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なぜ現代の企業に“パーパス” “理念” が必要なの?

パーパスとは、元々の「目的、意図」といった意味が転じた言葉で、近年では企業や組織、個人が何のために存在するのかという「存在意義」を示す経営・ブランディング用語として使われるようになりました。
また「パーパスブランディング」とは、企業経営をパーパス(存在意義・目的)に基づいて行うことで、ステークホルダーの認知や共感を促進するブランディング手法を指します。


パーパスが重要視されている理由

地球規模の気候危機や感染症の問題、国や地域間、社会階層間、世代間における格差の問題、世界的な金融危機などを背景に、従来の市場経済中心の資本主義における限界が露呈しつつある現在、ますます企業は社会に対する責任を問われるようになっています。

投資家や金融機関、取引先や顧客はもちろんのこと、地域社会や求職者、従業員の支持を獲得するには、「この企業やブランドがなぜ社会に存在するのか」「どのように人々や社会に役立っているのか」という存在意義が明確であることが欠かせません。そういった理由で、企業の存在意義を重要視する経営が、昨今のトレンドになりつつあるのです。

通常、市場参加者というと、売り手と買い手に注目がいきます。古典派経済学の学者たちの視点も売り手と買い手にあります。しかし、ここでいう社会は市場環境全体を指しています。マーケットを取り囲む環境や自然への視点も含めて分析することで、より明確な存在意義をみつけることができるのではないでしょうか。

このような環境経済学は、20世紀に入ってきた概念であり、SDGsは環境経済学から派生したとも言えます。この視点がなければ、経済活動を含め、人間の活動を成立させることは難しいでしょう。

1.株主のための利益

経済学者ミルトン・フリードマン氏の『企業の社会的な責任は利益の増大にある』という発言に代表されるように、資本主義社会において、企業は利益を創出し経済成長することで社会の問題を解決する、という役割を担ってきました。
株主至上主義の傾向がとくに強いアメリカでは「利益を出すこと」に対する株主からのプレッシャーは非常に強いものでした。そのため、今から半世紀ほど前、アメリカを中心とする先進諸国の企業は「利益を生み出すこと」を活動の中心としていました。

フリードマンは、新自由主義の代表ともいえる学者で、格差の拡大を助長するような議論もある事から、今でも批判の多い人物です。フリードマンが企業の目的を利益創出に限定した理由は、自由な競争のもと、それぞれの企業が利益を最大化してこそ、社会全体の利益にもつながると考えたためです。

これこそまさに、アダムスミスの言う『神の見えざる手』なのではないでしょうか。

実際、フリードマンはスミスの系譜に属する人物です。古典派経済学に環境という外部性がなかった部分も、フリードマンの概念にそっくり当てはまります。企業の目的が「利益の最大化」であった場合、そこに環境への配慮はありません。

2.社会のための利益

英オックスフォード大学教授コリン・メイヤー氏は、『企業のパーパス(存在意義や目的)は、単に利益を生み出すことではない。個人、社会、自然界が直面する問題の解決策を企業戦略に組み込み、人々の信頼を増やす努力を踏まえ、利益が出る形で人々の幸福に貢献することだ』と強調しています。

また、アメリカのトップ企業が所属する財界ロビー団体であるビジネスラウンドテーブルは、2019年の『企業の目的に関する声明』で株主資本主義を否定したうえ、全てのステークホルダーへの配慮を目指す「ステークホルダー資本主義」への転換を宣言し、大きなニュースとなりました。

こうした背景を踏まえると、現代の企業の存在意義は「株主のための利益」だけでなく「社会のための利益」を追及し、社会課題の解決をすることに変化しつつあります。今や多くの企業が経営理念に「社会課題の解決」を掲げています。これもパーパスの考え方が浸透していることを象徴しているのではないでしょうか。

3.企業が考えるアカウンタビリティ(=説明責任)

ここでパタゴニアというアパレル企業に注目してみます。彼らはもはや「パーパス」から「アカウンタビリティ(=説明責任)」という言葉にシフトしつつあります。パタゴニアが使っている文脈では、自然環境も含めた社会に対して「企業自らの活動を説明する責任がある」という考え方です。

