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孤独のなかの小さな灯り

中学生の頃、いじめに遭ったことがある。


一部のやんちゃなグループに目をつけられ3ヶ月ほど執拗に攻撃された。
数人いた友達も急によそよそしくなり、気がつくと私はいつも一人だった。
気持ちが落ち込んで食べられなくなったりもしたが、私は家族にも先生にも相談しなかった。報復が怖かったし、バツが悪くて誰にも話せなかったのだ。


わざとされるヒソヒソ話。持ち物を隠される。机や黒板に嫌なことを書かれる。出くわすと一斉に逃げて遠くで馬鹿笑いをする。心臓はその度バクバクしていたが、頑張って平静を保ちながら泣きたい気持ちが過ぎるのを待った。



幸福なことに私は逃げ場所を見つけていた。
それは、図書館。


書物の中に入り込めば自分以外の何者かになれた。閉館時間まで過ごし暗くなってから帰宅し、眠るまでまた本の続きを読んだ。
食が進まないものだから体重が落ちて、フラフラすることもあったが
そんなふうになんとか折り合いをつけながら毎日学校には通った。
休んだら連中に負けるような気がして意地になっていた。

やがて、いじめの形態は変わっていった。


「徹底的に無視をする」ようになったのだ。私は存在しないかのように扱われた。それまではなんとか我慢できていたが、心が折れてしまいそうな相当辛いものだった。

ある日ターゲットが変わると、私へのいじめはパタリと止んだ。

新しいターゲットは、私をいじめていたグループの中の一人だった。同じようにしつこくやられていたが、ある日を境に学校に来なくなった。仲間に手のひら返しされたのは私よりも堪えたのだろう。



春になり学年が変わるといじめられることは無くなった。元々穏やかな性格で、急に背が伸びて少し見た目が変わったからかもしれない。

いつのまにか私は、周囲の誰よりも大人びていた。


大人になって社会に出てからも理不尽ないじめは遭ったが、子供の時に受けたいじめと比べれば幾分マシと思えた。誰かに当たったり意地悪をしないと日常の均衡を保てない人は、世界には一定の割合でいるらしい。

さて、子供の時の私には「図書館」という逃げ場があった。
しかし、逃げ場もなく日常的に虐げられている人は、過去も現在もたくさんいると思う。



例えば、閉ざされた狭いコミュニティに嫁いだ人の噺


山間の閉ざされた集落。
庄屋の家に嫁いだ娘がいたとする。

狭い世界を牛耳っているのは彼女の姑。
姑は病的に嫉妬深く、何事も自分の思い通りにならないと許せない。
自分よりも遥かに優秀で気立ても良い新しい嫁の評判がどうしても許せない。
内側から光を放つ、自分にはない何かが許せない。

おのれ、口惜しや。どうしてくれよう。
なきものにしたい。周りに役立たずと思わせたい。

嫉妬に狂った姑は抑制が効かず、陰湿な虐めを繰り返す。


次男の嫁も小姑も一緒になって彼女を虐める。
彼女たちより遥かに美しく賢い余所者を虐めることで満たされる。


美しい嫁が目立つのが嫌で、極力外に出さず閉じ込める。
里帰りも許されない。
子供は授かったか、月のものがあったかどうかを舅に確認される。
妊娠しても長時間寒いところに立つ仕事をさされ
流産すれば、みんなの前で正座して詫びを入れさせられる。
女の子を産めば、早々に男児を産めと命令され
産む気がないなら、跡取りは次男のところに頼むなどと言われる。


「お前のような厄介者の嫁が来たおかげで村人たちにも嫌われて後ろ指を刺される。私が尻拭いをして回っているのだ」



陰湿ないじめは毎日繰り返された。
嫁の心はだんだん壊れていく。

集まりの時のお膳がなぜか彼女の子供の分だけ用意されてなかったり
名前を呼んで紹介するのに、彼女だけわざと読み飛ばしてみたり。

誰かの葬儀に必要なものを彼女にだけ間違って教え
恥をかくように罠を仕掛けたり


とうとう嫁が心を病んで寝込んでしまった。


滅多なことで人を責めない長男から姑はピシャリと叱られる。
それがよほど気に入らなかったのか、蛇のように執念深くなり
「役立たずの嫁の代わりに自分が役目をやらないといけない」
と愚痴をこぼし、ああ働きすぎでここが痛いあそこが痛むと
満身創痍のふりをする。


さすがに嫁いじめが行き過ぎではないかと村人たちに噂されはじめると、その陰口に怒り、自分の声が出なくなったと噂を流す。

声が出ないはずなのに娘とは話ができるうえ、着物を仕立てる出入りのお針子には、爪の先ほどの丈の長さにこだわり、激しく文句を言ったというから不思議なことだ。

離れた村のお大尽たちが見るにみかねて、「ここらで夫婦揃ってこちらに静養にくればどうだ」と勧めると、自分たちは一度も言われたことがないのにと腹をたて、大騒ぎをする。次男夫婦も一緒になって小馬鹿にしたようなことを言う。


ある日、どうしたことか
突然姑は隠居したいと言い出し、代替わりをすることになった。


久しぶりのお披露目で姿を現した嫁御の凛とした佇まいの美しさに、村人たちは喜びあい、手を叩き踊り、声のかぎりに声援を送った。



嫁御の瞳に美しい涙が光った。

それまで自分はずっと孤独の中にいて
夫と子以外の人からは嫌われていると思い込んでいたのだ。
しかし、誰にも嫌われなどしていなかった。
村人達は心から代替わりを喜んでいた。

孤独に閉ざされていた嫁御の心に
それが確かに伝わったのだった。

スプートニク2号とライカ犬

令和のお代替わりのパレードの動画で、皇后様の涙を見るたびに
人工衛星に載せられて宇宙を旅した小さな犬の孤独を思います。
イメージをイラストにしました。






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