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ヒトは陰謀論にハマるように進化してしまった

今月の6日、米連邦議会でバイデン次期大統領を選出する会議を開いていた連邦議会議事堂内に、反対するトランプ大統領の支持者が大量に乱入しました(1)。トランプ氏が集会で支持者に議事堂に向かうよう促していたとされ、議事堂が約3時間にわたって占拠される、民主主義国にとって異例中の異例といえる事態となりました。

これらの勢力は、アメリカ合衆国で「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者の扇動によって動かされたものでした(2)。Qアノンは、ネット上で「Q」を名乗る正体不明の投稿者が2017年、リベラル派と児童買春を結びつける虚説を流したのが始まりとされています(3)。

このような陰謀論者が流す情報を、多くの人はとるに足らないものとして、スルーするものではないかと思われるかもしれません。

ですが、実際には陰謀論にハマることが「人間が進化の過程で得た適応的な行動であり、だからこそ人は誰でも陰謀論にハマる可能性がある」とする研究が、進化心理学や文化人類学であがってきています。いったいどういうことなのでしょうか。

陰謀論(≒流言)研究の潮流を歴史的に振り返って、検討してみましょう。(…※)

1960年代までの心理学研究では、陰謀論を始めとする流言が、人から人に伝えられる過程で変容し、社会に流布していくと考えられていました(4)。この時点では、流言が人から人に伝わる過程で、①平均化、②強調化、③統合化される、といった特徴しか見出されていませんでした(5)。

しかし、陰謀論を「情報の不足したあいまいな状態に人々が巻き込まれた時に、対面コミュニケーションを通して自分たちの持っている情報を補完しあい、曖昧な状況に意味を与えて、合理的な解釈をする」コミュニケーションであるとする説が、社会心理学者のタモツ・シブタニによって1966年に提唱されました(6)。

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タモツ・シブタニ——Wiley Online Library”JAPANESE AMERICAN WARTIME EXPERIENCE, TAMOTSU SHIBUTANI AND METHODOLOGICAL INNOVATION, 1942–1978”より

シブタニの研究は60年代までの研究をすべて否定するような内容ではなく、補完的な研究でしたが、これがパラダイムシフトとなり、以後の陰謀論研究では「情報不足」というタームが加わるようになりました。

さらに、社会心理学者のロスノウとファインが、シブタニの研究の深堀りのために、陰謀論心理学に「不安感情」要素をキータームとして付け加えました(7)。人は不安だからこそ、完全に補完されていて、完結している情報を得たいと思う、というのがその内容です。

ここまでをざっくりまとめると、陰謀論や流言は、情報が不足している曖昧な状態を、簡単に補完することができるコミュニケーションの一種であり、それにより、人間は社会的な情報(社会問題や政治問題に関係するものなど)の不足により生じる不安を解消しようと試みる傾向がある、ということです。

実はこれ、第二次世界大戦中に記された古典的名著『自由からの逃走』においても確認できることでした。

新フロイト派の精神分析家エーリッヒ・フロムは、近代社会を迎えて比較的自由になった人々が、自分の意志(=自由意志)で何もかも決められるようで、実は何も決められないという孤独と無力感に苛まれる——自由があるからこそ不安になり、強大な権威にすがるようになってしまうことを指摘しました(8)。この指摘は、ファシズム、とりわけナチスの社会心理の優れた分析であるとされました。(9)60年代以降の陰謀論研究は、フロムの問題提起を継承したものであったと言えるでしょう。

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エーリッヒ・フロム——Quotes of famous peopleより

陰謀研究史の本筋に戻ると、90年代後半からは、社会心理学自体に「進化心理学」というタームが徐々に加わっていくことになりました。Twitterで有名な進化心理学の情報発信者のOre Chang(@Sapiensism)さんなどがいらっしゃるのでご存じの方も多いと思われますが、進化心理学は「人間の心的活動の基盤が、その生物学的進化の過程で形成されてきたとする心理学の一分野」であるとされています(10)。人間の心理は生存淘汰に生き残るようにデザインされたなどと主張するのもので、代表的な論者には『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンス氏などがいますね。