近年では「人間や企業が主体で、自然環境が従属している」ように見えますが、むしろ「自然環境こそが主人公であり、それを取り巻いている人間や企業が、その場をお借りして経済活動をしている」といったような謙虚さを見て取ることができます。

おそらく、アカウンタビリティを根本に据える企業は、海外で増えてくることでしょう。日本企業はそのことを視野に入れておくべきではないでしょうか。

4.日本経済の突破口

日本企業はもともと「社会という大きな枠組みにおける企業の存在意義」を社会から要請されています。『三方良し(近江商人)』『企業は社会の公器(松下幸之助)』という考え方が根付いており、日本には創業100年を越える長寿企業が世界で最も多く存在し、世界でも稀に見るサスティナブル企業の創出国かもしれません。

経済活動に「自然・環境」という新しい要素を取り入れている企業は、世界的にも多くはありません。もしこのような日本企業が世界を率先してアカウンタビリティを根本に据え、経済活動に自然環境という第3のファクターを取り入れ、これが世界モデルとしてスタンダードになったならば、ここに低迷している日本経済の突破口があるのではないかとも思えてきます。

思えば、京都議定書が採択された時まで、環境問題に対して国際的な取り決めがなされた国際会議は、開かれていませんでした。それは日本の環境技術が評価されたからです。また日本文化には「人間は自然の一部に過ぎない」という慣習があり、そこも考慮されたのではないでしょうか。
八方ふさがりに見える日本経済でも、日本企業が自然環境を根底に置いた上で、商品サービスを問うていけば、世界に先駆けたマーケット戦略になり得るかもしれません。

日本企業における上位概念の目的

1.理念やビジョンの浸透は半数以下(調査データ)

2020年に株式会社JTBコミュニケーションデザインが行った、『管理職・一般社員を対象にしたビジョン浸透の意識調査』によると、自社のビジョンを「知っている」と答えた人は約5割程度で、全体の半数が自社のビジョンを知らない状態でした。ビジョンは、テキストのスローガンのようなものもあれば、具体的な数字と時期を明記した長期経営計画に似たようなものも存在します。つまり、ビジョンは理念や価値観よりも具体的であり、解釈の幅が狭いのです。

ということは、より抽象的で、解釈の幅が大きい上位概念について、理解している、または知っているレベルの社員は5割を下回り、さらにそれに対して腹落ちしている社員は、もっと少ない状況にあると予想できます。

企業の運営のためには「経営理念」や「理念経営」が重要という考え方が一般的で、実際多くの企業が「理念」を掲げ、浸透させることに力を尽くしています。

しかし『日本広報学会』の調査によれば、理念が「全く知られていない」が3.3%、「言葉の存在を知っている、言葉を覚えている」程度が42.6%というデータもあります。

2.日本人には哲学的思考が必要

理念とは、いわば企業の哲学であり、様々な行動の土台となる方針です。その土台である理念が共有できていないということは、日本人に哲学的思考がないということを表しています。

欧米の教育機関では、さまざまな分野に進むどの学生にも、土台として「歴史と哲学」を学ばせています。これがリベラルアーツと呼ばれるものです。ところが日本では歴史と哲学が最も軽視されており、成績のいい生徒は理系に行きたがり、人気の学部は医学部と工学部です。スキルばかりが重視され、フィロソフィーが軽視されているのです。そのため、企業活動において最も大切である理念の共有が尊重されていないというのが現状です。

このように、哲学的な思考の無さも、日本経済低迷の遠因ではないかと、疑ってみることも必要なのではないでしょうか?

3.理念に対する考え方(定性的データ)

ファーストリテイリングの柳井社長が一押しの、ジムコリンズの大ベストセラー『ビジョナリーカンパニー/ビジョナリーカンパニーZERO』では、『偉大な経営者に求められる資質は、圧倒的なカリスマ性ではなく、大切な理念のためにエゴを抑えられる強さ、そして理念のためであれば、どれほど困難であっても必要なことはすべてやるという決意』だと言っています。

事例として、スティーブジョブスや米紙ワシントン・ポスト社主だったキャサリン・グラハムを出しています。ビジョナリーカンパニーは、他にもいろいろ示唆に富んだ内容が記述されています。
そのうちの一つとして、『カルトのような文化を醸成することによって、社員に特別な会社にいる特別な人間という強い自覚を与え、価値観や精神的な面で企業と社員の一体性を持たせる』とも触れています。

