曲もあるが、観て後悔する映画もある。それらを判断するのは難しい。それでもできるだけ後悔しないために考えを巡らせ、あらゆるパターンを想定し尽くしての決断をしたい。本当は、それが望ましいけれど、まいにちそう簡単にはいかない。

 私は、「結婚」してみないとその窮屈さに気づかなかった。もう他の人と恋愛やセックスができなくなるとか、そういう部類の窮屈さではなく、自分の姓を失った自分が空っぽになった空虚感に耐えられなかったのだ。
 婚姻した次の日から姓が変わり、世帯主の姓で管理される従属感は主体性を失った付属物になったように感じた。私の稼いだ金による税金の通知が、「家長」の名前で郵送されてくる。私の権利であるはずの投票用紙が「家長の名前」で郵送されてくる。結婚式のご祝儀に書く名前は、必ず「・◯◯(私の下の名前)」となる。年賀状の宛名は私の姓は書かれない。
 一人で生きていたときよりも性別役割期待を求められるように感じるようになった。妻として振る舞いを求められ、妊娠可能な性別の人間として社会から見られることの、悲しさよ。恐ろしいことにそれは、親しい間柄の人間よりも初めて会うような赤の他人から向けられることが多かった。「結婚」は私の私らしさを奪った。

「女の子」の結婚の価値観

 なぜ結婚したのだろうか。「結婚」を幸せのゴールとして刷り込まれてきたというのも、あるかもしれない。私が小さい頃に観た本やアニメでは、女の子が恋をし、最終的にお金を持った男の人や顔がきれいな男の人に見初められ結婚し、それで「めでたし」となっていた。冒険へ純粋に出かけて目的を達成する男の子の主人公に比べ、女の子の主人公は冒険に出かけても必ず誰かに恋をし結婚するラストを迎える描写があった。女の子は好きな人と「結婚」することが社会の正解らしい、と幼いながらに理解した。私は「女の子」だから、仕方がないと思っていた。

 私が見つけたパートナーは、お金をたくさん持っているわけでもなく、顔がきれいなわけでもない。ただ一緒にいるのが心地よかった。彼はいつもごきげんだった。結婚ってこんな感じなのかな? 「結婚したらひさこちゃんの心配がひとつ減ると思って」プロポーズのときに言われた。でも婚姻届を出す前日、姓を変えたくなさすぎて大泣きした。どうして私にヴァギナとおっぱいがついているという理由だけで、私が名字を変えなきゃいけないの? 姓を変えることでしか結婚(という保証)ができない日本の制度を、心底恨んだ。

新しい姓を喜べる「女」になれない

 弟の妻になった女性は「今日から●●(新姓)になります✨」と私にわざわざLINEをくれた。結婚した女友達に相談したら「じきに慣れるよ」と言われた。LINEの女友達の名前が、知らない姓になっていくのを私はずっと眺めていた。

 新しい姓を喜べる「女」になれないことに悩んでいたときに、自分がノンバイナリーだということに気づいた。同じ白い野菜としてその畑で生きてきたが、私だけみんなより形が長い。ある日突然、私の名は「カブ」、みんなは「大根」だという名前だと気づいたといった具合に、カテゴライズされたことで女に馴染めずに生きてきた過程の答え合わせができ、幾分生きやすくなった。仲間もできた。パートナーは私の性自認を受け入れてくれ、二人の関係性は変わらないことを確認し合った。

 そしてやはり、婚姻時に女性が姓を変更するカップルが96%もいる現在の社会にいるという事実を考えると、どうしても非婚の状態になりたかった。私は「女」ではないからだ。
 戸籍に登録され「家」で管理される戸籍制度は、世帯主をピラミッドの頂点に据え置いた男女の従属関係がどうしても透けて見える。私に男女はない。「あなたと笑ってご飯を毎日食べるのに、別に婚姻関係でいる必要はないよね」と思うようになっていった。ただ、私がノンバイナリーだろうが、女だろうが、男だろうが、何だろうが、結婚という制度への疑問は持っただろう。
 パートナーには「一緒に暮らす分には何も変わらないから付き合っている状態に戻ろう」「せめて事実婚になろう」などといろいろ提案した。しかしパートナーは難色を示した。
 悩みだして4年目の春、住んでいる地域で「パートナーシップ制度」が可決された。月初めに届いた区のタブロイド紙には「男でも女でもない人もいる」と明記されており、住んでいる区に、自分の存在を肯定されたような気がしてすごく感動して泣いた。区長にお礼のメールもした。すぐパートナーに「事実婚が嫌なら、婚姻関係を解消してパートナーシップ制度を利用しよう」と提案した。しかしパートナーは難色を示し続けた。

ふたりで決めた離婚

 ある日、パートナーとポケモンカードを買いにコンビニに行ったときのこと。「お一人様1セットまで」とあったので2セットをレジで同時に会計をしたら、店員に「ご関係は?」と尋ねられた。咄嗟にパートナーが私を指して「妻です」と言ったことがきっかけで、なんだかもう自分が何者なのかわからなくなってしまい、もう限界です、とパートナーに家に帰って伝えたところ、彼も彼で限界だったようで、彼は怒りを爆発させ、お気に入りだったMARGARET HOWELLの皿を拳で真っ二つに割った。「ぼくは離婚したくない」とつぶやきながら。漫画みたいにパックリ割れた皿は悲しそうだった。