さて、そんな進化心理学が陰謀論研究にも手を出したわけですが、実は陰謀論に染まることは、現代では生存に適応的ではないとする研究も存在しています。例えば、似非科学にハマってワクチンを拒否する不健康な選択や、気候変動への懐疑(によって、巨大な暴風雨が来ても避難しないという選択)、集団間/内の過激な対立などがあるので、陰謀論にハマることは決して生存に有利ではない、というものですね(11)。

なのですが、これは進化の過程で得た陰謀論への信奉性向が、こと現代社会において生きるには適さなくなっている、というのが進化心理学の見立てのようです。

社会心理学者のプルージェンと進化心理学者のヴォクトは、陰謀論が進化の過程で人間に備わった「適応的陰謀論仮説」を研究し、それが比較的、社会的立場の弱い脆弱なサブグループの間で特に強く表れることを証明しました(12)。彼ら曰く、人類の進化史の中では、ヒトは集団による暴力にさらされる危険があった時代の方がはるかに長かったわけで、その中で生き残るためには、「敵対する勢力が絶対悪である」という単純明快なストーリー(陰謀論)を採用してしまった方が、心置きなく戦えたので生き残ることができた、というわけですね。

まとめると、かつては生存に有利であった陰謀論信奉の傾向が、現代社会では生き残るのに適していなくなっています。しかし、それでも人類には陰謀論にハマってしまった方が楽であり、あまり深く考えずに戦うことで生き残ってきた歴史がありました。だからこそ、私たちはみな、陰謀論にハマってしまわないように気を付ける必要があるということでしょう。

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それでも、百歩譲って、もし陰謀論を信じることが現代社会においてある程度適応的な行動であると仮定するのであれば、陰謀論を信じた結果、新しく所属することのできる「陰謀論コミュニティー」で新たな紐帯(人とのつながり)を作ることができるからではないかと思います。

ここからあとは心理学研究の文脈から外れた補論なので、私個人の見解だと思っていただきたいです。

社会学者のマーク・グラノヴェターは、親友や家族などの緊密なつながり(=強い紐帯)よりも、日常的な接触機会の少ない〈弱い紐帯〉でつながっている人との関係が多い方が、転職活動などで有利になる/転職で満足な結果を得られることが多いことが分かったと述べています(13)。彼によれば、同質的で、同じような価値観・行動・思考を持っている人間との強い紐帯よりも、弱い紐帯の方が新しい価値観や思考を知ることができるので、弱い紐帯を持つことで、より新規性の高い行動を取れるようになるということだそうです。

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マーク・グラノヴェター——Stanford sociology school of humanities & scienceより

ただ、グラノヴェターの研究には批判も上がっています。強い紐帯よりも弱い紐帯のほうが絶対数がそもそも多いことや、東アジアの労働市場では、義理に基づいた相互援助関係が重視されるので依然として強い紐帯のほうが有効であるとする批判などが、その代表的な例です(14)。グラノヴェターの研究は、アメリカはボストンの郊外居住のホワイトカラー労働者282人を対象とする調査でした。

ここで冒頭でアメリカの陰謀論「Qアノン」を例に持ってきたことを思い出してほしいのですが、アメリカという普遍的でありながら特異でもある国においては、陰謀論者の〈一時的な弱い紐帯〉が生存戦略として有効である可能性はあると思います。東アジア諸国と違って、弱い紐帯のほうが有効なので……。

ただし、それは本当に一時的なものでしかありません。

なぜなら、陰謀論を媒介にしてつながった人々は容易に同じような考え方をするようになり、あまつさえ承認欲求を満たすために過激化していくからです。さらには、コミュニティー内での他者との差異がなくなっていき、承認欲求がだんだん満たされなくなって、彼らはもっと過激化するようになります。そうなると内ゲバにも発展するので、やっぱり長期的に見たら陰謀論を信じることは生存戦略にはならないというわけですね。

日本での事例をあげたら、陰謀論や極論によって先鋭化していった集団が内ゲバに陥ったものとして「浅間山荘事件」があげられると思います。1972年、長野県の河合楽器保養所浅間山荘に閉じこもった新左翼集団の「日本赤軍」は、赤軍兵士内で「総括」という名のリンチを行い、それで14名が死亡したことが明らかになっています(15)。極端な言論に染まってしまったグループは、メンバーの間で思考に違いがなくなっていきます。なので、自分の存在意義を証明するために、結局はグループ内の仲間を排除するしかなくなってしまう、ということです。