4.理念は「エンジン」「経典」

カルトという表現はともかく、理念をもとに社員や経営者、組織という一体性を持った集団のエネルギーは、社員の働く動機を生産へつなげる「エンジン」となります。これをあえてカルトとするのであれば、理念は「経典」のようなものにあたるのではないでしょうか。

ベンチャー企業やスタートアップ企業における、カルチャーフィットややりがい搾取という事象から見ても同じことが言えます。
ベンチャー企業は、挑戦的な経営を小さな保障の中で展開できるため、一体性が生まれやすい環境なのではないでしょうか。対面小集団、直接かつ密接なコミュニケーションプロセスの中で、創業者や経営幹部のビジョン・理念の浸透を促しているのです。

5.世界的大企業は理念に魅せられた人の集まりだった

「カルト」と聞くと、物騒な言葉に聞こえるかもしれません。元々の意味は、「熱狂の対象、または崇拝の対象」という意味であり、教義を指す言葉でした。

今は名を成している世界の大企業は、創業時、社員たちは給料以上の時間と労力をかけて夢中で働いており、まるでカルト信者かのように会社や経営者についていったのです。
なぜなら、社員たちは理念に惚れて、この理念だったら自分を捧げてもよいと思ったからです。世界の大企業の創業期には、このような美談が尽きません。日本の大企業の黎明期にも、名も無き社長の理念に魅せられた若者の物語は、数多く存在しています。

6.理念はワクワクする職場を作る

「自分にしかできない」「この活動をしているのは自分達だけ」という想いは、彼らの潜在能力を発揮させ、見たことのない自分を発見させてくれます。これこそ洋の東西を問わず、ワクワクする職場なのではないでしょうか。
理念の共有がされていない企業は、思い入れもなく、ワクワクしないことは明白です。理念、また哲学こそ企業にとって必要であり、それを社員に情熱をもって語れる人こそ、経営者の名にふさわしいのです。

7.大企業病を防ぐための上位概念や理念の浸透方法

中小企業・ベンチャー企業などの比較的規模が小さい組織は、直接的・具体的なコミュニケーションで理念や上位概念を汲み取ることができ、上位概念が腹落ちしやすく、強力な経営ツールになります。
しかし、大企業の場合は組織化されて機能しているため、収益モデルとして確立した構造があれば、理念がなくても腹落ちしなくても、問題にはならないのでしょう。さらに上位概念においては、広く社員に伝えて腹落ちさせることは困難なのではないでしょうか。これこそが大企業病のひとつではないかと考えます。
ただ、いつまでもその企業がその地位にいられるとは限りません。

大企業病を防ぐ方法は、かつての中小企業の組織を意図的に創りだすことだと考えます。つまり、強力な中心を作らず、社内を分権化し、権限と責任を多くの社員に与えることではないでしょうか。
これまでの過去の成功により、企業が拡大したことは素晴らしいことです。しかし、それはあくまでも過去の話であり、未来に対しては何も語っていないのです。
大企業の中に、バラバラに見える中小企業がいくつもあり、その創意工夫とチャレンジ精神の中から、次世代の商品・サービスがおのずと浮かび上がってくることでしょう。
その際に、例えバラバラに動いていたとしても、理念が浸透されていることで、理念に沿った自走的な組織を作り上げることができるかもしれません。

理念は押し付けたところで浸透しません。
自分たちで考え、小さな組織の中で創意工夫を凝らし、企業経営にも脱中心化や分権化というポストモダンの考え方が必要不可欠ではないでしょうか。

まとめ

パーパスは、上位概念(ビジョンやミッション)の根幹あり、組織や企業の大義名分とも言えます。つまり、なぜこの組織や企業が存在し、なぜその事業を展開しているのか、何のために存在するのかという本質的な問いの答えにあたります。

現在、企業は社会や環境との関係性を考慮したうえで、成果を出すことが必要となっています。その点において、パーパスや上位概念は非常に重要な役割を果たしているため、コミュニケーションの中で、解釈の幅や奥行きを深めてみてはいかがでしょうか。

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