 この事件によって、パートナーとって「結婚」は、とても大切なものらしい、という事実が見えた。というか、初めて彼はそれを言葉にした。どうやら、私がふらりとどこかへ消えてしまうのではないかと本気で思っているらしく、その抑止力が「結婚」らしいのだ。「結婚してなくたって、ずっとあなたのことが好きだし、あなたと暮らし続けるよ」と何度も話したが、その説得力が、今の私にはない。私には精神疾患があるので、そのせいもある。本当にいろいろと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

二人で決めねばならない。どちらかの要求だけを通すことは、不可能に思えた。どちらかの要求が通れば、どちらかは苦しみ続ける。痛み分けすることを選ぶしかない。
 皿を拳で割ってから三ヶ月。考える時間がほしいとパートナーに言われて待ち続けたが、先日提案がなされ、一度離婚をし、結婚し直すことになった。私の旧姓で
 私は、自分の姓に戻れる。パートナーは望んだ「結婚」という形を保てる。お互いこれで痛み分けだね、とお互い納得した。そして、夫婦別姓が実現したら、すぐさま夫婦別姓を名乗ろうと決めた。
 そしてもうひとつ。もし、子どもを持つ選択を視野に入れるとき、家父長制感が色濃く出ないように、あなたとは別の姓でいたいとパートナーに伝えていた。今回の離婚→結婚によって、この問題も解決したことになる。

「部屋とYシャツと私」世代の親たちの反応

 報告という形で、親たちに話をした。
「私の時代は結婚して苗字が変わることが当たり前だったからね」と義母が言っていたので調べてみたらこんな歌詞の歌があった。

お願いがあるのよ あなたの苗字になる私
大事に思うならば ちゃんと聞いてほしい
飲みすぎて帰っても 3日酔いまでは許すけど
4日目 つぶれた夜 恐れて実家に帰らないで

「部屋とYシャツと私」の歌詞より

 こういう時代の価値観を持っている60歳なのに「時代が追いついていないのがおかしいね」と義母は言ってくれた。「あんたたちの人生やから」と反対もなにもされなかった。「海外では自分の姓にどんどん姓をプラスしてけるとこもあるみたい」と言うと、義母は「日本は遅れているね」と言った。
 実父も反対することはなかったが、「まもなく夫婦別姓が実現するだろうから、事実婚だけはやめておいたほうがいい」とだけ言った。事実婚だけでは、保証されるものが少ない、という理由からであった。その話を聞きながら、父は私を「女」だと思っているから、事実婚ではなく法律婚を勧めてくるんだろうなと思った。難しくて複雑。私は「女」ではないのだ。

背中を押した、トランスジェンダー専門医の言葉

 現状「女」と「男」でしかできない法律婚。「男でも女でもない私」は最後まで、婚姻解消を望んでいた。だって、結婚していたらまるで私が女みたいでしょう?と。しかし、パートナーが個別に訪れたトランスジェンダー専門医の言葉が、自分の考えを変えるきっかけとなった。

 ノンバイナリーも、出生時に割り当てられた性別と合致するアイデンティティではないので、トランスジェンダーの一員である(これにはいろんな議論があるが省略する)ということで、件の婚姻問題など含め私のことを相談しにパートナーが都内のトランスジェンダー専門のクリニックを訪れた某日。その専門医によると、トランスジェンダーの人たちは婚姻制度を利用しまくっている、とのこと。やれるもんなら、使えるもんは全部使う。同性婚が認められていない現状で、結婚できるんだったらみんなやっている。そこはずるく賢く、"制度を利用してやる"くらいのしたたかさがあってもいいんじゃないか、と専門医は言っていたらしい。
 例えば、MtFの人と、シスジェンダー女性が結婚していることもあるだろうし、MtFの人とFtMの人が戸籍の性別を変更せずにそのまま結婚している例もあるだろう。日本に生まれ、日本で暮らし、日本の制度を使っている人間として、制度を利用してやってもいいんじゃないか、と思えたのであった。
 もちろん、同性婚が一日も早く認められる社会を望んでいるし、私達ノンバイナリーがミスジェンダリングされずに、ノンバイナリーとして結婚できる日が来ることも望んでいる。

世の中はあなたが傷つかないようにはデザインされてない

 私はジェーン・スーさんというラジオパーソナリティが好きで、これはその人がよく言う言葉だ――「世の中は、あなたが傷つかないようにはデザインされていない」。
 ノンバイナリーだと自認してから約4年。自分のカテゴリを可視化したら、確かに生きるのは楽になったけれど、不用意なことで傷つくことも多くなった。無傷でいられないとするならば、最後まであがいていたいなと思う。日本で生まれ日本で生き、日本語の仕事をしている身だからこそ、自分らしい選択をして、ときには間違い、傷つき、その傷はきっと将来もっと大人になったときの精神の貯金になると信じている。今回傷つきながら決めた、私とパートナーの選択もきっと、今、最善のことだった。
 傷つかないことはできないのであれば、自分たちが生きやすいように考えるし、方法を見つける。声をあげる。選挙に行く。小市民が、マイノリティができることをやっていこうではないか、と思ったのであった。




今度一人暮らしするタイミングがあったら猫を飼いますね!!