アメリカでいま起こっているのも、それと同じことなのではないかと思います。

ラストベルト(…かつては工業で栄えていたアパラチアを始めとする廃れた地帯)やヒルビリーエレジー(ケンタッキー州などの貧困地帯(16))などに住む白人労働者は、親と違ってサービス産業に従事せざるを得ない傾向にあり、親に自分の苦労を分かってもらうことが難しいそうです(17)。また、彼らはかつて中産階級でしたが、「双子の赤字」や石油危機、新自由主義的政策の普及によって下層階級に陥り、努力して上の階層に移動することが難しくなってしまいました。

グラノヴェターのいう弱い紐帯につながることができればあるいは……という感じですが、運が悪く、もしその弱い紐帯すらもなかなか手に入れられなかったとしたら、どうなるでしょう?

そう、そのような誰ともつながれなかった人が、一時的な弱い紐帯としての「陰謀論コミュニティー」に巻き込まれてしまうわけです。

まとめましょう。陰謀論に染まってしまうことは一時的な生存戦略としてはありかもしれませんし、心理学から考えれば、むしろ生存に有効な考え方かもしれません。しかし、既に同じく心理学の説明で述べたように、現代社会では陰謀論/極論/流言のたぐいは、生存には適さなくなっています。アメリカでそのような陰謀論にハマってしまう人は強い紐帯や、正常な弱い紐帯にも包摂されず、だからこそ陰謀論にハマってしまう、ということです。

そしてこれ、必ずしもアメリカに限った話でもありません。

私たち日本人も、人とのつながりがなくなってしまい、生活や家計に困ったとき、ついつい陰謀論に染まってしまわないよう、気を付ける必要があります。

陰謀論はかつて生存戦略として使われた道具であり、いつだって人間に、甘い声で誘惑してくるのですから。

——2021年1月14日


参考文献

(1)日本経済新聞「トランプ支持者、議会占拠、大統領選出が一時中断。」2021年1月7日,夕刊1ページ.
(2)日経ニュース速報「[FT]ワシントン暴動、「トランプ支持者」の正体は?」2021年1月8日,15:45.
(3)読売新聞「〈解〉Qアノン」2020年10月2日,東京朝刊,7ページ.
(4)G・W・オールポート,L・ポストマン『デマの心理学』岩波書店,1952年(原著は1947年).
(5)日本社会心理学会(編)『社会心理学事典』丸善出版,2009年.pp434-435.
(6)Tamotsu Shibutani,”Improvised News: A Sociological Study of Rumor” ,1966.(日本語訳は1985年で『流言と社会 』東京創元社より)
(7)ラルフ・L・ロスノウ、ゲイリー・アラン・ファイン『うわさの心理学―流言からゴシップまで』岩波書店,1982年(原著は1976年).
(8)エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』東京創元社,1952年.
(9)"フロム", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-01-14)
(10)"しんか‐しんりがく【進化心理学】", デジタル大辞泉, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-01-14)
(11)Rob Brotherton ”Suspicious Minds: Why We Believe Conspiracy Theories ” 2015など。
(12) Prooijen, Jan-Willem van, and Mark van Vugt. “Conspiracy Theories: Evolved Functions and Psychological Mechanisms.” Perspectives on Psychological Science 13, no. 6 (November 2018): 770–88. https://doi.org/10.1177/1745691618774270.
(13)Granovetter, Mark "The Strength of Weak Ties"; American Journal of Sociology, Vol. 78, No. 6., May 1973, pp 1360-1380. 1973(邦訳は『リーディングス ネットワーク論-家族・コミュニティ・社会関係資本』勁草書房,2006年).
(14)日本社会学会/社会学事典刊行委員会(編)『社会学事典』丸善出版,2015.
(15)"にほんせきぐん【日本赤軍】", 国史大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-01-14)
(16)アメリカの実業家J・D・ヴァンスが著書『ヒルビリーエレジー――アメリカの繁栄から取り残された白人たち』で問題提起し、話題となった。
(17)吉田徹『アフターリベラル』講談社現代新書,2020年.
※…陰謀論と流言は厳密には違いますが、この記事では細かい区別を除いて論じています。


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